第一話 「〝英雄〟を継ぐ者」②
フレーダーマオス大陸はコウモリ型の中型大陸だ。地方は五つに分かれており、左の翼の上部に位置する地方が北西のホーガ地方で、下部が南西のリエレット地方。胴体部に位置する中央がエンベール地方、右の上部が北東のメレンネ地方、下部が南東のクレイリアン地方と呼ばれている。エンベール地方にある王都・クレンシュパルを中心にまとまった
しかし、一国でまとまっているとはいってもやはり地方ごとの特徴とは出るものだ。たとえば、南西のリエレット地方には特徴的な制度がある。
それは、地方自治の比較的中央に猟師――一般に「ハンター」と呼称される者たちを配置していることだ。各町や村には大小のハンターギルドがあり、自警を行い、地域の運営を手伝っている。
そんな彼らの中心ともいえる本部ギルドがあるのは、森と生きる町、ヴァインシュトックである。80年以上前に最初のハンターギルドが成立したことに始まり、後進なる若者たちの多くが憧れを抱いた高名な猟師を輩出した町として、猟師たちにはある種の聖地のように扱われていた。
ちなみに、一般にハンターと呼ばれているにも関わらず本人たちが多く「猟師」という言葉にこだわるのは、その人物が生涯「猟師」と名乗ったためだと言われている。
二年前にその英雄がこの世を去った時、リエレット地方の多くの人々が嘆き、悼み、涙を流した。そして同時にひどく不安に駆られていた。彼がいなくなって、この平和は果たして保たれるのか、と。
主に猟師ではない一般人から出ていたこの不安は、しかし一年としないうちに払拭されることになる。その理由はまさに単純明快。彼に代わる者が現れたからだ。身体能力、戦闘の技術、度胸、勇気、信念、どれを取っても彼の後継たるに相応しい者が。
その人物は彼の血を引き、彼の才を継ぎ、彼の教えを受けて育ち、年若いうちに早くもA級に上り詰めた。英雄ベルンハルト・ハインツマンの孫娘、アニカ・ハインツマン。それこそが、ヴァインシュトックの〝英雄〟を継いだ者の名である。
隣町ハーゼほどではないが、ハンターギルドの本部があるだけにヴァインシュトックもそこそこの賑わいを見せる。特にギルドのすぐそばに店を出している酒場トラオムは、割りと小さめでありながら仕事を終わらせたハンターや彼らに憧れる青年・女性たちが集まるために、騒がしくない時の方が珍しかった。
この日も、時刻は夕方に差しかかったばかりだというのにホールはすでに人で溢れかえっている。そんな中、とある一角では店の制服を着ている波打つ赤毛をリボンでまとめた女性が大声で笑っていた。
「うあはははははっ、それでまたアニカに追い回されてたわけね」
腹を抱えて大笑され、机にべったりとくっついて未だに疲労と恐怖から抜け出せないトルステンたちは、恨みがましい目を彼女に向ける。
「笑い事じゃないんだよデリア~。あの後今度は森に走らされてアニカが片付けた狼回収させられて……お前アニカの友達だろ? 何とか言ってくれよぉ」
訴えに店の女性――デリア・カーフェンは「えー?」と軽く応じる。デリアとしてはアニカの意見の方が理解出来るので彼女を止めるつもりは今のところない。
「そーだぜ。あいつ年上を何だと思ってるんだっての」
ゴム弾が命中して痛むのか、慰めるようにトミーは自身の肩の後ろを撫でながら文句を口にした。それを言うならまず自分たちが猟師としての自覚を持て、と言いたくなるのをデリアは必死で我慢する。
「んー、でもー、俺はアニカさんがああで嬉しいっすよ」
まだ猟師になったばかりの、高身長のため誤解されやすいが実は20歳にもなっていないレギナルトは、氷の入ったビニールを頭に当て机に突っ伏したまま呟いた。
「俺って背が高いだけだって先輩猟師の人たちに馬鹿にされて、同期にも組みたくないって言われて、トルさんとトミーさんが目をかけてくれなかったら今頃ひとりだったっす」
