第9話 反撃

 コルト45オートの銃声が倉庫の中に響き渡り、機関部から弾き飛ばされた45ACPの空薬莢がコンクリートの床に落ちた時、暗闇の向こうから、再び銃弾が襲ってきた。

 だが、先程とは違っていた。

 明らかに泡を食っている撃ち方。

 たちまちのうちに、弾丸を打ち尽くしたらしく、銃撃が止んだ。

 俺は銃を構えた格好のまま、目の前を探る。

 人の気配が無いのを確かめると、ゆっくりと立ち上がり、

 「……逃げた?」

 コルトのグリップから、残弾の少なくなった弾倉を抜きながら呟いた俺に、

 「その様だ」

 大きく息を吐いたビンセントが、バックアップで構えていた右手のP220を降ろした。

 「あれじゃあ、素人だぜ」

 「そうだな」

 何とも云えない顔で頷いたビンセントが、銃口を小さく振った。

 頷いた俺は、ブルゾンのポケットから取り出した予備弾倉と交換すると、倉庫の奥に向かって歩き出した。

 指は、45オートの引き金に掛けたまま、前、右、左と探るようにして進んでいく。

 それから少しして、先程の銃火が見えた場所に着いた。

 あたりに漂っている無煙火薬の匂いと、床に散らばっている空薬莢。

 「待ち伏せか」

 ちらりと、腕のクロノグラフを見た。水無瀬梨絵が、彼女がここに捕われてから経過した時間。

 今回のスキャンダルを「無かったことにする」ことが目的の連中だ。

 もう、手遅れだったというのも十分考えられる。

 「吉村」

 足が止まった俺に、ビンセントが短く鋭い声を発てた。

 警告。

 「……悪い」

脳裏に浮かんだ、嫌な考えに軽く頭を振った俺は、再び歩き出す。

 慎重に進んでいる積もりだったが、気が付いたら早足に近くなっていた。

 焦っているのが自分でも分かる。

「……」

 口の中の罵り声を抑え込んだ。

 少し歩くと、俺の左右に積まれているコンテナの列――貨物船舶用の大型――が途切れた。

 天井の窓から入って来る、月明かりを頼りに目を凝らす。

 30メートル程の何も無い空間が、目の前に広がっていた。

 その向こう側には、こちら側と同じくコンテナが置かれている。

 俺が、そこまで確認した時――

 突然視界が真っ白になった。

 天井付近の壁の全周に巡らされている、キャット・ウオーク。

 そこに設置されたスポットライトの真昼の様な光が俺に浴びせられたのだ。

 窓から入って来ていた月光とは比較にならない人工の光が、今までの闇に慣れていた網膜を刺し貫いた。

 一瞬の間だけ視覚を奪われた俺の頭上から銃声が轟いた。

 重い連続した発射音。

 文字通りの轟音と同時に、頭を巨大なハンマーで殴られたような衝撃。

「喬一!」

 ビンセントの叫び声。

 撃たれた。

 意識が遠くなった俺は、それでも横向きに倒れながらコンテナ上方に

45オートを向けた。

 拳銃のそれより倍以上の長さがある、ライフル――小銃の空薬莢が降ってくる中、引き金を絞った。

 連射する。

 スライドが目に見えない速さで後退と前進を繰り返し、エジェクターが焦げた真鍮の薬莢を弾きだした。

 仰向けになって、立て続けの鼓膜が破れそうな銃声に耐えていた俺の側に、

コンテナの上から人影とM14自動ライフルが落ちてきた。

 痺れている頭を振って、無理やりに立ち上がった俺は、右腕と肩に45口径弾を食らい、さらに4メートル近くの高さから落下して、苦痛の呻き声を上げている男の服を探った。

 身体の何処かを骨折しているその男のスーツのポケットから、M14用の弾倉を奪うと、床に転がっている自動ライフルを掬い上げた。

「大丈夫か!?おい!」

「ああ、大丈夫だ」

 両手で保持したP220を上に向けながら、慌てた口調で訊いてきたビンセントにそう応えると、コンテナを背に自分の身体を確認する。

 コメカミにミミズ腫れが出来ていた。

 撃たれたと思ったが、頭のすぐ側を通過した大口径ライフル弾の衝撃波に叩かれただけだった様だ。

 恐らく、ただでさえ射撃のコントロールが難しい連続発射のフルオートで、

しかもコンテナの上から真下に向けて撃ち下ろすという、不自然な射撃ポジションを取ったので発射の反動を上手く逃がせず、狙いが逸れたのだ。

 俺は、素早くM14ライフルを点検すると、機関部のセレクター・レバーを単発のセミオートに廻した。

 旧式だが堅牢なその自動小銃を構え、片方の膝を床に着ける。

 コンクリートの床の冷たさと、眼に入ってくる強烈な光に顔をしかめながら、

キャットウオークのスポットライトに銃口を向けた。

 照準を合わせると、引き金を絞った。

 腹を揺さぶる轟音と共に発射された、数発の7.62ミリ——30口径弾がライトの

レンズ部分に命中した。

 拳銃とは桁違いの弾速による、弾頭の運動エネルギーを受けたライトが爆発した様に砕け、飛び散ったガラスの破片を顔面に受けた男が悲鳴を上げて、狭い足場の上を転げ回った。

