ちょったまったぁ!
壊れてしまった彼女の温もりに心地良さを感じながらも、どうしようかと頭を巡らす。
このまま黙ってたら、たぶん本当に“見えてない”ままだ。でも、もう少しだけこのままでもいい気がした。
夏美が俺のことを“好き好き”なんて言うなんて、たぶんこの先一生ない。
…だから、透明のふりしてほんの一瞬だけ夢見てもバチ当たらないよな…。
そう思って、目を閉じた瞬間———唇に何かが触れた。
ゆっくりと目を開けると、そこには夏美の顔が目の前にあった。
「ちょ、ちょっとまったぁ!!……あ」
猫のように反射的に飛びのく彼女は、その勢いでベッドの端に頭をぶつけ、クッションが宙を舞う。
目があって一瞬だけ、静寂に包まれる。
「ち、違うのっ! 今のは……その、ちが……!」
「いや俺も寝てただけだから!? てか、なんでそんな至近距離いんの!?」
「わああああああ!!!」
両手で顔を覆って真っ赤になったまま、ぐるぐると部屋を歩き回る。
まるでどこかに逃げ場を探してるみたいに。
「……もうやだ……いっそ殺して……!」
「落ち着けって誰も見てないから!いや、むしろ見えないけど!」
「最悪っ!このまま、透明のまま消えたい!」
取り乱す彼女を落ち着かせようとする。
「もぅやだぁ……明日から学校行けないよ………だったら、いっそこの場でてつくんの記憶を…」
「いや、何怖いこと言ってんの!?本当になんもみてないからって!」
ゆっくりとこっちへ近づいてくる。
「てつくん……少しだけ痛いけど、我慢してね。すぐ終わるから」
手には透明マントが入っていた木箱。
「いや、ちょっと待って…話し合おう!本当に、危ないから!」
「大丈夫だよっ、何も危ないことはないから!早く一発だけ…ね!」
「本当に洒落にならないってっ」
部屋の中で追いかけっこが始まり、奇しくも昔の透明人間ごっこのようだった。
そして、追いかけっこは”ゴンッ”という音と共にすぐ終わりを告げた。
「…いったいよぉ……」
「だから、危ないって言ったじゃん…」
「だってぇ…」
足元を見ていなかった夏美が、机の角に小指をぶつけて悶絶する。
一階の冷蔵庫へと急いで向かい、氷を持ってきて応急処置を行う。
「ありがと…」
ショボンと泣きそうになってる彼女を見て、思わず笑ってしまった。
……笑わせることができた訳ではないが、いつもよりずっと人間らしい。
「……なんか、今でもいろんな顔できるんだな」
「え……?」
俯いたままチラッと俺の方を見た。
「毒舌で仏頂面で俺にキモいとか言うくせに……でも本当はこんなふうに慌てて、恥ずかしがって、泣きそうになって……」
少し間を置いて、笑いながら言った。
「そうやって俺の前だけ、等身大でいてくれよ」
その瞬間、彼女の肩がぴくっと動いた。
涙の跡がほんのり光って見える。
「……あんたって…てつくんって、ほんと……バカ」
「うん、バカだな」
「……でも、ありがと」
そう言って、ふわりと笑う。
それは、久しぶりに見る”あの笑顔” だった。
静かな空気が戻り、温度が少しだけ暖かくなった気がした。
「なあ、覚えてるか?」
「何を?」
「昔、透明人間ごっこしたときのこと」
「……覚えてるけど、それが何?」
彼女が小首を傾げる。
「ごっこの終わり、どうしてたっけ」
「……え?」
少しだけ距離を詰めながら、俺は小さく笑った。
「たしか……ほっぺにキス、だったよな」
そう言って、今度は俺の方からそっと頬に触れた。
一瞬の軽いキス。
離れた時、彼女は信じられないくらい真っ赤になっていた。
「……もう、バカ」
「うん、知ってる」
でもその”バカ”には、もう毒なんて含まれていなかった。
———
翌朝。
いつもの教室でいつもと同じ朝。
でも、夏美は珍しく先に来ていて、窓際で髪を結っていた。
俺と目が合うと、顔を真っ赤にして目をそらす。
「お、おはよ」
「おう」
それだけで何かが昨日とは違って見えた。
席に着くと、机の上に小さなメモが置かれていた。
『……あの箱、まだ持ってる?』
裏には小さくこう書かれていた。
『もう一回、“透明人間ごっこ”しよ』
思わず笑ってしまう。
透明にならなくても、もうあいつの気持ちはちゃんと“見える”から。
おまけ
「てつくんは確かに魅力的だけどさ」
「しってる」
「女子の方見ながらニヤニヤすんのは、本当に気持ち悪いからやめときなよ」
「そんな照れ隠ししなくてもいいのに」
「いや本当に」
「……ごめん」
毒舌幼馴染に透明マントを渡したらキスされた @pastry-puff
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