第一話 「〝英雄〟を継ぐ者」①
木々がざわめく森の中、三人の男たちが疾走していた。
「うおおおおおおっ、死にたくねえええええ!」
「だから藪の中入るんじゃねぇって言ったんだよ馬鹿野郎おおお」
「喧嘩してねぇで走るっすよおおおおおお!」
目深に帽子を被った髭面の中年の男と、長い髪を後頭部の高い所で結っている30代前半ほどに見える男と、彼らの中でもっとも背が高く若い褐色の肌の男は、それぞれ背にしている銃を抜くことをせずにただ走り続ける。あえて抜かない、というよりも、彼らに〝その間〟がない、と言った方が正しいだろう。
銃を抜き、構え、狙う。たったの三動作だが、いくら銃に慣れた彼らでも、
逃げる男たちを追いかけるのは素早く軽く地面を蹴る足音と荒い息遣い、そして周りの仲間に状況を知らせているのであろう鳴き声。そう、追跡者はこの森の名物ともいえる狼たちだ。
「ややっや、やばいっすよおお、これ定石通りならそろそろ先回りしてる狼とぶつかるっすううう」
「俺もそれ思ってたああああ」
「やべえええええ、だああれかあああああ!」
職業柄その特性をよく知っている男たちは自分たちの危機的状況を嫌になるほど理解している。ゆえに足は緩まないが、狼の狩りの前にこの行動は実は適していないのだ。狼は群れで狩りをし、まずは足で獲物を追い回し、獲物が疲れてきた所でようやくその牙と爪の出番となる。
そうなれば逃げなど無意味。男たちの焦燥がさらに募ったその時、銃声が鳴り響いた。それと同時に先頭にいた狼が切ない悲鳴を上げて倒れる。足を止めないまま振り返った男たちは、その狼が血を流して倒れたことと何頭かが足を止めたことを見て安堵を浮かべた。
そしてそうした瞬間、全員一気に殴りつけられる。
「ったく、だから軽々と出歩くなって言ってんのよ三馬鹿が。そんなんだからいつまでもEランクから抜け出せないんだっつ――の」
頭を抱え悶絶して地面を転げ回る男たちに説教をしつつ、言下救世主はライフルを構え直して押し寄せてくる狼たちを正確無比な射撃で撃ち抜いていく。一頭、また一頭と倒れていく中、まだ若いのか血気盛んな様子の小ぶりな狼が突撃してきた。
「うおお、アニカ、来てる来てる来てる」
一番年上であろう帽子の男が一番年下であろう青年の後ろに隠れつつ叫ぶ。情けない、と思いつつも今はつっこまず、救世主ことアニカはライフルを肩にかけて背中に回し、腰のナイフを引き抜いて構えた。狼が飛びついてくると、金属と獣の牙が真正面からぶつかる、高めだが澄んではいない音が響く。
一瞬の均衡。最初に崩したのはアニカであった。しかしそれは力負けしたからではなく、わざと力を抜いて狼を脇へと誘ったためだ。力を前進にだけ使っていた狼は勢いに負けて地面に投げ出される。その隙にアニカは今度はナイフとは逆側の腰に備えた短銃を引き抜き地面に転がる狼に照準を合わせた。そして瞬きほどの間も空けず、地面に赤黒い花が咲く。
仲間が完全に仕留められたことを察したのか、狼たちの攻勢が一度緩んだ。そして、気を抜くどころかさらに意識を刃のように変えていくアニカが再度ライフルを構え直すと、群れの主と思われる狼が一声吠える。
それを合図に撤退していく狼たちをしばらくの間油断なく見送り、気配が完全に消えたことを確認してからアニカは小さく息を吐いてライフルを降ろした。
「ひゅーっ、さっすがアニカ! ベルンハルトさんの後継者!」
「よっ、男の中の男!」
「カッコいいっすアニカさん! やっぱりA級は違うっすね!」
「黙れ阿呆ども!!」
命の危機から解放され祭りでもあるのかというほどはしゃいで囃し立てる男たちをアニカは一喝する。その迫力に男たちは抱き合って後ずさりした。
「……今月、これで何回目の救出だか言ってみトルステン?」
ライフルを担ぎ直しながらアニカが最初に問いかけたのは帽子を目深に被った中年男のトルステン。
「えーっと、八回目だな」
「そのうちあんたらがわざわざ狼たちのテリトリーに入ったのは? トミー」
トルステンのはっきりとした回答にぴくりと眉を動かしたアニカは次に長髪の男、トミーに問いかける。
「五回だな。今日で六回目だ」
ちゃんと覚えているぞ、と胸を張るような動作を見せるトミーにアニカの眉はぴくぴくと痙攣を起こしかけていた。しかし三馬鹿一向に気付かない。
「レギナルト、その度にあんたたちがあたしにしてる約束は何だった?」
「はい。〝もっと気を付けて行動します〟っす!」
爽やかに答えるもっとも若い青年ことレギナルトの悪びれない態度と太陽が似合いそうな笑顔に一瞬ほだされかけるが、アニカはぶんぶんと頭を振ってそれを追い払う。そして恐ろしい眼差しで彼らを睨み付けた。能力もそうだが、顔かたちの整ったアニカに睨まれると強面の相手に睨まれるよりも怖い。
「そこまで分かってて、な・ん・で、今日もまた狼に襲われてんのあんたたちは! さっきも言ったけどそんなんだからEランクから抜け出せないんだよ。トルステンとトミーはおじいちゃんにも散々言われてるくせに何で学習してないかなぁ?」
全く理解出来ない。そう言いたそうな――。
「全っ然、まったく、これぽっちも、ひとつたりとも理解出来ないんだけど」
――否。はっきりと言って、アニカはこめかみに手を当ててあからさまなため息を吐いた。レギナルトはともかく、見た目もだが実年齢でも随分下になるアニカにここまで言われては普通ならばトルステンもトミーも黙っていられないことだろう。だがこのふたりにその〝常識〟は通じない。
「ほら何て言うの? 何か音がすると見に行きたくなっちゃう人の性っていうか」
「お前のこと信頼してるんだぜアニカ。俺ら仲間だRO☆」
怒るどころか、反省するどころか、受け流すこの神経の図太さ。どちらの言い分にも「そっすよね!」と同意を表す期待出来ない新入りの一言も手伝い、アニカの神経が先に限界を迎える。
「――特訓だ」
ぼそり、とアニカが呟くと、賑やかに話し始めていた三馬鹿はぎくりと固まった。そしてゆっくりとアニカを振り向き、絶句する。
背後に阿修羅の如き威圧感を纏った、少女のような同僚が先ほど批判し難い腕前を披露した銃を構えていた。対獣用のライフルではなく対人用・ゴム弾専用のサブストライクなのは彼女なりの優しさなのかもしれない。ゴム弾を装填する音が聞こえてくると、男たちは次の事態を経験則から判断して全速力で逃げ出す。その勢いは先ほど狼から逃げていた時と変わらない。それを火蓋に、アニカの怒りは爆発した。
「町まで一秒も休まずに走れお前ら! せめて体力をつけてやるから感謝しろ!」
怒りの声と共にゴム弾が放たれると、周囲から鳥たちが一斉に逃げ出す。その騒ぎはアニカの言葉通り町まで続くことになるのだが、それはいつものことなので気にしない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます