第四話 「英雄、かくあり」⑤


 男たちに組み敷かれている時は血が冷えたが、どうやら致命的な事態は避けられたらしい。呼吸が少しおかしい気もするが、ファニーの笑顔にアニカは安堵した。そして、手早く、しかし確実にサブストライクの弾を補充し始める。すでにその視線はファニーではなく彼女を挟んで相対する男に――クルトに向かっていた。そして彼の視線もまた、憎々しげな笑みと共にアニカに向いている。


 補填を終わらせたアニカは改めて歩き出した。


「……クルトさん、残念です。勝手な話ですけど、あたしあなたのこと本当に王子様だと思ってたんですよ」


「俺も残念です、アニカさん。どうしたって計画に大なり小なりの影響を及ぼすあなたとは、出来れば早いうちから敵対したくなかったんですけどね」


 冷静な会話を交わす間も、二人の間の緊張は解けない。沈黙が走る。そして、アニカがファニーの近くまで来た時、クルトは拳銃を取り出しアニカに向けた。だが、彼の指が引き金を引く前に、打ち出されたサブストライクのゴム弾が彼の手を撃つ。弾かれた拳銃を目で追うこともせず、クルトは後ろ手に扉を外側に押し開いた。地下にある部屋すべてが戸が廊下側に開くという珍しい造りをしていることに疑問を持っていたが、このような事態を想定してのことだとアニカはようやく理解する。部屋から逃げる時、内に開くのと外に開くのとでは圧倒的に外の方が逃げやすい。


「はっ。予想通りの腕前だな。相手にするだけ無駄だ」


 どうやらこの結果を予想していたらしく、驚きも絶望も浮かべず、クルトは一目散に部屋から出て行く。アニカは後ろをついて来ていたマルクスにファニーを任せ、その後を追いかけた。


 集団を相手にする時、真に怖いのは要の人物が留まらず逃げを選択することを躊躇しないことだ。逃げる瞬間笑ったクルトは、確実に逃げの一手に徹する。どことも知れぬ他の出口まで逃げられる前に確保しなくては。


 扉を駆け出たアニカは、しかしすぐに反転してそれに身を隠した。その瞬間にアニカが今正に踏んだ場所が撃ち抜かれる。


「仲間か……こんな時に面倒な」


 扉の向こうには複数の男たち。一瞬しか見ていないが、少なくとも二人以上は銃を所持していた。このまま飛び出しては蜂の巣だ。だがいかないわけにはいくまい。折れてはいないが青く腫れた両腕の痛みを誤魔化すように、数度の深い呼吸を繰り返し、アニカは覚悟を決める。


 だが、いざ、と飛び出そうと身体を移動した正にその時、アニカは反射的に足を止めた。次の瞬間耳に届いたのは発砲の音、眼前を目にも止まらぬ速さで飛び交っていったのは複数の銃弾。


 アニカを狙ったわけではなく、扉の向こうで展開していた敵を狙い撃ったそれは過たず目的を果たしたようだ。扉の向こうから敵の悲鳴が聞こえてくる。実弾が放たれたのか周囲に硝煙と血のにおいが漂う。


「おっしゃ確保おおおおって、おお、アニカ。そこにいたのか。無事か? 怪我してねぇか?」


 警戒していると、聞き慣れた騒がしい声が先頭を切って廊下を駆けて来た。そして、アニカの前を駆け抜ける瞬間彼――トミーはその足を止める。何人かがぶつかりそうになって文句を言いながら、さらに先へ向かった。


「容赦ないと思ったら、こっちの扉で見えなかったのね」


 アニカが壁にしていた方の扉は九十度開いた状態になっており、もうひとつは斜めに開いている。角度こそないがアニカを隠すには十分だったのだろう。集中が敵に向かっていたとはいえ、アニカも彼らに気付かなかったのだから。


「ああ、危うく俺ヴァインシュトック追い出される所だった。勘弁しろよぉ」


「迂闊だったのは悪かったわ。もう援軍入ったのね。……早かったけどどうしたの? 入ってきた場所は? 攫われた子達は? 出口の封鎖は? それと」


「あーあーあーっ、ちょっと待てって、俺の処理能力考えてちょーだい」


 矢継ぎ早に質問して状況を把握せんとするアニカに、トミーは慌てて彼女を宥める。しかし、それもそうかと納得してアニカが大人しくなると、また逆に悲しくなりもする複雑な男心であった。


「えーっと? 規定より早く来たのはクルトがアルダグ事件の時の幹部だって分かったから。入ってきたのはあちこち。俺らはあいつが勤めてるっていう飲食店から。次何だっけ? 女の子? はー、今トルステンたちが別働隊になって救出活動真っ最中。出口の封鎖は大体終了。はい次は?」


 訊かれたものを指折り数えて答え終えてから、トミーは次の質問を受け付ける。その彼の隣を通り過ぎ、アニカはクルトが逃げていった方向へと視線を向けた。血塗れになった男たちが治療され捕縛される光景の中、探そうとももちろんその姿が視界に入ることはない。


「クルト・ベレは、どこに――?」


 逃がしてはいけない。あの男だけは。



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