ハンターギルドは筆記と実技に合格して初めて免許が渡される。もちろん、命に関わる仕事に就くためのその試験は決して易いものではない。だが、試験と実戦は違うものだ。トルステンもトミーもレギナルトも皆試験自体はしっかりと通過している。が、実戦で負け通しなためギルドでの評価は高くなかった。
「けどアニカさん、そういう俺たちもしっかり相手してくれるじゃないっすか。駄目出しばっかりだし辛口だしスパルタっすけど、やっぱり真正面から相手してくれるのって嬉しいっす」
にっと恥ずかしそうに、しかし爽やかにレギナルトが笑うと、トルステンとトミーは顔を見合わせ、同時に噴き出した。
「まあそうだわなー。鬼かってくらい厳しいけど、これだけ真剣に相手してくれる奴もいない」
「あいつ本当にベルンハルトさんにそっくりだよなぁ。あの人も俺らのこと諦めないでくれたもんな」
昔日を思い出してか、それとも亡き英雄と被るアニカの在り方に対するそれか、年長ふたりもまた楽しそうに笑う。
そんな彼らの様子に、デリアは持っていた盆を抱きしめて同じような表情をした。猟師の心情は何となくぐらいしか分からないし、デリア自身は「友人の祖父」ぐらいにしかベルンハルトを認識していないので、その念の深きがどれほどかを知らない。しかし、大事な友人が褒められているのは素直に嬉しかった。
「何みんなでにやにやしてんの?」
突然場を割った新たな声にデリア以外の男衆はびくりと身体を跳ねさせる。来ることは分かっていたが、このタイミングで来られると年も性別も関係なく恥ずかしい。
「よおお、おかえりアニカ!」
「早かったなぁ。一杯くらい飲めるかと思ってたぜ。はははは」
「さ、さっきのイケメン用事何だったんですか? まさか告白とか?」
見るからに怪しい動揺を見せる一同。話を逸らすためにレギナルトがアニカが後から来ることになった理由を口にすると、その肩を鷲掴まれた。肩の骨が外れるんじゃないかというほど強く掴まれレギナルトは一瞬で涙目になる。
「痛っ~、ちょ、アニカさん何するっすか――!」
「黙れ小僧」
獅子の目で睨まれ、文句を言おうとしたレギナルトは完全にうさぎになって縮こまる。無言で、引きつった笑顔を顔に貼り付け、ただひたすらにこくこくと頷き続けた。助けに入りたくても同じくうさぎ状態になっているトルステンもトミーも動けない。
仕方なく仲裁したのは、アニカに何があったのか察せ、かつこの状態に慣れているデリアだった。
「また?」
それだけ聞いて首を横に傾け、デリアはレギナルトの肩を掴んだままのアニカの頭に自身のそれをこつんとぶつける。
そうすると、アニカは微かに震え出し、レギナルトを離すとデリアに抱きついた。同い年の女性同士だというのにアニカの小柄のためにまるで姉妹のようだ。さらに着やせするタイプと有名なデリアの胸に顔がぴったりはまるため、周囲の男たちの視線は好奇と羨望を込めてふたりに集まる。だが、次の瞬間アニカが叫んだ一言で視線は一気にそこから外れた。
「あああああああ何で男ってのはこうぼんっきゅっぼんな女が好きなんだあああ!! そんなにむちむちぷりんが好きならプリンの国にでも行けお前らあああ! っていうか何であたしの周りこんなにプロボーションいい奴ばっかりなんだあああああ!! デリアあんたまたでっかくなったでしょおおおおお」
大声で自身の〝成長ぶり〟を暴露されても、デリアは余裕で流してアニカを慰めるように抱きしめ続ける。酒場の女はこんなことで折れるほどやわい花ではない。
「大体ファニーはまだ14歳だってのロリコンどもがあああああっ!」
さらに叫び続けるアニカに酒場にいた一同は彼女の荒れ具合のその理由をよく理解した。またファニーに近付きたい男に声をかけられたのだ、と。
