第7話 半分寝ながら世界を救わず、粘土をこねる男
ノクスの朝は、遅い。
というより、起きているのか寝ているのか判別がつかない。
小さな水車小屋の中。
川のせせらぎと、水車の規則正しい軋み。
その中央で、前髪を目深に垂らした青年が、椅子に座ったまま、半眼で粘土をこねていた。
「……んー……」
声にならない声を出しながら、指が動く。
無意識に近い動作だが、手つきだけは妙に正確だった。
――陶芸。
それがノクスの、数少ない趣味であり、
本人がまったく自覚していない収入源である。
ちなみに、本人はこう思っている。
(……土、冷たい……気持ちいい……)
以上だ。
やる気もなければ、創作意欲もない。
ただ、粘土の感触が好きなだけ。
それでも、今日も一つ、何かが生まれていく。
歪んだ輪郭。
左右非対称。
取っ手があるようで、ない。
用途を問われたら、作者自身が首を傾げる。
だが――
完成したそれは、異様な存在感を放っていた。
「……できた……」
ノクスはぼんやりと呟き、
そのまま机に突っ伏して、再び寝た。
半分以上、夢の中で。
「おにーちゃん! できたー?」
ミルの元気な声が、水車小屋に響く。
世界の抑止力であるが、本人はそのことをまったく理解していない、普通に元気な少女である。
ミルは、兄の机の上に置かれた焼成前の作品を見るなり、目を輝かせた。
「わあ……! これ、すごいね!」
「……ん……? ああ……そう……?」
ノクスは寝ぼけ眼のまま答える。
「みてると、おむねがきゅってなる!」
「それ……腹減ってるだけじゃない……?」
「ちがうよ!」
ミルは胸を張る。
「おじさん、よろこぶね」
「……そう……」
ノクスは興味なさそうに頷いた。
――おじさんとは、街の商店主のことである。
数時間後。
街の商店「リーヴェル雑貨店」の奥で、
王女セレナ、魔導士リュミエラ、聖女エルシアが、揃って言葉を失っていた。
目の前には、ガラスケース。
中に鎮座するのは、先ほどの陶芸作品。
値札が、静かに主張している。
【白き虚無の器(作者 眠り人)
金貨:二百枚】
「……に、二百……?」
セレナが、王女らしからぬ声を漏らした。
「……金貨二百って、地方貴族の年収ですわよ……?」
「予約待ちが三件入ってます」
店主が淡々と告げる。
リュミエラは震えながらケースを覗いた。
「……待って。
この作風……この歪み……
“存在の不安定性を造形化した前衛作品”……」
「眠り人、謎の天才……
陶芸界隈では伝説になりかけてます」
エルシアが静かに言う。
全員、同時に振り返った。
店の入り口。
そこに立っていたのは――
前髪で目を隠した、やる気ゼロの青年。
ノクス本人だった。
「……あ、これ……さっき作ったやつ……」
全員、愕然。
「え?」
「……え?」
「……え?」
四人分の混乱が、きれいに重なった。
「ま、待ってくださいノクスさん!!
この作品、あなたが……!?」
リュミエラが叫ぶ。
「……うん……眠かった……」
店主が、のんびりと補足した。
「これ器か?と問われたら、自信がなくなる作風がうけています」
ミルはにこにこ笑っていた。
「おやつ、かえる!」
リュミエラは頭が痛くなってきた。
「お店ごと買えますよ……」
セレナが、震える声で呟いた。
「あなたたち……
あの小さな水車小屋に住みながら……
実は……相当なお金持ち……?」
「知らん。眠い」
今日も世界は平和だ。
世界を無にできる男は、
半分寝ながら、粘土をこねている。
そしてその作品は、
今日もどこかで、
とんでもない値段で売れていくのだった。
万物を無へ還す終焉魔法しか使えない俺は、妹のほっぺキスがないと世界を救えない メッザノッテ @Croce_del_Sud
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