第三話 「始まった〝祭り〟」④


 どうやら無関係だと笑ってもいられなくなったようだ。アニカは歯を噛み締め、迂闊な判断をした自分を呪った。


 最初のひとりを助けてから僅か十分の間に、アニカたちはおよそ六件のナンパを防止した。ただのナンパなら「これだから祭りは」と呆れるだけなのだが、ナンパされる側の少女たちには共通点があった。それは、年でも見た目でも行動でもなく、例のブレスレットだ。


 助けた少女たちの全員が色違い、もしくは装飾違いのブレスレットをつけていた。


「もしかしてこれ、ナンパする目安になってるんすかね?」


 助けたうちの少女の一人から「こんなのいらない」と押し付けられた物を指先でくるくると回して、レギナルトはいまいち自信の持てない憶測を口にする。だが、アニカの反応は意外にも肯定であった。


「そうでしょうね。だけど多分それだけじゃないわ。三人目のお姉さん助けた時、ナンパしてた男『ビーズだと思って油断した』って言ってたでしょ?」


 三人目はアニカよりも年上であろうおっとりとした女性で、相手の男たちが複数いたのと誰もレギナルトに引かなかったのでアニカが出張ったのだ。警棒でひとりふたり叩きのめして追い払ったのだが、その際男のひとりがそう呟いていた。


 あの女性のブレスレットは赤の編み紐にビーズの飾りであった。ビーズだと思って油断した、というのは、つまりこれらの色や飾りで何かを表している可能性が高い。


「あー、そういえば。えっと何でしたっけ、一人目がオレンジに鈴ひとつ。二人目が緑に鈴ひとつ。三人目がそのお姉さんで赤にビーズ。四人目が黄色に鈴ふたつ。五人目が赤に鈴三つ。六人目がオレンジに鈴ふたつ。七人目が緑にビーズ。んで、ファニーちゃんはオレンジに鈴ふたつでしたっけ。結構ばらばらっすよね」


「それプラス青紐にハート型の飾り、よ。何人か見かけたわ」


 もっとも彼女たちは何の騒ぎにも巻き込まれていなかったようだが。


「こっち側の詰め所が確か近くにあるはずだから、他の人にもそういう騒ぎなかった訊いてみましょう。必要ならその行商たちも捕まえないと」


「うす」


 連れだって歩き出し、アニカとレギナルトは猟師たちが拠点のひとつとしている建物に向かった。公共の施設らしく、普段はハンターギルドよりも町民たちが使用しているのだという。


 中に入ると常駐の猟師たちと、同じく報告に来たらしい何人かの猟師たちに迎えられる。簡単に挨拶を済ませ手早く報告をすると、心当たりがあるらしく女性の猟師が片手を胸の高さまで挙げた。


「それ。私も見ましたよ。こっちは三人だけですけど、強引なナンパも止めました。そういえば彼女たちもブレスレットつけてました」


 女性の発言にアニカは厳しい目つきをし、レギナルトは驚きを呟き、そして報告をまとめていた常駐の猟師たちが揃ってざわめき始める。するとその騒ぎの中、ちょうど報告にやって来たらしい中年の男性猟師が茶化すような口ぶりで口を開いた。


「ああ、若い姉ちゃんたちがつけてたな。かわいーのとそうじゃないのが段階分けされてて見分けるのが楽でいいねーとか思ってたんだけど」


「ちょっとビョルン! ヴァインシュトックの英雄の前でヴァッサーフォーゲルの恥晒さないでよ!」


「がははは、怒んなよツェンタ。皺が出来んぞ」


 どうやら軽口な人物らしい。女性猟師――ツェンタが怒ってその口を塞ぎにかかった。呵呵大笑する彼を見て、こちらに来ていないトルステンとトミーを思い出したレギナルトが少し寂しがった様子を見せる。そんな中、アニカは男性猟師ことビョルンに近付く。


「失礼、ええと、ビョルンさん? すみませんけど、その話ちょっと簡潔に聞かせてもらえます?」


「アニカさん、こんな馬鹿の馬鹿話聞かなくても……」


「いえ、もしかしてその馬鹿な話があのブレスレットの基準なのかもしれません」


 きっぱりと言い切られ、ツェンタは驚いた様子で言葉を区切り、記録を取っている常駐の猟師はペンを握り直した。


「あーと、どゆことですかね、アニカ嬢?」


 まさかこんなに真面目に食いつかれるとは思っていなかったのか、ビョルンは少し戸惑った様子を見せる。アニカはそんな彼の目をはっきりと見返した。


「あのブレスレットは何色かの色と、装飾に分かれていました。例の行商というのが何かしらの基準でそれを選んでいた可能性があります。たとえば占いで出た結果、と言って渡せば、無料ですから誰も文句言わないでしょうしね」


 アニカは装飾の鈴とビーズに関する自身の見解を先に述べる。それは難易度、もしくは警戒度ではないか、と。


 アニカとレギナルトが食い止めてきたナンパの対象者たちはそれぞれ容姿にも性格にも周りの状況にも違いがあった。中でも一番印象深いのは三人目の赤の編み紐にビーズの女性、そして、五番目の赤の編み紐に鈴三つの女性だ。


