第3話 月の聖女vsゲスの汚女

アサノニア帝国歴1026年春の月22日目。天気曇りのち晴れ。


今日はエルサム様から、昼から学園に行くので仮眠でもしていろと言われ、睡眠をとってからエルサム様を迎えに彼の自室へ向かった。


趣味の日記を書いていたので、少し寝不足だが、仕事に支障はない。


エルサム様の自室の前につく。ノックすると「入れ」と中から声がする。


僕は「失礼します」と言ってからドアを開け、朝の挨拶をし、お辞儀した。エルサム様は僕の一連の動作を見届けた後、話し始める。


「エディ、俺を連れて学園に転移しろ。」


「へ?」


エディ様がご通学される時は、護衛を連れて万全の警備の上、馬車に乗られる。


朝はもちろんアリシア様もご一緒だ。それをすっ飛ばしていきなり転移とは?


僕の目が点になっていると、またエルサム様はため息をついた。


「納得しないと動けないのはエディの利点だが、フリーズするのを良い加減なおせ」


「はい。すみません、、」


僕がエルサム様の一声で冷静さを取り戻すと、エルサム様の青い目が細まる。


「今朝、あの汚女ルシィの証言書を読んだ。今日がやつのいう“イベント”の日だ。」


あぁ、僕は昨夜、夜鍋してまとめた内容を思い出していた。


「確か、、迷子の子どもをルシィ嬢が助けていると、ちょうど登校中のエルサム様と会って、子どもを無事母親の元に届け、遅刻しそうだからとエルサム様の馬車に乗って、投稿するってやつですよね?」


口に出すと、なんとも素っ頓狂な筋書きだ。第一に、帝国の第一王子はホイホイ馬車から降りない。用があれば従者を寄越す。そもそもこの筋書きは破綻しているのだ。


でも、一つだけ疑問がある。


「でも、もうお昼ですよ?そのイベントって内容的に朝じゃないですか?」


そういうと、エルサム様は答える。


「俺もそう思い、従者に確認させたところ、まだいるみたいだ。子どもと一緒という報告はないがな。」


(え、、エルサム様が来るまで待ってるってこと?怖、、、。)


僕がルシィの狂気を感じて、引いた。だが、ひとつエルサム様の行動に納得できないところがある。エルサム様は、僕をチラリとみた。


「でも、馬車で向かい、あの女がいるところを素通りすれば良い、とでも言いたげな顔だな」


(、、、なんでわかるんですか、、、?)


僕が驚いた顔をしていると、エルサム様が話を進める。


「あのルシィに会った時に、鑑定した。彼女の特技は幸運と魅了だ。」


(え?いつのまに?)


エルサム様の特技を知っている者は、数少ない。彼の特技は鑑定。その目で見たもののありとあらゆる事柄を、理解することができる。


例えば、雲を見れば、どうして空にあるのか?を理解することができる。ただし、特技を有している者の学習量によって、情報の密度が変わるので、本人は、常に知識や知見を学ばないといけない。


僕がその特技を持っていたら、持て余すけど、エルサム様は使いこなしている。そんな彼の鑑定結果は、何よりも信頼できるとして、帝王様も相談に来るほどだ。


エルサム様は、さらに続けて情報を付け加える。


「幸運はそんなに高くないが、イベントの日限定で、自分の都合がいいようにことが転び、魔力が低いものかつ、顔見知り程度の好感度であれば、初対面でも意中の相手レベルに意識させることができる。」


「え!?それって、、こと恋愛においては、都合良すぎません?」


僕は思わず驚いて、主人を差し置いて発言してしまった。


(僕はしまった、、)


エルサム様を恐る恐る見たが、お咎めは無しのようだった。


「ハァ、、本人がまともであったなら、外交官向きの良い特技だったのだがな」


エルサム様は青い目を伏せ、長いまつ毛で隠してしまった。絶対ルシィのことを憂いているんじゃなくって、彼女の特技が欲しかったって顔だ。


(ん、?でもエルサム様が意味のない話を僕にするわけがない。)


僕はエルサム様に発言していいか確認し、了承を得たので発言する。


「もしかして、昨日の王室専用サロンへの侵入と関係がありますか?いつも出入り口は衛兵がいるのになんで入れたんだろうと、不思議に思っていましたが、特技がイベント日限定の幸運と魅了であれば納得します。」


エルサム様は僕の発言にフッと微笑む。


「よくわかったじゃないか、俺が賢いと思う動植物ランキングをハエから上に上げてやろう。」


え!?僕ハエ以下だと思われてたの?!衝撃を受けていた僕を尻目に、エルサム様は優雅に立ち上がる。


「馬車で向かうと、あのルシィの特技に従者たちが巻き込まれるやもしれん。学園の、、いや、愛しのアリシアの元へ迎え」


そう言いながら、美しく長い指先を僕に出す。僕はその手を取って空間転移をした。


...