アニカ・ハインツマンの八つ年下の妹ことファニー・ハインツマンは、アニカの言葉通りまだ14歳だ。だが、姉の分も吸収したのかと言いたくなるほどに〝立派〟に成長していることと人懐っこく明るい性格のため、男性の心を無意識に射止めることが非常に多い。幼少期より過保護気味に育てられたこともあり世間擦れしていないのもまたそれに拍車をかけている。
そんな彼女の防波堤が、アニカだ。容姿こそファニーに劣らないアニカだが、幼少期よりその才に目をかけていた祖父のスパルタがあったため、性格は真逆で非常にシビアである。下手にファニーに手を出そうとした男は皆彼女に返り討ちに遭い二度と顔をみせなくなった。
「でー? その哀れなお馬鹿はどうしたの?」
「現実突きつけて追っ払ったわよ」
抱きしめながらデリアが尋ねれば、アニカは不機嫌な表情と攻撃的なオーラを隠すどころか全面的に押し出して即答する。今回の名も知らぬイケメンもどうやらいつもと同じ末路らしい。トルステンたちは一瞬しか顔を見なかった男性を哀れんで手を合わせた。そして、それにしても、と顔を見合わせる。
「(アニカも損な性分だよなー)」
「(イケメン好きなのにみーんな目的はファニーだもんなぁ)」
「(でもファニーちゃんのこと放っておけないんすもんねー)」
そう、非常に男らしいアニカだが、こう見えてイケメン好きなのだ。爽やか系のレギナルトの笑顔に時々負けそうになるのはそういう理由であり、それが分かっているトルステンとトミーはレギナルトを盾にすることがよくある。
しかしアニカに寄り付くイケメンは皆ファニーが目当てで、アニカが惚れる男もまた次から次へとファニーに惹かれてしまう。アニカが根のさっぱりとした人間でなければとうに仲違いしていたことだろう。
「(いやー、アニカが男らしくてよかったなぁ)」
「(ああ、さすがアニカ。男の中の男だな)」
「(カッコいいっす!)」
「何か言ったか三馬鹿!!」
「「「何でもありません!!」」」
若干ヒートアップしかけた瞬間に耳についたらしく、一瞬でサブストライクを向けられた三馬鹿ことトルステンたちは反射のように否定を口にした。もはや定例にも思えるやり取りに、アニカが抜け出した反動で開いてしまった腕をそのままにしながらデリアはくすりと笑う。
「もういい飲む! デリアお酒!」
「はーいはい」
乱暴に席につくとアニカは自棄酒を決め込んだ。こうなることを分かっていたデリアは大まかなオーダーを受けるとカウンターに戻っていく。常連の好みをしっかり把握している彼女には、友人が飲みたい酒などわざわざ訊かなくても分かった。
「マスター、アニカのお酒出してー」
カウンターから身を乗り出し奥にいる老年の男性に声をかける。目付きの悪い口ひげの老人ことトラオムのマスター、モーゼス・フーバーはちらりとデリアに目をやるとその隣の辺りを親指で示した。デリアがそれを目で追えば、ちょうどデリアが身を乗り出している左側に要望の酒が積まれている。
「さっすがマスター! 分かってるぅ」
上調子の賞賛にモーゼスはふんと鼻を鳴らした。
「ベルンハルトと同じ酒だ。すぐに覚える」
目を逸らしてまた仕事に戻るモーゼスを見て、デリアは「そうですね」と笑う。
アニカのお気に入りは祖父ベルンハルトがこっそり気に入っていた酒だという。わざわざ合わせたのではなく飲み比べた結果それを選択したアニカに、よき友人であったその祖父を思い出してモーゼスが笑ったのをデリアはよく覚えていた。
「デーリーアー! お酒ー」
席からアニカが急かしてくる。デリアは返事をすると酒を担いでそのテーブルへを戻っていった。
仕事を終わらせた老若男女が集い、騒ぎ、飲み、食べ、歌い、時折暴れ、制圧される。それはいつも通りの、ヴァインシュトックの夕暮れ時であった。
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