第12話 主人公はルート攻略に頭を抱える ②

 ジルが居ない間、ミアは部屋に残り山のようにある書物を眺めていた。

 見慣れない文字なのに読めてしまうところは、やはりファンタジーの世界なのだろう。

 魔法の成り立ちや、成分構造、伝記や資料……ありとあらゆる分野の書物が揃っている。

 その量にミアは圧倒された。

 

(若いのに騎士団長になるっていうのも頷けるわ……)


 ふと目線を横に逸らすと、一番下の段の端に背表紙が少し草臥れた図鑑と絵本が数冊並んでいた。

 絵本の内容はバラバラだが、どの本にも愛らしい動物が描かれている。

 そして図鑑にも動物や魔物が載っていて、子どもの頃から持っていたのかヤケや折れ等読み込んだ跡が沢山あった。


(きっと動物も好きなのね)


 そう思うと自分が拾われた理由も解るような気がした。


 

 


「ミア、いるか? 例の所に行くぞ」


 お昼ごはんの時間だろうか、仕事に出ていたジルが部屋に戻りミアを呼んだ。

 ミアは革袋に入り、体調を崩しているという竜の元へ付いていく事にした。


「一応人払いはするが、迂闊な事をするなよ」


「わかった!」

 

 辿り着いた先は冷たい石造りの部屋。

 鉄格子の向こうには以前会った竜が、敷かれた毛布の上で眠る様に丸くなっている。


『竜さん!』


 革袋から顔を出してミアに気づいた竜は、ガバッと体を起こし嬉々として格子に近づいてきた。

 まだミアの事を覚えていたようだ。

 

「あれから足のケガは治ったんだが床に伏せたままで、竜が住む宮殿へ戻ろうとしないんだ。 その原因がわからない」


「そうだったの……」


 ミアは鉄格子越しに竜の頭を撫でた。

 

「キァッ、キァッ!」


 すると竜が嬉しそうに跳ねるような声を上げ始めた。

 目を輝かせてこちらを見る顔は何だか催促されている様に見え、ミアは少し考えたのちにジルに相談を持ち掛けた。


「ねぇジル……、ここで歌ってもいいかしら」


「歌って、聖歌の事か? それとも詠唱の事か?」


「違う。 魔法でもなんでもない、私が人間だった頃によく歌ってた曲よ」


「人間だった頃に? ……まぁ魔法じゃないなら、小声でやってみてくれ。 俺は扉の側で見てるから」

 

 歌う事に許可がおりて、ミアはキラキラと目を輝かせた。


「ありがとう! ねぇ竜さん、また聞いてくれる?」


 そう竜に話しかけると、以前歌って聞かせた曲を小さな声で歌い始めた。

 

 足は鳴らさず、けれど竜の緊張を解せるようにと笑顔で歌う。

 その様子に、竜も目を細めてミアを見つめ返す。

 周りがどんどん穏やかな空気で充ちていった。

 




「ミア、お前何をやったんだ!?」


 ジルの声にハッと我に返ったミアは、突然後ろからジルに口を塞がれた。


(何って、歌っただけよ?!)


 喋られない事に抗議しようとジルを見上げると、氷のような鋭い眼差しにミアはブルッと背筋を震わせた。


魅了チャームか? それとも停止ダウンか? どちらにせよ、それは魔物を誑かす魔法じゃないのか!」


 心当たりのないミアは、叱咤される意味が解らず困惑した。

 しかし竜の方を見てみると、いつからか体を横たえ穏やかな顔をして聞いている姿が映った。

 それを『魔物を誑かした』という状況に捉えられたと気づいたのだった。


 その途端、ミアの目に涙が込み上げてきた。


 家族も友人も突然失い、いきなり知らない場所に飛ばされ、頼る宛も無かったミアにとっては歌は拠り所だった。

 それを『魔物を誑かす魔法』と非難され、これまで保っていたメンタルがカラカラと崩れ落ちそうになった。


「う……、ふぐっ……」


 歌が止み、只ならぬ雰囲気に感づいた竜はジルに対して『グルルルル……』と威嚇するように唸り始める。

 するとようやくジルは、大粒の涙を流すミアにやっと気がつき口を塞いでいた手を離した。


 その瞬間、キィィン!と金属を斬るような甲高い音と共に、クロノが黒豹の姿で現れジルの前に立ちはだかった。


「お前は……」


「これ以上ミアに触るんやない!!」


 ミアを泣かせたジルへの怒りがクロノの魔力を増幅させ、黒猫から使い魔本来の姿へと変化させたのだ。

 今ならジルの使い魔とも対等に戦えるだろう。

 クロノは瞳の奥に炎を滾らせ、ジルに躙り寄っていく。


「クロノ! ダメ!」


 しかし主の言葉に逆らえないクロノは、ミアの命令であっという間に元の愛らしい猫の姿に戻されてしまった。

 

「なんでや! 何でミアの気持ちを理解せえへんヤツなんか庇うんや!」

 

「そうじゃない! もう……皆で怒らないで……」


 クロノはしゃくり上げて泣くミアをギュッと抱きしめると、怒りを込めた目つきでジルを睨みつけた。

 その様子にジルも眉を潜め、腰に差した短剣に手を添え臨戦態勢に入る。

 部屋の中に禍々しい空気が漂い始めた。


「だから! 怒らないでって言ってるじゃない!!」


 突然張り詰めた空気を叩き壊す様にミアが大声で叫んだ。


「人が気持ちよく歌ってたっていうのに……」


 業火の様な気迫にたじろくクロノとジルを、鬼の形相で睨みつけたミアは涙を拭き、ダンッと立ち上がった。


「もういいわよ! 不本意だけどその噂のウサギとやらになってやるわよ! 煮るなり焼くなりすればいいわ!」


 宣言するようにミアが高らかと声を上げた事で、部屋の外が騒々しくなっていく。


「但し私を捕まえられたらね。 クロノ、いくわよ!」

 

「よ、よしきた!」 


 その瞬間外にいた警備兵が数人、バンッと音を立ててドカドカと部屋へ入ってきた。


「団長! 何やら人の声が聞こえたのですが……」


 すかさず二匹は開いた扉に向かい、警備兵達の足元をすり抜け部屋の外へと飛び出していった。


「何でもない! お前達はそこの竜を見張ってろ!」


「は……? っ承知しました!」


 事態を把握しきれず困惑する警備兵達を掻き分け、ジルも後を追った。


 こうして二匹の脱走劇が始まった。

  

 




 

 

 

 

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