僕の空間転移の特技で、学園に到着する。


相変わらず、空間転移完了のタイミングは、僕しかわからないはずなのに、エルサム様は繋いだ僕の手の先で華麗に着地する。


人の気配がしたので振り返ると、完璧なカーテシーをしながら、アリシア様がいらっしゃった。


(相変わらずお美しい、、。)


「エルサム様。エディ、ご機嫌麗しゅう。」


美しい鈴のような可憐な声に、聞き惚れていると、エルサム様が僕の前に現れる。


「あぁ、アリシア。今来た。変わりはないか?」


「はい。学園内は、特に変わったことはございません。」


流れるような会話と、エルサム様の迷いないエスコートで2人して椅子に座る。ここは、どうやら王室専用サロンのようだ。


アリシア様のお付きのメイドが、流れる動作で香り高い紅茶を出す。アリシア様はメイド一人一人にお礼を言う。エルサム様は、もう紅茶を楽しんでいる。


「相変わらず、アリシアが用意する紅茶は格別だな。」


「ありがとうございます。エルサム様。」


2人のやりとりは、とても優雅で美しい。


(眼福だ〜)


僕は2人の絵画のようなやり取りに見惚れていた。エルサム様が、アリシア様が紅茶を飲み終わり、落ち着いたタイミングで、彼女の方をみる。


「アリシア、あの女には近づくな、君に害しかないからね。」


「はい。かしこまりました。」


エルサム様の命令に、アリシア様は迷いなく了承する。それを聞くと、エルサム様はアリシア様の後ろに控えている女性に声をかける。


「ということだ。プリシラ。あのルシィをアリシアに近づけさせるな。」


「かしこまりました。」


プリシラ、そう呼ばれた巨体の女性は、胸に手を当て深々と軍人流のお辞儀した。


彼女は、隣国ヨルヴァスから来た移民だ。赤い肌に額には2本のツノが生えているのが特徴だ。


ちなみに、ヨルヴァスの国民はアサノニアとの血の混じりにより、見た目ではどっちの国民かわからないぐらい、一緒だ。


彼女の場合は、先祖帰りに近い現象で、ヨルヴァスでも稀に見るケースなんだそうだ。


そのため、いつも、アサノニアの国民を驚かせないように、ツノはベレー帽で隠している。実に思慮深い女性だ。


筋肉隆々の彼女は、この帝国の30人いる帝国軍師団長クラスと同等の力を持っている。


(確か彼女の特技は、、)


「このプリシラ。事情はアリシア様よりお伺いしました。我が特技『対魔』にて、必ずやアリシア様をお守りしましょう。」


(そうだ!対魔だ。どんな魔法や特技も跳ね返す。彼女を止めるには同じく肉体で止めるしかない。)


これなら、ルシィの特技を跳ね返せるから安心だと全員が納得した。


そう思ったのも束の間、“転生者”というのは、結構厄介であることを知ることになる。


...


空間転移での登校後、午後の授業を受けに行き、その放課後。


エルサム様はアリシア様と王宮にて、室内での逢引きを楽しむため、アリシア様を迎えに彼女の教室へ向かっていた。


生徒に混じり廊下を歩いているが、王族と他生徒とは、制服のデザインから違うので、すごく目立つ。


他の貴族の生徒も、エルサム様が廊下の真ん中を歩くと、邪魔にならないように端によっている。エルサム様の美しい横顔が、窓の外を捉えている。


今は2階にいるので、窓の外から中庭が見える。一流の庭師が管理しているので、2階から見える中庭の景色は美しいと、生徒から評判だ。


ふと、中庭を見たらしいエルサム様は、その切れ長の瞳を大きくさせ、一気に窓の方へ向かう。


(あぁ、、窓側に寄っていた貴族令嬢が避けきれずに、窓とエルサム様に挟まれている。あまりの美貌に気絶してない???)


