第三話 「始まった〝祭り〟」②


 ヴァッサーフォーゲルの空に音花火の破裂音が木霊する。高々と祭りの始まりが告げられると、町は待っていましたとばかりに音楽と喧騒に包まれた。すでに町中の至る所で配置についていた猟師たちは、空に流れる白煙を眺めながら気を引き締める。


「始まったっすねー。何事もないといいんすけど」


 腰の後ろに下げたサブストライクを一撫でしてレギナルトは少し不安そうな顔をした。隣を歩くアニカは「そうね」と軽く肩をすくめる。その間も、視線は道行く人々や居並ぶ店に向けられていた。


 見回りを表す腕章をつけたアニカとレギナルトは、人が多い表通りのパトロールに当てられている。危険が起こりやすいのはどちらかといえば裏通りであるが、この町は広い分入り組んでいる場所が多い。そのため、裏通りのパトロールは土地勘のある地元の猟師たちに任された。


「……ねえレギナルト、ちょっと訊いていいかしら?」


「はい、何すか? クルトの年は20だから俺よりひとつ上っすよ。あ、女性の好みは自分の意思をしっかり持ってる人だそうっす。それとー」


 何も言わずともクルトの情報だと判断したらしいレギナルトは、次々に情報を明け渡してくる。気持ちがバレバレなことに赤くなるアニカだが、今はそれが訊きたいのではない。


「ち・が・う! クルトさんのことはクルトさんのことだけど、そういうのじゃなくて、あの人ずっとメーネにいたわけではないの?」


 こう訊くとレギナルトの答えと訊きたい方向性は同じなように聞こえるが、アニカの真意は気になる異性の情報を知りたい、というそれではないのだ。真面目な、見慣れた仕事中の顔を向けられ、レギナルトは自然と気持ちを引き締める。


「……クルトは十歳の時にメーネに来たっす。本当はすぐにまた別の所に行くはずだったらしいんすけど、結構大きなことがあって四年ぐらいはいました。俺はあいつが村に来た時仲良くなって、クルトが村を出る時に一回付き合いが切れちゃったっすよ。でも二ヶ月くらい前、ここで再会したっす。あ、クルト自身は一年半くらい前からここにいたみたいっすけど」


 とても驚いたし、驚かれた。懐かしむようにレギナルトは笑った。アニカは二ヶ月前を軽く遡り、そういえばその頃随分彼が浮かれていたことを思い出す。一緒に過ごしていた年月と離れていた年月、比較すれば離れていた方が長いであろうに、それでも再会した時に見つけられた。それだけ仲良くしていたのであろうことを思うと少々心が苦しいが、それならと流すわけにもいかない。


「すぐ出て行くはずだったっていうのは? 結構大きな事件って?」


 さらに問いかけを重ねると、レギナルトは少し戸惑った様子を見せる。だが、アニカがじっと見つめ続けると諦めたらしく、言葉を続けた。


「元々クルトの家族は行商らしいんすよ。メーネに来たのも旅の途中に寄っただけだったんです。でも、メーネを出るはずだった前の晩、クルトたちのキャンプが火事を起こしたっす。そんで、クルトと何人かの従者さん以外はみんな……」


 そこで口をつぐんだレギナルトの背をアニカは軽く数度叩く。もしかしたらその炎を見てしまったのかもしれない。まだ訊きたいことはあるが、これ以上は彼の精神的によくないだろう。下手につついて仕事中使い物にならなくなるのだけは避けたかった。


「ありがとう、もういいわ。さ、お仕事の続きよ」


 いつの間にか止めていた足を再度動かし、アニカはパトロールを再開する。その背に半端な返事をしてから、レギナルトは慌ててその後を追いかけ、再度彼女の隣に並んだ。そしてしばらく悩んだ後、たどたどしく口を開く。


「……あの、アニカさん。俺、頭あんまよくないから、アニカさんが何考えてるのかとか、全然分からないっす。でもアニカさんは俺よりずっと立派だから、きっと考えがあるっていうのは分かります。でもあいつ、本当に苦労してきたんす。家族を二回も亡くしちゃってて、村を出てからも結構色々あったみたいで、それで」


「……二回?」


 ぴたりとアニカの足が止まる。突き刺さる仕事モードのアニカの視線に、ぎくりとしたレギナルトも思わず足を止めた。


「は、はい! 子供の頃に実の両親亡くしてて、メーネに来た時の家族は二番目の家族だったらしいっす」


 それがどうかしたのか、と訝しむレギナルトの視線をよそに、アニカは口元に手を当てて眉根を寄せる。どこかで、似たような話を聞いたことがある気がした。どこであったか、と関連する単語をひとつずつ脳内で唱え、沈む記憶を引き起こすとする。