 ライトの光が消え、再び暗闇が戻って来る中、M14ライフルを広場の向こう側にあるコンテナに向けた。

 再び引き金を絞る。

 右肩を強烈な反動が襲い、狙ったコンテナが着弾の火花を散らす。

 火薬の燃焼ガスによって後退したボルトが長い空薬莢を弾き飛ばし、次いで

それが開いたまま停止した。

 弾倉の弾が尽きたのだ。

 俺が、慌てた動作で空になった弾倉を捨て、先程奪った20発入りの弾倉を取り出した時,向こう側のコンテナの陰から銃火が煌いた。

 身をすくめた俺の横で、ビンセントがP220を連射した。

 9ミリ弾の弾幕に、相手の銃撃が途切れる。

 その隙にボルトが開きっぱなしになっている機関部に、弾倉を押し込んだ。

 ボルト・ストッパーを放す。

 スプリングの力によって前進した特殊鋼のボルトが、弾倉上端の30口径弾を薬室に送り込んだ。

 俺は、薬室が閉鎖されたМ14ライフルの木製銃床を頬付けする。

 引き金を絞った。

 大口径ライフルの銃声が倉庫の中に響き渡り、コンテナの陰から悲鳴が上がった。

 重い引き金を一定の間隔で動かし続け、M14を連射する。

 悲鳴と絶叫が重なった。

 光源が月の光で、30メートルの距離では拳銃の命中精度はガタ落ちになるが、M14の様な小銃にとっては、ほんの目の前の距離でしかない。

 人の力では曲げることの出来ない、分厚い鉄板を紙の様に貫通した30口径

フルメタルジャケット弾は、その後ろで拳銃を構えていた人間に傷を与えたのだ。

 更にM14の引き金を引こうとした俺に、

「やめてくれ!降伏する!」

 コンテナの向こう側から喚き声が聞こえてきた。

「水無瀬梨絵はどうした!?」

 無煙火薬の匂いの中、ライフルを降ろした俺は声を張り上げた。

 また、焦りが首をもたげてきた。


   ○

 

 弾痕の丸い穴が穿かれているコンテナの裏側。

 そこにゆっくりと回りこんだ俺の目の前に、一人の男が蹲っていた。

 中肉中背のクルー・カットの男。

「よう。 また会ったな」

 床に捨てられている、ブローニング・ハイパワーを遠くに蹴り飛ばした俺が

口を開くよりも速く、弾倉を交換したP220片手のビンセントが男に声をかけた。

 「……ビンセント」

 顔をこちら、正確には俺の横に視線を移した男が、

 「裏切ったのか」

 「人聞きが悪いな。 契約が切れただけだろ」

 「……それで揉め事解決屋とつるんでるのか」

 「その辺はあんたの想像に任せるとして、訊きたい事がある」

 「……何を訊きたいってんだ」

 男が投げやりに応える。

 一見では、地味なグレーのスーツ姿。

その値の張りそうな生地の腋腹は血で濡れていた。

 「なぜ、俺達がここに入ってきた時、こいつを使わなかった? そうしたら 俺達にやられる事も無かった筈だ」

 俺の構えているМ14ライフルを顎で示したビンセントに、

 「コンテナの中身、商品を傷つけるわけにはいかなかった」

 忌々しそうに答える男。

 「中身は例のモノか。宮仕えは難儀なことだな」

 「大きなお世話だ」

 苦痛に顔を歪めながらも、鼻を鳴らした男。

 コンテナを貫通した30口径軍用弾にやられたにしては元気過ぎるから、

コンテナか弾丸の破片が当たっただけの様だ。

 「……」

 男にP220を向けたままのビンセントが、俺に目で合図を送って来た。

 軽く頷いた俺は、まだ熱く焦げているM14ライフルの銃口を男に向けた。

 先程の台詞を繰り返した。

 「水無瀬梨絵は何処だ。お前達が攫ってここに連れ込んだ女だ」

 「あの女か」

 「何処だ」

 俺が聞き、

 「事務所だ。そこに居る」

 男が答えた。

 「無事なのか?」

 「どうだかな」

 「何だと?」

 男が苦痛の表情の上に薄ら笑いを浮かべた。

 「俺たちが交代で可愛がってやったからな」

 「――貴様っ」

 喉の嗄れた声で応えた俺は、脂汗を流し始めた男の頭に小さく振ったM14

ライフルを叩き付けた。

 特殊な表面硬化処理がされた受筒部で殴られ、あっさり気絶した男の所持品を確かめる。

 ポケットから出てきた、拳銃の弾倉と折りたたみ式のナイフを奪う。

 ナイフをズボンのポケットに移しながら、

 「後を頼めるか?」

 「ああ、いいさ」

 「済まん」

 弾倉を受け取って、肩を竦めたビンセントの返事を聞いた俺は、並べられた

コンテナが作っている通路を走りだした。

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