第三話 「始まった〝祭り〟」③


 その頃、ファニーとマルクスもまた、アニカたちとは別に祭りの喧騒に身を投じていた。


「マルクスさん、あれ何かな?」


「ああ、魚のすり身を揚げた菓子みたいなもんだよ。食いたいなら買うか?」


「うん、食べよう食べよう!」


 はしゃいで走り出そうとするファニーをマルクスはつないだままの手を後ろに引いて留める。ファニーを迷子にするとアニカに殺されるから、と思ってつないだのだが、そうしてよかったと思ったのはこれで何度目か。見た目こそ大きくなったが、まだまだ心は子供のようだ。祭りのせいか妙にはしゃいでいる。


「出店は逃げねぇからちっと落ち着け。さっきから顔もちっと赤いじゃねぇかよ。また熱か? あんまり無理すんなよ」


 軽く背伸びしてファニーの額に手を当てると、想像よりは平熱に近いようで安心する。しかし油断しているといつ熱を出すかも分からない。どこかで水でも買おう。そんなことを考えながら額から手を離すと、手で隠れていたファニーの顔が一瞬前よりもずっと赤くなっていた。


「うおっ!? ど、どうしたファニー、顔真っ赤じゃねぇか。やっぱ日陰で休むか?」


「なっ、何でもないよ! 大丈夫! それより早く買いに行こうよ」


 ぎょっとするマルクスの動揺から顔をそむけると、ファニーはまたマルクスを引っ張って歩き出す。ファニーの体調と自身の生存確率を心配しつつ、マルクスはこの菓子を買ったら一度クルトの店を訪ねようと心に決めた。一度休ませた方がよさそうだ。


 そうと決まればさっさと買いに行こう、と歩みに抵抗を無くしたその時、見計らったように二人の若い男に道を阻まれる。


「ねえ君、弟と一緒なの? よければ俺らも一緒にお祭り回らせてくれない?」


 年齢はマルクスよりも少し上辺りだろうか。祭りで気が大きくなっているのか普段からこうなのか、顔立ちはそこそこながら格好がそれなりなのでイケメンに見える。ただしマルクスから見れば無個性この上ないので、ファニーに相手をさせる気にもなれなかった。


「悪いけど姉ちゃんは今俺と回ってんの。ナンパならよそでやってよ兄ちゃんたち」


 実年齢や関係をいちいち修正する気もなければ必要性も感じないので、マルクスはそのまま男たちをあしらいファニーと手をつないだまま歩き出す。すると、それをナンパ男の片割れが止めた。


「おいおい、その年になってまだ姉ちゃん離れ出来ないのかよ。情けないぜ坊主。ほれ、小遣いやるからガールフレンドでも誘って祭り回ってきな」


 マルクスの空いている方の手を取って、男は小銭をその手の平に落とした。こんなはした金でついて回る女がいるかと内心で舌を出しつつ、マルクスはにこりと笑って見せる。そして一瞬で大きく息を吸い込むと、何の躊躇もなく口を開いた。


「わああああっ、助けてえええ! こいつ変態だあああっ。僕と姉ちゃんに金渡して何するつもりなの!? ハンターさあああああん!」


 憚ることのない大音声の叫びに周囲から視線がいっせいに集まる。その間もわあわあと叫ぶマルクスに、男たちは挙動不審になり、即座にそこから逃げ出した。人ごみの向こうから警備員をしている猟師たちが数人やって来ているのも、原因のひとつだろう。


「……くくっ、ばーか」


 逃げていくその背を馬鹿にする笑みを浮かべ、マルクスはまるで泣いているように身体を震わせる。


 マルクスの怖い所は、実はこういうところだ。アニカのように実力行使をすることは出来ないが、アニカほどのプライドがない彼は自分の小さな身体と童顔を惜しまず使う。世間というのは大抵において女子供という一目見て分かる〝弱者〟に優しい。そして世間を味方につけられる、というのは非常に強い武器なのだ。


 やってきた警備員に渡された金を渡し、目的通り菓子を買ってクルトの店へと向かった。騒ぎを起こしたばかりなのでなるべく人通りの多い所を選んで通る。そうしてしばらく歩いてから、ようやくマルクスたちはクルトの店のすぐ近くまでやって来た。


 だがその足は不意に止まる。


「こんな日にも喧嘩か。つーかこんな日だからか?」


 呆れたように呟くその視線の先にあるのは人だかりだ。大盛り上がりの彼らが取り囲んでやんやと野次を飛ばしているのはどうやら喧嘩をしているらしい男ふたり。20代後半から30代前半、といったところだろうか。何はともあれいい年をしてみっともないことだ。


 ファニーにこんな場面を見せておくわけにもいかず、マルクスは彼女の手を引きながらなるべく端により、とばっちりを食うことがないよう警戒した視線をそちらに向けながら目的地へと急いだ。


 もうすぐ抜ける、と思ったその時、突然ファニーが手を引いてくる。想像以上の力にバランスを崩したマルクスが視界に映したのは、口をふさがれ路地の暗がりに引きずり込まれるファニーの引きつった表情と、その彼女を押さえ込む見たことのない男たちの姿。次の瞬間にはマルクスは頭から袋を被せられ、腹部の痛みで正気を手放した。


 ふたりをつれ、男たちの姿は騒がしい表通りから消えていく。



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