 そして、「本来の家族」「行商」「二番目の家族」の三単語で、その答えは出た。頭に浮かんだのは、酒場の花。


 まさか。疑惑が確信に変わりそうな都合のよい脳内の展開に黙したまま戸惑っていると、不意にお仕事に戻らなくてはならない声が聞こえてきた。


「離してください。あたし仕事中なんです」


「だーからさー、仕事なんて放っておいて遊ぼうよ」


「折角のお祭りなんだから楽しまなくちゃ」


 声が聞こえてきたのは建物と建物の間の細い路地だった。アニカとレギナルトがひょいとそちらを覗き込めば、そこには暗がりでも分かる可愛らしい少女と見るからに祭りでテンションが上がっているナンパそうな男たちがいる。


「ナンパっすね。でも無理やりはよくないっすね」


「その通り。ほら、止めてきなさい」


「えっ、お、俺ひとりでっすか?」


「『やめなさい』って言って来るだけでしょ。ハンターカード出せばすぐ引くわよ。ま、食い下がられても狼よりは弱いから――とっとと行け」


 サブストライクの銃口を向けると、ホールドアップしたレギナルトは慌てて路地裏に駆けて行った。さすがに言葉も戦闘もあの程度に負けるほど弱くないだろう。サブストライクをしまい、アニカは腕を組んで事態を見守ることにした。


 そして不意に気が付く。絡まれていた少女の、その右手首を飾るものに。


(……あれは確か)


 昨晩、ファニーが貰ったという装飾品と同じもののようだ。可愛い子にしか渡していなかった、とマルクスが言っていたが、なるほど。間違ってはいない。


 レギナルトが何とか無事に少女の救出に成功したのを見計らって、アニカもまた路地裏に入っていく。


「大丈夫ですか?」


 少女に近付き尋ねると、視線をアニカに向けた少女は一目で分かるほどほっとした様子を見せた。自分より幼い(ように見える)アニカを見て気が緩んだのだろう。年相応ではないこの容姿はこういう時にだけは役に立つ。


「うん、大丈夫。ありがとう。あ、おにいさんも、ありがとうございます」


 アニカに微笑み、次いでレギナルトにも礼を述べる少女のその柔らかな雰囲気は確かにファニーに負けず劣らずな美少女のそれであった。アニカはちらりと彼女の腕に目をむけ、自身の手でそれを持ち上げる。


「あの、このブレスレットってもしかして行商のお兄さんにもらったものですか?」


 ファニーのはオレンジ色の編み紐に小さな鈴がふたつだったが、彼女のはオレンジの紐に鈴がひとつだ。問いかけに少女は不快ではなく笑みを浮かべた。


「そう。でもお兄さんじゃなくてお姉さんよ。恋のお守りだって言ってたわ」


 若い娘が好きそうなフレーズだこと。アニカは内心で肩をすくめ、同時に配布している人物が複数いることに気が付く。


「占い師らしくて、その人に合った色とか飾りのついたものを選んでくれるの。あたしはオレンジの紐に鈴ひとつだけど、一緒に貰った友達は緑の紐に大きなビーズだったよ」


 紐の色と装飾で違いがある、というのは上手いやり方かもしれない。全部同じより売り文句に説得力が出る。


「へぇ、そうなんですか……。分かりました、ありがとうございます。それじゃあ私たちはこれで失礼しますね。あんまり路地裏ひとりで歩いちゃ駄目ですからね。行方不明が多く出てるんですから」


「うっ。はーい、ごめんなさーい……。あ、あたしのうちこの路地抜けた先の雑貨屋なの。もし気が向いたら遊びに来て。何か気に入った物があったら安く売ってあげる。じゃあね、ありがとう」


 笑顔で礼を述べると、少女は駄目だと言われたばかりの路地を駆け出した。悪気はないのだろうがとため息をつきつつその背を見送り、駆けるたびひらひらと揺れるスカートが光の抜こうに消えてから、アニカたちもまた来た方向へと引き返していく。


「アニカさん、さっきのは? 何か気になったんすか?」


「ああ、ファニーが同じようなの貰ってたのよ。変なのだと嫌じゃない? でも聞く限りじゃ本当にただの宣伝みたいだし、放っておいてもいいでしょ」


 ある程度ばらまいておけば、あの年頃の少女というのはよい宣伝材料になる。何故なら恋と噂は彼女たちの生きがいのひとつであるから。ただで配っていた男のやり方と齟齬が発生している気もするが、大した話ではない。ただの行商の手段にこれ以上気を割く必要もなかろうと、アニカは思考を切り替えてパトロールへと戻っていった。


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