第四話 「英雄、かくあり」①


 変装――もはや変身に近い変化を遂げたアニカを、レギナルト、ビョルン、ツェンタは物陰からこっそりと覗いていた。護衛と後詰と伝令を兼ねての行動なのだが、視界の幸福が大きく仕事中だとついつい忘れそうになる。


「アニカさんかわいー……」


 これで何度目か分からない感想をツェンタがぼんやりと呟く。すっかり見惚れているらしく、仕事中の警戒心は彼女が一番低かった。


「かー、女ってのは怖いねぇ。あんな色気のない坊主みたいなのがあんだけ化けるんだからよ」


 アニカ本人が聞いていたら蜂の巣にされそうな発言を堂々と口にするビョルンの横で、この変化に最も貢献したレギナルトは胸を張る。


「そりゃーそっすよ。アニカさん素材はいいんすから、磨けばいくらでも光るんですよ。これで俺の目的のひとつは叶ったっす」


 前々からアニカを飾りたいと思っていたが、アニカ自身、その類への興味が非常に低く四苦八苦していたのだ。状況が状況とはいえ、その願いが思いがけず叶ったレギナルトの表情は明るい。


 そんな彼らの視線の先では、アニカが着慣れない服に戸惑いながらアイスを舐めていた。赤い色のアイスは白い服に落としてしまったら大層目立つだろうと思うと冷や冷やする。しかしそんなぎこちない動きがまた、あどけなさを生んで可愛らしさを演出していた。


 アニカが今身に纏っているのは白いワンピースだ。胸の前には赤く細いリボンが縫い付けられており、腰から下はペチスカートになっている。身体の傷のことがあるのでなるべく長めにしてもらったが、それでも膝の辺りで裾がちらちらとなるのが気になった。普段の服もこれくらいなのだが、ズボンとスカートでは安心感が違いすぎる。短い髪は後ろに集められ、ピンで留めるタイプの大きな布の花飾りでまとめられている。コバルトブルーは金髪に合うから、と言われてつけられたのだが、アニカ自身の色彩感覚ではそれがよいのか悪いのかは判断がつかなかった。ただ、ツェンタが非常に目を輝かせていたので恐らく大丈夫だろうと思っている。


 アクセサリーにはレギナルトがどこからか買ってきたピンキーリングをつけた。髪飾りやリボンが派手なので、このくらいシンプルな方がいいのだと言われたのだ。


 アニカは左手を持ち上げ視線を小指に注ぐ。柔らかな曲線を描く翼と花弁が刻まれており、鍛えたアニカの目にも良品として映った。マルクスと仲良くなれるだけあってレギナルトの目も中々のようだと感心する。


(……それにしてもこれ、何かマルクスのと作り方が似てる気がするわね)


 自身のアクセサリーは猟師になった時マルクスから貰ったペンダントしか持っていないアニカだが、それなりに彼の作品は見てきている。その彼女の目にそのリングは見慣れた感覚を覚えさせていた。


 少し考えてから、アニカはその思考を追い出し腕を下ろす。今は考えても仕方のないことだ。目下思考を向けなければならないのは、こちら。


 ちらりと視線を移動させた右の手首には、例のブレスレットがはめられていた。色は黄色くらいで、確実にビーズがはめられているものを、と頼んでビョルンに回収してきてもらった物だ。ちなみにビーズは合っているが、気を遣ってくれたのか編み紐の色はより赤に近いオレンジである。


 しかしこれはこれでよい判断をしてくれたとアニカは思っていた。誘拐犯たちが狙いやすいのは赤に近い色で、かつ警戒度と思わしき装飾の少ない者だと推測される。で、あれば、オレンジでビーズのブレスレットを身につける幼い少女は彼らにとってよい獲物であることだろう。


 これまでのナンパの場所を総合して、今は祭りの輪から少しだけ離れた場所にあるベンチに座っている。完全に人気がない所ではなく、少し歩くだけで喧騒の中に入る場所は、人の警戒心を薄れさせるのだ。危険があっても誰かの目に付く、という安心感から。