その令嬢には悪いが、無視して僕もエルサム様の側で窓の外を見る。


そこには驚きの光景があった。


窓の外には、アリシア様とルシィがいた。何やら話し込んでいる。、、と思ったその瞬間。


ルシィの手が天に上がり、そのままアリシア様目掛けて落ちていく、


(まずい殴られる。)


思わず、アリシア様の位置を意識した。


パァンッ


いい音がしたなって思った瞬間に、左頬に鈍い痛みが走る。


「イッタ、、!」


思わず僕は左頬を押さえる。


(間に合ってよかった。)


僕は将来、エルサム様の奥様になったアリシア様に、間接的に使えることが心の支えなのに、ここで、アリシア様に何かあったら大変だ。


僕はルシィを見た。ルシィは突然現れた僕に、驚きつつも怒ったのか顔が真っ赤だ。


「なんでエルサムの金魚のフンが、ここにいんだよ!?アリシアどこだよ!???」


(キンギョ、、、?異世界の生き物なのかな?)


とりあえず、悪い意味なのは理解する。


「“様”をおつけください。ルシィ男爵令嬢。今のは、アリシア様に当たってしまっていたら、即刻死刑でしたよ。」


僕はルシィに注意をする。この様子だと、昨夜脳みそ弄って、ルシィが異世界転生者だってことを知っているとは、気取られてなさそうだ。


ルシィは僕に詫びれもせず、僕に指を刺す。


「いい?!アリシアが私のことを“先に”叩こうとしたの!!これは正当防衛なの!!わかった!??」


(この距離でキンキン叫ばないでくれないかな?聞こえてるよ。)


言いたいことを言うと、令嬢にはあるまじき大股で、ドスドス歩いて行ってしまった。


(あれ、護衛だったはずのプリシラが近くにいない、、。どこいったんだ?)


あたりをキョロキョロしていると、プリシラが中庭に通じる渡り廊下の向こうから走ってきた。


「エディ殿!!アリシア様は!?」


「え、?多分2階にいると思うよ。それよりプリシラはどこにいたの?」


そういうと、プリシラはバツの悪そうな顔をした。


「やられたよ。ルシィの特技は、かなり強力らしい。男子生徒が20人束になって、私を止めてきたよ。」


なるほど、流石に、無抵抗の貴族の男子生徒を殴って、突破するわけにはいかないもんな。


殴ったら、主人のアリシア様の評判が、間接的に悪くなっちゃうし。そう納得してたら、プリシラが驚いた顔をした。


「エディ殿!左頬が赤くなっております!すぐ治療を!」


「あぁ、、これね。後で自分でやるから大丈夫だよ〜」


そう僕はへらりと笑う。すると、僕の背後から凛とした声が聞こえる。


「なりません。」


その声に弾かれるように振り向くと、そこにはアリシア様と、後ろにエルサム様がいらっしゃった。


「私の代わりに、、、痛かったでしょう、、、」


そういうアリシア様が、僕の赤く腫れた左頬に手を触れると、暖かい光と共にみるみる腫れが引いていく。


そう、これがアリシア様の特技『大天使の癒し』。どんな怪我も病も、アリシア様の手にかかれば立ち待ち治るのだ。


治療が終わるとアリシア様は、天使のような穏やかな微笑みを浮かべる。


「もう治りましたよ。守ってくれてありがとう、エディ」


(あぁ〜幸せ〜)


そう思っているのも束の間。


後ろでは、魔獣グマも泣いて逃げるほどの形相を、浮かべたエルサム様が、ルシィが立ち去った先を、氷のような眼差しで射殺するように睨みつけていた。


そして僕と目が合うと、アリシア様に気付かれないように僕に向かって、ニコリと笑う。


そして、ハンドサインで“殺す”と伝えてきた。


(もう、、独占欲が強いんだから、、、。さよなら、さっきまでの幸せな気持ち、、、)


【アサノニア帝国歴1026年冬の月25日目に追記】

この時、子猫と戯れる感覚だったんだろうエルサム様が、本気で狩りに行く姿勢に変わった出来事だったんだと、振り返ると思う。

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チート王子の暇つぶし 〜王子が有能すぎて、することのない執事の僕は、日記をつけることにした〜 まぎょう @magyou

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