第四話 「英雄、かくあり」②


 膝を裏から蹴りつけ姿勢を崩し、アニカは警棒のグリップ部分で息子の顎を下から打ち上げる。自重と下から突き上げてくる威力に挟まれ、息子役は白目を向いて仰向けに倒れた。やはり素人のようだ。身体の使い方がまるでなっていない。アニカは彼女を縛るために男たちが持ってきた紐を使って息子役の腕を後ろ手に縛り上げ、同様に足も縛り上げて転がす。


「さて、誘拐の現行犯なわけだが、情報を渡すつもりがあるなら口添えも考えるぞ」


 振り返り、アニカは一撃入れて転がしていた父役を引き起こした。警棒を顎の下に当てると父役は短い悲鳴を上げて両手を挙げる。演技というより心底怯えた様子で青ざめ、歯の根は合わずカチカチと小喧しい音を立てた。


「き、君は、君は何なんだ? お、俺たちは、ただ、そのブレスレットをつけた子を連れて来いと言われただけで……」


 言い訳を口にする父役の襟元を締め上げ、アニカは殺さんばかりの厳しい目付きを彼に向ける。


「〝連れて来い〟と、言われたその時に何故断らなかった。この道を選んだ時からお前は罪人だ。つべこべ言わずに知っていることを吐け」


 言い捨てると、アニカは父役の衿を離すと入れ替えてその眼前にハンターカードの入ったパスケースを突きつけた。上下に入った藍のラインに、燦然と輝く一文字に、父役は脱力して頷く。彼は気付いたのだ。自身が誰を相手にしているのかを。


 震える声で父役は話し始める。この事件が数週間前からこそこそと始まっていることだと。この地下室は秘密裏に作られた物であり、あの服飾店を含めた付近数件とつながっていると。今回の件で捕らえられた少女たちは祭り後に連れ出される予定で、まだ全員が地下に捕らえられていると思う、と。


「思う? 曖昧だな――首謀者は誰だ?」


「しっ、知らない! 本当に知らないんだ。俺たちは本当に下っ端で、今の話だって全部トップと会話出来るって連中と飲んでた時に知ったことなんだ。だから……!」


 大きく震えながら命乞いをする父親役を冷たい目で見下ろし、アニカはふらりと立ち上がった。


「……分かった。約束通り口添えは考えておこう。だが」


 言下、アニカの片足が跳ね上がり父親役の顎を蹴り上げる。大きく身を傾いで、父親役は気を失った。そんな彼を怒りに満ちた視線で見下ろし、アニカは刃のような言葉を言い放つ。


「その無責任で、何人もの人を不幸にするところだったことは反省しろ」


 金は大事だ。生きるうえで欠かせないもののひとつであろう。だが、そんなもののためにひとを不幸にする者たちの考えがアニカには理解出来なかった。彼らが攫った少女たちを売り払った金に笑う頃、彼女たちは己の運命に泣きはらすことになるのだ。そんな事態、許せるわけがない。


 父親役も同様に縛り上げてから、改めて彼らに猿轡を噛ませたアニカは装備を整え直す。装填を済ませたサブストライクを腰の左側に下げ、足に各銃の弾を格納したケースをつけた。さらにナイフを腰の後ろに装備し、腰の右側にはハンドガンをホルダーに入れて下げ、上着の内側にもう一丁の拳銃をしまう。最後に、警棒を片手に握り締めて完了だ。


 アニカが地下に入ってから大体十分といったところだろうか。外まで着いてきていたはずのレギナルトたちが突入してくるまでもう少し時間があると推測される。その間に出来ることはしておこう。アニカはそっと扉を開けて廊下に出た。来た時にも思ったが、土壁がむき出しの状態だと廊下というより鉱山の通路のようだ。


 まだ昼の時間帯だが、さすがに地下は薄暗い。廊下の高い所に転々と置かれたランプが等間隔に照らしてくれているので、夜の森よりは格段にマシだが。


 部屋はランプよりも大きな間隔で並んでいるようだ。アニカがいたのが階段を下りて最初の部屋で、そこも上に音が漏れるのを危惧してか五メートル以上の距離が開いている。そして、次の部屋もまた同じかそれ以上の間隔が開いていた。真っ直ぐに伸びた通路の両端、互い違いに扉が見える。


 アニカは軽く壁を叩き木の板が敷かれただけの床を踏みしめた。秘密裏に造られたというだけあって単純に掘られただけのようだが、壁は固く、あちこちに柱が立てられ落盤を防ぐ手は打っている。それに、換気は問題なくされているようだ。いくら入り口に近いとはいえ、これだけのランプを焚いているのににおいはほとんどこもっておらず、息苦しさも感じない。


(ということは、地下室に通じる入り口のいくつかが解放されている可能性があるわね。ふん、犯罪者のくせにばれるのを怯えないなんて生意気じゃない)


 悪事を働く人間で気が大きくなるパターンはいくつかある。たとえば犯人が馬鹿だったり、成功が間近だったり、もしくは絶対にばれないという自信があったりなどだ。ただ、アニカの感覚としては今回はそのどれもが違っている気がしていた。素人を使えばその分ばれる確率は高くなる。にもかかわらず、この多用。投げやりなのか、それともその危険を負っても攫う人数を増やしたいのか。人攫いの感覚は何とも理解し難い。