 アイスをもう一度舐めてから、アニカは僅かに目つきを変えた。こちらに意識を向けながら誰かが近付いて来る気配を感じる。一人、いや、二人だ。


 来たか、と思いつつ何も気付いていない振りをしてアイスを舐め続ける。その間に、隣においてある華やかな外装をした大振りのショルダーバックをさりげなく自分の近くに寄せた。その中身は、いつも使っている物より少し小ぶりなサブストライクとその弾、実弾用のハンドガンとその弾、そして別途使用目的の拳銃と、ハンターカードだ。ナイフや警棒は足に着用している。ふわふわとしたスカートの利点を敢えてひとつ挙げるとするなら、それらの膨らみを余裕で隠せること、だろう。


 アニカが気合を入れ終わったその時、突然背後からぶつかられた。アイスがコーンから落ちるのを見ながら彼らの――対子供、、、のやり方に気付いたアニカは、完全な子ども扱いに不愉快になりながらも、プロ根性でプライドを投げ捨てる。


(ファニーとマルクスだ。あのふたりみたいになれあたし)


 音を立ててスカートの上にアイスが落ちる。赤く汚れた服を見て、アニカは大声を出した。


「あああああ! あたしのアイスー!」


 子供のように、子供のように。内心で何度も何度も呟きながら、アニカは後ろを振り返りなるべく目に力を込めないようにしながらそこに立っていた男たちを見上げる。まだ若そうな男と少し年が行っている男がふたり。どちらも人のよさそうな顔をしており、最初から疑ってかからなければとてもじゃないが誘拐犯の一味とは思えないだろう。


「ああっ。ごめんよお嬢ちゃん。ちょっと息子と喋ってて周りを見ていなくて……」


「ごめんね、買い直しに行こう」


 自身を父と暗に告げた男は身を屈め申し訳なさそうに顔をしかめ、息子だ、と言われた方が手を差し出してくる。アニカは頬を膨らませてぷいと顔をそらした。


「そんなのじゃ誤魔化されないもん。お洋服だって汚れちゃった」


 とことん子供っぽく不機嫌な様子を見せると、息子が父を困ったように振り仰ぐ。父も少し困ったように頭を掻くが、次の瞬間にいいことを思いついたというように手を打った。


「あ、じゃあこうしよう。おじさんがお詫びに新しいアイスとお洋服を買ってあげるよ。娘によく洋服を買ってあげるお店があるんだ」


 何という典型的な誘い文句か、と内心で苦笑する反面、アニカはファニーだと実際についていってしまいそうで怖くなる。


「……ほんと?」


 ちらりと見上げ、揺れている風に装う。そうすると親子はわざとらしいほどに優しく笑った。


「ああ、本当だよ」


「さあ行こうか」


 父に右手を、息子に左手をそれぞれ掴まれる。優しく掴んでいるようで、その実しっかり逃げないようにしている辺りが何とも気に食わないことだ。それでも振り払うことはせず、アニカは何も分かっていない様子で笑顔を浮かべ彼らと歩き出す。




 アイスを買い直して連れて行かれた先は、驚くことに三番――ファニーたちが行方を眩ませた付近にある小さな服飾屋であった。人はあまり入っていないが品数はそれなりにありそうだ。


「さ、好きな服を買ってあげるよ」


 父からのその言葉に、アニカはにこりと笑った。ここは普通なら断る所だが、これからひと騒動あることが分かっている以上、こんな格好ではいられない。遠慮なく服を選ばせて貰う。


 ややあって、アニカが着替えたのは十個並んだ金色のボタンで前を留める丈が長い白の上着と黒のズボンという先ほどと打って変わってシンプルな装いであった。さすがにこのチョイスには親子も驚いたらしく、目を丸くしている。


「お、お嬢ちゃん? それでいいのかい? 何というかその、男の子みたいだよ?」


 衿を立て直していたアニカは父の不思議そうな問いかけに明るく笑い返した。


「うん。あたしいっつもああいうふわふわのお洋服ばっかりしか買ってもらえないの。でもお友達はこういう服持ってるから羨ましくて……買ってくれてありがとう、おじさん」


 アニカの見た目ぐらいの年頃の少女は〝友達が〟という単語を頻繁に使用する。大人であればもう少し違和感があったかもしれないが、幼い少女と思っている以上、アニカの理由に親子は納得するしかなかった。


「そうかい? まあ、喜んでくれたならよかったよ。そうだ、急がないなら少しお茶をしていかないかい? 下にお茶室があるんだよ」


 この店は二階建てで、今いるフロアは一階だ。これより下、ということは、地下室になる。どうやらここからが本番になりそうだ。アニカはまた笑顔を浮かべると父の申し出を受けて彼の案内で地下室へと向かった。



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