第5話 錯綜
同じ頃、アスガルド。
オーディンは鴉フギンとムニンを肩に乗せたまま言った。
「イズンは死んでいない」
声には揺らぎがなかった。
「ならば誰かが匿っている。匿える者は限られている」
鴉たちは鳴き、神々の名を順に告げていく。
その列に一人欠けている名があった。
「ロキだ」
フギンが低く鳴き、ムニンは羽を震わせた。
「ロキなら、神の匿匿も、変身も、記憶の操作もできる」
オーディンは片眼を閉じた。
「そしてロキは……イズンを殺せる唯一の存在だった」
その言葉は鋭い刃のように空を切った。
「……だが殺していない」
それが最も奇妙だった。
死んでいない。
行方不明。
痕跡なし。
そしてロキ。
「何を企んでいる……?」
しかし捜査範囲は狭まった。
神界はついに“次の場所”を見る。
「フレイヤの館だ」
◆
一方、霧深いヨトゥンヘイム。
氷壁に囲まれた広間で、ユミルは部下から報告を聞いていた。
「フレイヤ不在との報せです」
「本当か?」
「人間界で目撃されたと。人の男と旅をしているとの噂」
隣で座する巨人スリュムが立ち上がった。
「……人間風情と旅、だと?」
怒りではなく、“嫉妬”だった。
「あの女神は、我らを拒む一方で人間を愛したというのか」
拳を握る音が響いた。
「奪われたものは取り返す。それが巨人の法よ」
ユミルは同志に目で続きを促した。
「で、イズンは?」
「不明。神界ではロキを疑っている様子」
ユミルが歯噛みした。
「奴め……裏切ったな。スリュム!」
ユミルが声を上げると冷気が吹き荒れた。
「人の世界を見てきなさい。恵みは止まり、争いは始まり、愛は荒れつつある。」
スリュムは深々と頭をたれると、踵を返した。
凍える息に溶かすように言葉を吐く。
「……それでもフレイヤは私のものだ」
執着は一度火がつけば、世界一燃費が悪いものだと思った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます