第8話  真相

 食料や衣類などに限らず、品物を動かす様な商売を行う場合、それを一定の 時間だけ保管して置く為の場所、倉庫がどうしても必要となる。

  それは、この辺境の都市であるこの街でも変わる事の無い事実だった。

 「あそこだ」

  月明かりの中、道の向こう側に建っている倉庫。

 そのカマボコを並べた様な、同じ格好の建物が作っているシルエットを伺っていた、金髪碧眼の男、ビンセントが、囁くように言った。

 コンクリートで固められた岸壁沿いの区画。

 倉庫街と呼ばれている場所。

 「……」

  俺はビンセントと同じ方向に首を向けた。

 『東方物産』の名義となっている、幾つかの倉庫の内の一つ。

 その前には、数台の車が停まっているのが見える。

 「あそこに水無瀬が居るってのか」

 「そうだ」

 呟いた俺にビンセントが応えた。

 「彼女はあの中に居る」

 彼女。

 水無瀬梨絵。

 俺の依頼人だった女。

 「しかし、いいのか?」

 「何がだ?」

 「俺にこの場所をリークして。あんたにとっちゃあ、連中は味方になるんじゃないのか?」

 「……俺の今回の仕事は既に終わってる。後はプライベートだ」

 念を押す様に訊いた俺ではなく、むしろ自分に言い聞かせるように呟いた

ビンセントが、スーツの左脇から銃を抜いた。

 SIGザウエルP220。

 太いグリップに、15発の9ミリ弾が入っている弾倉を持っている自動拳銃。

 ビンセントは、堅牢性と耐久性をそのままデザインした様なシルエットを

持つ、その拳銃の遊底を引いた。

 手を離すと、前進した遊底が弾倉上端の弾丸を薬室に送り込んで閉じる。

 右の親指でデコッキング・レバーを押し下げると、起きていた撃鉄が倒れた。「……」 

 その金属音を聞いて、小さく息を吐いた俺は背中に差していた、コルト45

オートを抜いた。

 無骨さでは負けていない、7連発のオートマチックのセフティレバーを外すと、スライドを少し引く。

「……プライベートね」

 薬室に装填されている45ACP弾の薬莢が、月の光で鈍い金色を返してきた。

 

 ――30分前。  

 

 「……済まん」

  通話が切れた受話器を置きながら、俺は、彼女に顔を向けた。

 「食事は中止になりそうだ」

 「中止?」

  怪訝そうに、首を傾げた悠美だったが、机から出した45口径弾をブルゾンのポケットから抜いた 弾倉に補弾したのを見て、すぐに察したらしく、

 「じゃ、私はここに居ればいいわね」

 と、俺に強い口調で告げてきた。

 「……今日は、これで終わりだって言おうとしたんだが」

 「何かあった場合、連絡先が要るでしょ?」

 「おい」

 「違う?」

 「……分かった」

 俺は、悠美の気を変えさせる為に、何か否定的な事を言おうと思ったが、すぐにそれを諦めた。

 こんな時の彼女は、とてつもなく頑固になる。

 「ここに泊まるのなら、俺のベットを使っても構わない」

 「ありがと、そうさせて貰うわ」

 嬉しそうに頷いた悠美に、こちらも笑って見せてから、

 「だからといって、ベットを変なコトには使わないでくれよ」

 「バカ」

 俺の、少々下品な軽口に乗ってくれた悠美だったが、すぐにそれを引っ込めて、

 「……本当は、ここに居て欲しいのよ、喬一」

 「そうか」

 俺を見上げて、ポツリと言った悠美に分かってるとは言えなかった。

 その代わりに、ポンと彼女の頭に手を置いた。

 「済まんな、気が利かなくて」

 無言で、怒った様に睨んできた悠美に手を振った俺は、事務所を後にした。

 真っ暗な階段を降りて、ビルの外に出る。

 「……」

 数十秒後。

 空に浮かんでいる月の光の中。

 石畳を敷き詰めている歩道で待っている俺の耳に、6気筒エンジンの排気音が聞こえてきた。

 「……」

 それと同時に、異型4灯のヘッドライトの光を何度も上下にライトを切り替えながら、シルバーグレイに塗られたスカイラインGTRがゆっくりとこちら側に進んでくるのが見えた。

 「——来たか」

 呟いた俺は、パッシングを繰り返しながら近づいてくる、2ドアセダンから視線を外さずに、腰の後ろに右手を廻した。

 ズボンの背中側にベルトで挟んでいる、コルト45オートのグリップを握る。

 先程の電話で聞いた通りの合図だったが、それでも何かの罠だという可能性も十分あった。用心するに越した事は無い。

 「待たせたな」

 ブレーキをかけて俺の横に停止した、GTRの車内から声をかけられた。

 「いや――」

 俺は45口径の引き金に指を掛けたまま、窓の開けられた助手席の向こうに短く答えた。

 「それよりも、話を聞かせてくれ」

 「せっかちな奴だ」

 運転席から、身体を屈めていた男――ビンセントが、乗れと手を動かした。

 その合図に、ほんの一瞬だけ迷った俺だったが、ドアを開けてアイドリングをしているGTRの助手席に乗り込んだ。

 「電話でも言ったが、水無瀬梨絵が危ない」

 ダーク・ブラウンのスーツ姿のビンセントが口を開いた。

 外灯に照らされている、その端整だが何処か壊れた様な横顔は、俺より10歳程上に見える。

 「水無瀬が危ない? どういう事だ?」

 「そのままの意味だよ。吉村」

 ビンセントは前を向いたまま答えた。

 「何があったっていうんだ?」

 「聞きたいか?」

 「ああ」

 俺が即答すると、

 「クルマで移動しながら話したいんだが」

 「その方が目立たなくていいか」

 「そういうことだ」

 ビンセントは頷くと、スカイラインをゆっくりと発進させた。

 バネとダンパーがハードな足廻りにでも換えているのか、想像していたより乗り心地が硬く感じる。

 シフトレバーを動かして、5速ミッションのギアを変える度に、窓の外を流れる夜の風景の速度が増していった。

 ビンセントが口を開いた。

 「……今から少し前、飛行機が落ちた」

 「飛行機?」

 いきなり話を切り出されて、オウム返しに訊いた俺に、

 「東南アジアのジャングルに、輸送機が墜落。機体は大破。乗員に怪我人が出た」

 「ああ。それならラジオで聴いた」

 それは「仕事」をキャンセルされた後、車の中で聴いたニュースだった。

 「積荷の電気製品が、スクラップになったとか言ってたな」

 「そうだ。それで状況が変った」

 「状況?」

 「アビオニクスという言葉を聞いた事があるか?」

 「いや」

  無いなと応えた俺に、

 「飛行機、航空機用の電子機器がそうよばれているんだが、民間の旅客機とかはともかく、軍用機に積まれている、レーダーや、ファイヤーコントロールシステム――火器管制装置の性能が、その機体の優劣を決めてしまう程重要な役割を占めるまでになっている」

 「……」

 専門的な単語を聞いただけではなく、話の筋が見えず黙りこんだ俺に、仏頂面のビンセントが続けた。

 「それで、このアビオニクスなんだが、どこの国も自国で生産した戦闘機を他所に輸出する場合は、こいつの性能をわざと落として売り付けるんだ。 まあ、下手に輸出して自分の国の防衛を不利にはしたくないって事なんだが」

