好き、好き、大好き!
学校が終わり放課後、俺は爆速で帰宅した。
玄関を開けて靴を蹴り飛ばし、父親の部屋に駆け込む。
趣を感じる木箱を見つけ、中身が空っぽであることを確認して自室の机の横に置いた。
正直なところ…笑わせたいとか言ってるけど、本当は昔みたいに“自分だけに笑ってほしい”だけなんだと思う。
あの頃は俺の前だけで笑ってたのに、いつからか周りには笑うのに俺には毒舌ばっか。
……なんか悔しい。
だから、今日こそは俺の番だ。
どんな手を使ってでも、もう一度あの笑顔を取り戻す。
「よし、これでいっか」
勉強を教えて貰えば、必ずここは目につく場所だ。
この箱に透明マントが入ってるという設定。まぁ、そんなのすぐ信じる訳ないけど———演技とノリとタイミングで押し切ってやる。
壁に掛かっている時計を見ると、予定時間を指していた。
ピンポーンと同時にチャイムが鳴る。
急いで玄関へ向かい、ドアを開けた。
「今日もよろしくな」
「お邪魔します。なんで汗かいてるの…?キモいんだけど」
「まぁまぁ、気にしないで…上がって」
「ニヤニヤすんな…」
小言を言われながら、階段を登っていつも通り自室へ向かう。
「はい、お茶」
「……ありがと。じゃあ今日のテストの復習から始めるから」
「了解っす。お願いします」
こうして恒例の勉強会が始まった。
———
チクタクと壁にかけた時計が鳴る。
「疲れた…」
「まだ復習しただけなのに…少し休憩したらまたやるよ」
「えぇ…」
時計を確認すると、気がつけばすでに2時間経っていた。
通りで頭が回らない訳だ。
「…それ何?そのちょっと古そうな箱」
「ん?」
彼女の指差す方向に目線を向ける。
「あっ…」
窓から差し込む夕陽が、ちょうど箱を照らしていた。
すっかりと忘れていた。
「それさ、この間じいちゃん家の掃除して見つけたんだよね。なんでも、透明マントが入ってるみたいな…」
予め考えておいた設定を述べる。だから、ここからはノリとタイミングで押し切る。
「は……何言ってんの?」
呆れ顔で、その仏頂面からでも分かるほどのドン引きだった。
「いや、俺もそう思ったんだけど。じいちゃん、ガチで忍者の子孫らしいし…」
「そんなのある訳ないでしょ」
少しムッとしたように、彼女はパカッと箱を開ける。
「ほら、何も入ってないじゃん」
そう言ってこちらを見つめる彼女を尻目に頭をフル回転させる。
「…いや、透明マントなんだから見えないんじゃない?」
糖分が足りていない、その結果あまりにも苦しい言い訳をしてしまった。
流石にきついかもしれない…。
彼女は顎に手を当て考える仕草をして、徐に口を開いた。
「まぁ、確かに…?」
疑問を持ちながらも、少しだけ勢いに押されていた。
いけちゃったことに驚きつつも、ノリで会話を続ける。
「ていうか、そんなに疑うなら付けてみればいいんじゃない?そうすれば分かるんだから」
「……そこまで言うなら」
彼女は何もない空気を掴むように両手を動かし、見えない何かを肩にかけた。
もちろんだが、何も起きるはずはない。
「あれ…夏美どこいった?おーい!」
「目の前にいるでしょ…」
本当に探しているような表情をして、部屋のドアを開ける。
「おーい!!…」
「だから、ここにいるって!」
「マジで…消えた」
机の下をを覗き込み、クッションで捲る。
何やってんだろと思うこのやりとりを数分間続けた。
「うそ…っ……本当に見えないの?声も聞こえていないっぽいし」
夏美はぽつりと呟く。
どこかショックを受けたかのような、真剣な顔をする。
きっと彼女も糖分が足りずに疲れていたのだろう、なぜか透明マントを信じきっていた。
彼女は嘘をつくとアホ毛が立つ、そのため嘘はついていないことは明らかだ。
とはいえ、こんなに上手くいくとは思わずニヤけそうになった。
もう少ししたら、昔よくやった透明人間ごっこでした、そうネタバラシしよう。
そうすれば、懐かしくて少しぐらい笑顔になるだろう。
彼女を視界の端に入れながらベットに座る。
「本当にどこ行ったんだろうな…」
さらに信じ込ませるため、ダメ押しの演技を続ける。
そうして、のんびりとしていると隣に座ってボソッと呟いた。
「これ、本当に透明になってたら触ってもバレないよね…」
ツンッと脇腹に人差し指がそっと当たった。
「…っ……気づいてない…!」
思わずビクッと動いてしまったが、それを誤魔化すかのようにベットに横になり目を閉じる。
その動きに合わせて夏美が隣に正座した気配を感じた。
薄目を開けているだけだから、はっきりと状況がわからない。ただ、少しだけ距離が近くなった気がした。
「はぁ〜良い匂い。ほんのり汗が混じってるのもたまらないよぉ」
自分の首元あたりで、くすぐったい息遣いが聞こえる。
完全に信じきってる。だから、そろそろネタバラシをしようとしたが。
「スンスン…てつくん、本当全身いい匂いだよ。好き、好き、大好き!」
次の瞬間、寝ている体がぎゅっと抱きしめられる。
彼女の柔らかさが全部ダイレクトに感じる。
「…ほんとに大好き。いつも素直になれなくてごめんね。でも、君も悪いんだよ……だって、魅力的すぎるから」
…どうしよう。
「好き好き好き好き……どうしよう、ずっと透明でいたい!けど、それじゃ話せなくなっちゃう〜」
ネタバラシ…できないよな?
あまり自分の事をよく思ってないと思ってた。けど、勉強を教えてくれるから悪く思ってないとも感じてた。
幼馴染って関係性があるから協力をしてくれる、義理堅いけど無愛想な幼馴染を少し笑わせようとしただけなのに…。
———壊れてしまった———
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