 静かに廊下を進み続けると、どこからか大きな物音が聞こえてきた。音が反響して明確にどこなのかは掴みにくいが、進行方向の先であるのは間違いない。進む速度を緩め警戒を強めた。すると。


「いいっかげんにしやがれっ、この色ボケ婆!!」


 怒号が響き渡る。そして、数メートル先にある左手側の扉が大きく震えた。聞き慣れた声を聞き、アニカは軽く目を見開くと警棒を構えながらその扉に駆け寄り勢いよく開く。その途端に目を回した一人の女性が倒れこんできた。栗色の巻き毛と濃い目の化粧、半裸になっているため露になったプロポーションは見事なものだ。が、やけに濃い化粧をしていて、素直に〝綺麗〟とは思えなかった。


「また来たか……って、アニカか。悪ぃ、捕まった」


 予想通り部屋にいたのはマルクスであった。荒れた息で体勢を立て直したかと思うと、アニカを見て安堵の表情を浮かべる。彼も服が乱れていた。


「謝らないで、あたしのせいなんだから。……どういう状況?」


 女を羽交い絞めして持ち上げると、アニカは中へと引きずっていく。完全に気絶しているらしくまるで目を覚ます気配がない。だが呼吸に問題はないので死にはしないだろう。


「ファニーと一緒に攫われて来たんだけどよ、俺だけその婆に渡されたっぽくてさ。さっき目ぇ覚ましたらその途端に襲われた。おいアニカ、強姦未遂罪つけとけ」


 気色悪ぃ、と背中に負いながらマルクスは心底嫌そうな顔をして、冗談とも本気とも取れる要望付きで簡潔に説明を終わらせる。聞いていたアニカは女を縛り上げ猿轡を噛ませてから改めてマルクスと向き合った。


「巻き込んでごめん、マルクス。本当はすぐにでもここから出してあげたいんだけど、多分今動くと他の子も危険なの。ちょっと隠れててくれる? 絶対に助けるから」


 すぐ近くに出口があり、さらに上の店の近くにはレギナルトたちがいる。とすればここで出してやるのがもしかしたら最善なのかもしれない。けれど、もしも上の店の者の誰かがマルクスが囚われの一人だと知っていたら、その選択肢は危険すぎる。何よりも、未だにどこにいるか判断のつかない娘たちが。


 巻き込んでおきながらすぐに助けてやれないことにもどかしさを覚え、アニカは苦い顔をした。しかしそんな彼女に、マルクスはあっさりと応える。


「あー、いいよいいよ。ファニーとか他にも捕まってんだろ? ……でもさ、出来れば連れて歩いてくんね? 足手まといなのは分かってんだけど、さすがに平静に隠れてられるほどの勇気はないっつーか……」


 頭を掻いてやや恥ずかしそうにマルクスが訴えると、アニカは少しだけ息を抜いた。


「……怒らないんだ」


「危険なの分かってきたのは俺も同じだし、任せろって言ったの俺だろ。つーか、この状況で怒るならお前じゃね? 〝情けないこと言うな〟って。まあ言われてもついてくけどな。怖いのはマジだし」


 何てことないように言い切ると、マルクスは拳でアニカの頭を殴る。三馬鹿がいたら絶句するような光景だろう。アニカの能力を恐れて、いまや彼女を殴れる知り合いなど極少数だ。


「情けない顔すんなよアニカ。俺の自慢の幼馴染はどんな時でも前をしっかり見てる奴だろ」


 信頼を映した双眸が真っ直ぐにアニカを映し出す。子供の頃から変わらない視線に、アニカは表情を崩した。それににっと歯を見せて笑ってから、マルクスはずっと気になっていたことを尋ねる。


「そーいやその服どした?」


「ああ、ちょっと侵入する時に色々あってね」


 説明するには少し長いので大部分を端折ると、マルクスも察したのか「後で聞くわ」と受け流した。しかし、約一点それでも気になることがあったらしい。小指を指差される。


「ちなみにそれは?」


 彼が指したのは小指につけっぱなしだったピンキーリングだった。こんな時でも細工職人の本能は燻らないらしい幼馴染に尊敬と呆れを抱きつつ、アニカは左手を軽く上げる。


「変装する時に『アクセサリーに』ってレギナルトが買ってきたの。外すの忘れてたわ」


「そのままにしとけよ。別に違和感ないんだろ?」


 外そうとする手を押さえられた。確かに、今は認識してしまったので若干違和感があるが、ここまで邪魔だと思うことはなかった。


「でも仕事中なのにアクセサリーなんて」


「ヴァインシュトックにだって普通にしてる奴いるだろ。デトレフ爺さんとかも装飾品つけてんだから気にすんなよ」


「マスター・アーレンスは前線職じゃないでしょ」


「あーもううるせぇな。いいからつけておけってば。ほら、行こうぜ」


 なお言い募ろうとするアニカを押し留め、マルクスは彼女の背を押して無理やり廊下に出した。不用意なことをする幼馴染に文句を言いつつ、アニカは再度警戒心を高める。たかがリングひとつにこれ以上時間を割く気もないのだろう。


 静かに進み出したアニカを追いかけながら、マルクスはぼそりと呟いた。


「……せっかく作ってやったんだから、ちゃんとつけておけっての」


 懐かしい、、、、作品を見つめていると、アニカが不意に立ち止まる。聞こえていたのかとマルクスが焦ったのは一瞬。次には、進行先を塞ぐように立ち尽くす人物に気付いた。



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