第10話 終息
コンクリートの床の上を足音が響き渡る。
俺は、トリガーガード前のセフティ・レバーを外している、M14ライフルを腰だめに構えながら倉庫の奥へ走っていた。
両手で持っている自動ライフルの重さを感じ始めた時、コンクリートの壁で
仕切られた区画に飛び出した。
倉庫の突き当たりにあたる場所。
ドアのすりガラスに掛かれた文字。
事務室。
そこに取り付けられている、鋼鉄製のドアの脇に身体を着けると室内の気配を探る。
ノブを握った。
廻す。
動かない。鍵が掛けられている。
先程の男はから鍵を手に入れてはいなかった。
自分の詰めの甘さに小さく罵声を漏らした俺は、M14を肩にかけると、
ズボンのベルトに差していたコルト45口径を抜いた。
ドアの鍵穴と、壁の間に銃口を向けると、セフティ・レバーを外す。
目を細めて、左手を顔の前に翳した。
引き金を絞る。
銃声と共に、11ミリの弾丸がドアの金属を削り火花をちらした。
砕けた弾頭や、ドアの破片が、左手に食い込んだ。
痛みを無視して45オートから、更に撃ち込んだ。
肩に下げているM14ライフルだったら、一発の弾丸で済んだかも知れないが、拳銃弾とはケタ違いに威力があるライフル弾ではドアを貫通した後、中に
居る人間に被害を及ぼす恐れがあるので使う訳にはいかなかった。
銃弾によって、ノブのあたりがめくれ上がったドアを何回か蹴る。
金属が軋む音を発てて、破壊されていたロックが千切れドアが開いた。
事務所に踏み込むと同時に叫ぶ。
「水無瀬っ!!」
そこは20畳位の部屋だった。
蛍光灯の青白い光が照らしている幾つかの事務机に、ソファとテーブルから
成っている応接セット。
その黒い合成皮革のソファの上。
白い上下の下着――半裸の格好で手足を縛られ、口に猿轡をされている女が居た。
ショートボブのヘアスタイル。
彼女だ。
「梨絵っ!」
ソファに駆け寄った俺を、驚いた表情で見上げてきた彼女――水無瀬梨絵に、
「動かないでくれ」
声をかけた俺は、ポケットからナイフを出すと、その10cm程の刃を起こした。
猿轡を切る。
すぐに、梨絵が叫ぶ様に声を上げた。
「き、きよういち!? 喬一なの!?」
「俺以外の誰に見えるってんだ?」
彼女の声を聞いた俺は、皮肉っぽく応えた。
彼女の手首を調べる。
梨絵の手を後ろで縛っていたのは、ナイロン製のタイラップだった。
これで手足を拘束され、しかも下着姿では逃げる事は出来ない。
「どうして」
「何がだ?」
「わたしは、あなたを騙したのよ」
それなのに、信じられない。と呟いた梨絵の手首のタイラップに、ナイフを当てながら、
「俺の依頼は、お前を護る事だ。違うか?」
「……」
プツリと弾けた音を発てて、タイラップが切れた。
自由になった両腕でボリュームのある胸を隠した梨絵が、羞恥で顔を赤く染めて、
「見ないで」
「これを着てろ」
彼女が身につけていたスーツは、再び着られないように切り裂かれて隅に放りだされていたので、
俺はブルゾンを脱ぐと、梨絵の肩にかけた。
足の戒めに移る。
十分な鋭さがあるナイフが足首のそれも紙の様に切断した。
「切れたぞ」
と、梨絵に顔を上げた俺に、
「喬一」
梨絵が手を伸ばしてきた。
俺の顔、コメカミに沿って彼女の指が動いて、
「血が出てる」
そう言われて、自分の指でコメカミに触れてみる。
微かな痛みと、ぬるりとした感触。
「あの時だな」
「あの時って?」
「撃たれたんだ」
「えっ」
凝固しかけの血が移っていた、彼女の指が小さく痙攣した。
コンテナの上からライフルで撃たれた時、弾丸が掠めた箇所。
音速を超えている大口径ライフル弾の衝撃波で、そこの皮膚が裂けたのだ。
「まぁ、こんなのは怪我のうちに入らない」
気にするな。と俺はニヤリと笑ってみせたが、
「気にするわよ」
梨絵の、消え入りそうな声が返ってきた。
「ごめんなさい」
俯いた彼女。
「わたしが、あなたを――」
顔を上げた梨絵が、再び手を伸ばしてきた。
彼女の両手が俺の首に廻される。
梨絵の唇が俺のそれに押し当てられた。
僅かな時間が過ぎた。
重なり合っていた2人の唇が離れる。
「喬一。わたし」
梨絵の瞳が俺を映している。
「……話は後だ。ここを出るぞ」
見つめ合ってから目を逸らした俺は、それだけを事務的に告げた。
○
赤い回転灯が乱舞していた。
倉庫を出た俺の目に入っているのは、十台余りの警察車両と、救急車、それと数十人の警察官だった。
カメラだの、ハンドライトだのを持っている鑑識の連中も見える。
俺は、左腕のクロノグラフに目を落とした。
その機械式の腕時計の針は、日付が変った事を指している。
「終わったな」
俺の横で、スカイラインGTRのドアを背にしたビンセントが、ぼそりと呟いた。
午前12時過ぎ。日付けが変わっていた。
ビンセントが言っていた「警察が目を瞑っている時間」が過ぎていた。
黙ったままの俺の目が、3人の人間を捉えた。
そのうちの2人は、制服の警察官であり、後の一人は女だ。
男物のブルゾンを羽織っている。
「……梨絵」
呟いた俺の前を、警官に両脇を挟まれた女――水無瀬梨絵がパトカーに誘導されて行く。
「あいつはどうなる?」
「さあな」
名目上は、彼女の「保護」ということになるのだが、実際は逮捕に近い扱いになるはずだ。
背後に国家が付いている会社の機密を売ろうとしたのだ。簡単には済まないだろう。
パトカーの後部座席に乗り込もうとした梨絵が、こちらを向いた。
俺と彼女の目が合った。
だが、それは一瞬に過ぎなかった。
彼女がパトカーの中に消え、ドアが閉まるとテールランプが遠ざかって行く。「どう言って欲しい?」
小さくなっていくパトカーを見送っていたビンセントがポツリと呟いた。
「さあな」
そう応えた俺に、ビンセントが煙草のパッケージを差し出してきた。
「いや――」
断りかけた俺だったが、結局指を動かした。
普段煙草は吸わないが、駄目だという訳じゃ無い。
蝙蝠の図柄の描かれたそれから、フィルターの無い両切りの煙草を抜いて咥えると、使い旧したオイルライターの火が近づけられた。
ホワイトガソリンの燃える匂いの中、顔をくっつける様にした俺とビンセントの煙草に火が付いた。
そのまま、暫くの間2人とも口を訊かなかった。
立ち上る、きつい匂いの煙の中、煙草の火口だけが赤く暗い光を点していた。
やがて、煙草が半分の長さになった時、ビンセントが先に口を開いた。
「行くか」
「ああ」
「ヤサまで送る」
R32スカイラインのドアに手をかけたビンセントが、口を閉ざしたままの俺に、乗れと顎をしゃくった。
頷いた俺は、車の助手席に乗り込んだ。
すぐにエンジンがかかり、走り出す。
胸が熱かった。
息を吐く。
だが。
それは、久しぶりの煙草の所為だと自分に言い聞かせた。
後ろに流れて行く夜の景色。
振り向くと、まだ残っているパトカーの赤い光が見えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます