第6話 世界の命運は、妹が決める


聖女は姿勢を正した。

声が少しだけ硬質になる。


「あなたの禁呪ノクス・エラージオは、世界の秩序そのものを揺るがします。

使えば人を救える一方で、使えば“救うべきもの”も消える」


ノクスは椅子に座ったまま、片手で前髪をいじる。


「だから使わない」


エルシアは一瞬言葉に詰まった。

想定していた反論が崩れる。


「……では、使うべき時に、使えますか?」


ノクスはミルを見る。


「ミル次第」


ミルは机に肘をついて、ふんすと胸を張った。


「ミル、いいこだから、ちゃんときめる!」


その無邪気な宣言が、場にいる大人たちの背筋を冷やした。

“いい子”が、世界のスイッチを握っている。


エルシアは深呼吸をして、ゆっくり言った。


「ミルさん。あなたは……世界を救う責任を背負っている自覚はありますか?」


ミルは首をかしげた。


「せきにんって、おやつ?」


「……近いようで遠いですね」


リュミエラが小声で囁く。


「概念の解像度が七歳……!」


セレナが低く言う。


「むしろ七歳で概念を持たせるな」


ノクスは小さく笑った。

笑ったのが分かる程度に、空気がゆるむ。


「ミルはミルだ。世界は勝手に大人が背負えばいい」


エルシアは、その言葉に一瞬救われそうになり、すぐに自分を戒めた。


(……私は聖女。救われてはいけない。救う側でなければ)


だが、視線は自然とミラへ向かう。

ミルは聖女の銀の紋章に興味津々で、指先でつついている。


「これ、きらきら!」


「教会の印です。神の……」


「かみさま、いるの?」


エルシアは微笑む。


「います。……私はそう信じています」


ミルは真顔になった。


「じゃあ、かみさま。ミルのお兄ちゃん、ねむいのなおして」


「……神に万能薬を求めないでください」


ミルはしょんぼりして、次に言った。


「じゃあ、おやつ」


エルシアが崩れた。


「……おやつなら、持ってきました」


聖女の袖から、焼き菓子の包みが出てくる。


セレナが目を細めた。


「聖女、袖が四次元」


リュミエラは震えた。


「教会の物流……恐るべし……!」


ミルの目が星みたいに輝いた。


「わぁぁぁ!」


ノクスは諦めたように言う。


「……そっちが本題か」


「違います!」


エルシアは珍しく声を上げ、顔を赤くした。

そして、咳払いをして取り繕う。


「本題は、あなた方を教会として“守護”し、同時に“監督”することです。

魔王軍の侵攻が本格化しました。あなた方が狙われるのは確実」


セレナが頷く。


「国家も同意見だ」


リュミエラも頷く。


「学術的にも同意見だ。禁呪は狙われる。必ず」


ノクスだけが、机に突っ伏した。


「……また増える」


ミルが嬉しそうに手を挙げた。


「おねえちゃん、またふえる!」


エルシアは微笑み、そして少しだけ寂しそうに言った。


「……嫌ですか?」


ノクスは顔を上げずに言った。


「嫌。だけど、ミルが喜ぶなら……まあ、いい」


その言い方が、優しすぎて、エルシアは胸の奥がちくりとした。


(この兄は……世界を救う気はない。

でも、妹の笑顔のためなら、世界の前に立つ——)

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