 「……当然だろうな」

 そんな、お人好しな国は無い。

 「だが、高い代金を払って買った方としては、当然不満が出る」

 「それも、当たり前の話だな」

 「そこで、水無瀬梨絵の勤めていた『東方物産』が出てくる」

 「東方……彼女の勤務先がか?」

  困惑気味に呟いた。

  そこで秘書をやっているとか言っていた梨絵。

 「彼女と、火器管制装置なんてものが、どう繋がるんだ?」

 「あの会社が取り扱ってる物を知ってるか?」

 「確か、主な輸出品目は電子機器……」

 その輸出先、つまり取り引きの相手は、確か中東に東南アジアとなっていた。

 「おい、そいつは簡単に輸出できるものなのか?」

 「当然、武器輸出規制のリストに入っている。簡単にはいかんよ」

 「だったら、商売には――」

 ならないんじゃないか、と言いかけて、そこで思い当たった。

 「まさか、密輸か?」

 「表向きは家庭電化製品になっているし、航空会社もダミーを立てている。 あくまで書類上だがな」

 「そんなんで、ばれないのか」

 「 『東方物産』のメインバンクは金融業界大手の銀行で、ついでに付け加えると国営の銀行だ」

 「なんだと?」

 俺もその名前は、聞いた事がある。

 100パーセント国が出資している銀行だった。

 そこが『東邦物産』のバックに付いている。

 つまり。

 「国公認の、密輸事業か」

 お粗末な輸出仕様の軍用機の電子機器。それを『東方物産』の密輸品でアップグレード。

 「最低でも1機あたり億単位の金額だ。リスクもあるが、それを相殺出来る以上のものが入って来る」

 「いい商売って訳か」

 「そうだ。で当然だが、その商売のカラクリに勘付いた奴らが出てきた」

 「それで、水無瀬か」

 「水無瀬梨絵は、その『商品』の取引の実情を知っている数少ない人間だ」

 「……その彼女に目を付けたのが、あんた達って訳だな」

 ホテルの駐車場での、梨絵とビンセントのお互いを知っていた様なやり取りも合点がいった。

 既に接触していた梨絵から取引に関する情報を手に入れ、妨害や買収などの自分たちが有利になる様な工作を行う。

 汚いが、商売というのはこんなものだ。

 「だが、それも輸送機が墜落するまでだ」

 今まで、ハンドルを握りながら、淡々と喋っていたビンセントの表情が変った。

 「この事故で、今までの『商売』が表ざたになるのが時間の問題になった」

 「だろうな」

 「そして一時間前、『東方物産』側から今回のこの件を、無かったことにしたいと話が来た」

 「無かったことに、か」

 電子機器とは言え、軍用機、兵器に積まれる物だ。

 「スキャンダルのネタには、素晴らし過ぎるな。マスコミが大喜びだ」

 皮肉っぽい俺の口調を気に留めずに、運転席のビンセントが続けた。

 「そうするには幾つか条件もあったが、こちらもそれを了承した。30分前

の事だ」

 「条件?」

 「今までに入手した情報の破棄と」

 言葉を切った。

 「情報源を引き渡すことだ」

 「何?」

 情報源。

 それは。

 「水無瀬か」

 「彼女が危ないと言った意味が判ったか?」

 「ああ、良く判った。このままでは水無瀬がただでは済まないって事も、  ついでに依頼の内容もな」

 呻く様に応えた俺の目の前で、信号が赤に変った。

 ブレーキを踏んだビンセントが、ギアを抜いて言った。

 「これ以上こいつに関わりたくないのなら、事務所の彼女と一緒に旅行にでも行ってくればいい。帰って来たら全て終わってる」

「俺も居なかった事になる。か」

「Uターンするなら今だぞ。吉村」

 停止線で止まったGTRの運転席から、どうするか決めろ。とビンセント

「ああ……そうだな」

 確かにそうするのが一番安全で、利口なやり方だ。

 誰だって自分が可愛い。

 それは俺も、あの連中も変らない。

 梨絵の事も、俺には関係無い。 

 こうなったのも、どの様な理由があったにしろ、連中の甘言に乗った彼女の

自業自得だと突き放してしまえば、面倒な目に遭わずに済む筈だ。

 だが。

 助手席で、黙り込んでいると信号の色が左側に移った。

 「……水無瀬は……水無瀬梨絵は」

 蒼い色を睨みながら、俺は呟いた。

 昔、付き合っていた女。

 恋人だったといってもいい。

 そして――

 「彼女は俺の依頼人だ。それは今も変らない」

 そう告げた俺を、ビンセントは一瞬の間だけ凝視してから、

 「……お前、馬鹿だって言われた事は無いか?」

 「しょっちゅうだよ」

  苦笑。

  いや、自嘲した俺に、

 「そいつは偶然だな」

 「……」

 「俺も時々そう言われるよ」

 怪訝顔の俺に唇を歪めて答えたビンセントが、アクセルを踏み込んだ。

 「俺も時々そう言われるよ」

 ターボチャージャーとインジェクターによって、エンジンに加圧された空気とガソリンを送り込まれたGTRが猛然と加速を開始した。

 「おい!?」

 助手席で両足に力を入れた俺は、排気音とトランスミッションの唸りに負けない様に声を上げた。

 「警察は、夜明けまでは目を瞑っている筈だ!」

 やはり、声を上げたビンセントがアクセルを緩めずに答えた。

 「何処に行こうってんだ!?」

 「ベイ・エリア。倉庫街だ。そこに連中のヤサが有る!」

 そこに居る彼女と、梨絵にもう一度会う。

 そうすれば、終わらせる事が出来る。

 何もかもだ。

 こんなものは、ただの思い込みかもしれない。

 が、俺はそれでも構わなかった。

 

   ○


 俺とビンセントは倉庫に体を低くして近づいて行った。

 倉庫の前に停められている、4ドアの乗用車の陰や車内に、隠れている者が居ないのを確かめてから、マフラーに手をかざしてみる。

 まだ熱が残っていた。

 倉庫正面の荷物搬入用の大扉の横。

 そこに人間のサイズに合わせたドアが取り付けられている。

 所々錆が浮いている、その鋼鉄製のドアの横に貼り付いた俺は、息をゆっくりと吐き出してドアの反対側に目をやった。

 そこで俺と同じ様に壁に貼り付いているビンセントが、P220を軽く振って合図を送って来た。

 誰とも無く頷いた俺は、息を整えると鋼鉄製の岩丈なドアを開けた。

 ゆっくりとだ。

 こんな所から中に入るのは気が進まないが、背の届く所には窓が無いし、それがある屋根からでは時間が掛かり過ぎる。

 機械油の匂いが混じっている埃っぽい空気が、俺の身体を包んでいく。

 コンクリートの床に足を踏み出した。

 すぐに目が慣れた。

 床から4メートル程の高さがあるコンテナが、規則的に並べられて、通路の様になっているのが見える。

 そこに身体を滑り込ませた俺は、奥に向かって歩き始めた。

 その瞬間。

夜の闇を切り裂いて、幾つもの銃火が煌いた。

 それは、暗さに慣れた俺の目を灼き、銃声と共に飛んできた弾丸が、コンテナに当たり兆弾の火花を散らした。

 咄嗟に低くした身体を床に投げ出した俺は、45オートを10メートル程先に見えている、銃火の一つに向けた。

 誰何や警告も無く撃ってきた相手。

 俺は、その残像に銃口を重ねると、引き金を絞った。

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