 彼女たちはどちらも大人の女性ならではの色気のある美しい女性たちだった。しかし、三人目はおっとりとしたどちらかという警戒心の薄いタイプで、五人目はきびきびとしたしっかり者なタイプであった。アニカたちが助けなくとも自分で何とか出来ていた可能性が高い。


 そしてそれらを基に、鈴三つが最も難易度が高く、ビーズが最も難易度が低いと仮定する。そうすると、七人全員の第一印象と難易度の高低がアニカの中では一致した。


「ハートの装飾はいまいち分かりませんが、見た所誰もナンパなどに巻き込まれていません。とすると、流れ上渡さなくてはいけなかったけれど対象からは外れている相手、もしくは現在は触れてはいけない相手などが考えられます」


 アニカが喋り終わってもまだ書記がペンを走らせる音が室内に響く。ビョルンは少し困ったような顔をして頬を掻いた。


「そこまで整然と言われちまうとお恥ずかしいんですが、まあお話しますよ。えーっとですね、俺の主観なんですが、多分赤に近い色が顔立ち整ってて可愛いとか美人とか言われるタイプで、青に近付くたびにそーでもなくなってるんだと思いますわ。ちなみに俺は黄色ぐらいが一番好みです」


 親指をぐっと立てて訊いてもいない情報で締めくくられる。ツェンタが鉄拳制裁を加えてくれたのでアニカはスルーすることにした。他にツッコミがいると楽だ。彼女とは仲良くなれるかもしれない。


「……。レギナルト、あんたは?」


 唐突に問いかけられ、すっかり気を抜いていたらしいレギナルトは間の抜けた声を出す。


「へ?」


「へ? じゃなくて、あんた的にはどう? 可愛い子とか美人な人が赤に多かった?」


 折角なのでもう少し男性の意見が欲しい、と思っての問いかけだったのだが、黙り込んで考え出すレギナルトを見て「しまった」と後悔する。よくは知らないが、トルステンやトミーがレギナルトは女の趣味が変わっていると言っていた。ここで斜め上の発言をされて混乱するのはごめんだ。


「レギナルト、やっぱり――」


「うーん、ちゃんと見てなかったんであんまり細かくはあれですけど、顔立ち整ってるってんならそうかもっす? ――え? 何すかアニカさん?」


 言わなくていい、と言おうとした瞬間に思いがけずまともな発言が返ってくる。若干心許ないが、どうやらビョルンと同意見のようだ。


「ああいや、何でもないわ。……でも、これで可能性が高くなってきたわね。すみません、本部にこの件連絡を入れて、なるべく静かに回収してください。それとこのブレスレットを売っていた行商たちの確保を」


 不思議そうな顔をするレギナルトを軽く流し、アニカは常駐猟師に依頼を出す。それに頷くと、常駐猟師は控えていた若い、まだ見習いだろう少女に三重に記録していたうちの一枚を渡して伝令に走らせた。


「よし。レギナルト、あたしたちはもう一回見回り行くわよ。多分町の中に同じようなことしてる奴がまだ複数いるはずよ。あれだけ止めて一回も同じナンパ男と会わなかったってことは、それだけの人数抱えている、もしくは雇ってるわ。気合入れなさい」


「はい!」


 肘を曲げ上げた両拳をぐっと握り締めレギナルトは力強い返事をする。それに頷き、アニカはその場の猟師たちに頭を下げて出て行こうと踵を返した。だが、扉を開けた瞬間その足は思いがけず止められる。心臓を打ち抜くような衝撃と共に。


「そういえばビョルン何しに来たの?」


「お前と同じで報告だよ報告。さっき三番の方で妙なナンパと喧嘩があったからよ」


 三番、というのはこの町をいくつかに区切った数字のひとつで、猟師たちによるスラングのようなものだ。


「妙なナンパ?」


「ああ。黒髪の坊主と金髪の姉ちゃんの姉弟に金渡して買おうとした馬鹿がいたんだよ。そんでその割と近くで喧嘩があってな。一応仲裁してきたんだが報告をな。あー、そーいやあの異色の姉弟どうしたかな」


「何が?」


「いや、もうちょい話聞きたくて追いかけたんだけどよ、例の喧嘩のせいで見失っちまって。ああそうだ、近くの路地にこんなん落ちてたんだ。これ多分その嬢ちゃんがしてた髪飾――――」


 その時、突然腕を引かれ、ビョルンは驚きに言葉尻をなくす。何かと見やれば出て行こうとしていたアニカが両手でビョルンの手首を握っていた。その場にいた者たちにしてみればそれだけでも異様であるのに、さらに彼女は引きつった顔でビョルンの手を、正確には彼が腰のポーチから取り出した髪飾りを見つめている。


 目を見開き、青ざめる彼女に驚き誰もが何も言えなくなった中、レギナルトが謝罪と共にビョルンの手の中の髪飾りを抜き取った。彼だけは、アニカの異変の意味に気が付いたのだ。


「ビョルンさん、これ拾った場所連れてってください。今すぐ! アニカさんも。ほら!」


 珍しく強めの口調で頼み込むと、レギナルトは正気を失いそうなアニカの腕を引く。その様子からただ事ではないと判断したビョルンとツェンタは顔を見合わせ、常駐の猟師に一言告げてから建物から出て行った。


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