第3話 王女セレナ、監視という名の居候開始
翌日、リュネスの市庁舎は、人生でいちばん忙しかった。
理由は簡単だ。
王都から、王女が来た。
しかも単身。
護衛は……いるにはいるが、空気みたいに薄い。
王女本人が強すぎて、護衛の存在意義が薄いタイプだ。
セレナ=ヴァルディス。
金髪を後ろでまとめ、鎧の上からマントを羽織っている。
立ち姿だけで「国家」を背負っている感じがする。
市長がへこへこしている横で、ノクスは椅子に沈んでいた。
眠そうだ。というか眠い。
ミルは机の上の菓子皿を占領している。
王女の前でも、遠慮という概念がない。
「……これ、たべていいの?」
ミルが王女を見上げる。
セレナは一瞬固まった後、咳払いをした。
「……許可する。……いや、好きにしろ」
ミルは笑って、菓子を頬張った。
「おいしー!」
その笑顔が、セレナの“王女の仮面”を少しだけ緩める。
「……昨夜の件。報告は受けた。君がノクス・エリディオンだな」
ノクスは目を開けないまま返事をした。
「そう」
「顔を見せろ」
「やだ」
「……国家への協力要請だ」
「国家って、寝かせてくれる?」
「寝かせる“だけ”なら、いくらでも」
「じゃあ寝る」
会話が成立しているようで、していない。
セレナは拳を握りしめた。
怒っている――ように見えるが、実は困惑が勝っている。
報告書にあった情報と、目の前の男が一致しない。
“都市級消滅魔法を無限に使える”
“魔王軍幹部を屠れる”
“世界の切り札”
なのに、目の前の男は――
「……眠い。椅子硬い」
と言っている。
セレナは視線をミルへ移した。
ミルは菓子を食べながら、セレナの鎧を指でつつく。
「これ、かたいね」
「鎧だ」
「いたくない?」
「痛いときもある」
「ふーん。じゃあ、ぬいだら?」
「……騎士が鎧を脱ぐと思うか?」
ミルは真顔でうなずいた。
「おふろのとき、ぬぐよ」
セレナは、ほんの少しだけ頬が赤くなった。
「……っ、そ、それは、そうだが……!」
ノクスがぼそっと言う。
「ミル、王女様をいじめるな」
「いじめてないよ? しつもんだよ?」
「質問が鋭いんだよ」
セレナは咳払いをして、話を戻した。
「――単刀直入に言う。君たち兄妹は、国家のために働いてほしい」
ノクスは眉ひとつ動かさない。
「やだ」
「理由は」
「面倒」
セレナのこめかみがぴくりと動く。
「君たちが協力しない場合、世界が滅びる可能性がある」
「滅びたら寝れる」
「世界が滅びたら寝床も滅びる!」
「……それは困る」
ようやく反応した。
セレナはそこを逃さない。
「なら協力しろ」
ノクスはため息をつく。
「……条件がある」
「言え」
ノクスはミルの頭に手を置いた。
「この子の生活を最優先。危険な場所に連れていかない。命令しない。利用しない。泣かせない」
セレナは即答できなかった。
国家としては、切り札は“使う”ものだ。
だが――昨夜の報告書を思い出す。
“妹が首を振ったため、ノクスは動かなかった”
“妹が単独で魔王軍幹部を制圧した”
つまり、国家が妹をどう扱うかで、国家の生死が決まる。
セレナは息を吐いた。
「……承諾する。というか、拒否できない」
「じゃあ終わり」
「終わりじゃない。監視が必要だ」
「勝手に見てれば」
「君の家に住む」
ノクスが初めて目を開けた。
「……は?」
ミルがぱっと顔を上げる。
「おねえちゃん、いっしょにすむの!?」
セレナは微妙に言葉に詰まった。
「……お姉ちゃん、ではない。王女だ」
「おうじょって、おねえちゃんなの?」
「違う!」
ミラはにこにこしながらノクスを見た。
「お兄ちゃん。おねえちゃん、ふえる!」
ノクスは頭を抱えた。
「・・・増やすな」
こうして、監視という名の居候が始まった。
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