ログ::雨宮祥子について
それは少女の姿をしていた。切りそろえられた黒い髪、黒目がちの大きな目、無垢なる笑み。それは少女だった。白いワンピース、生白い手足、やはりそれは少女だった。
誰も、その雨宮祥子が誰か知らなかった。ある日突然世界に現れたような少女だった。日本列島の片田舎で保護された彼女は、やがて児童養護施設で育つことになる。
彼女は奇妙だった。見るからに純真無垢で、そして何も知らなかった。
彼女は外に出たことがなかったと言った。ツギハギちゃんとここまで来たとも。上司はイマジナリーフレンドの類いだろうと、そう肩を竦める。本当にそうだろうか、と僕は疑っていた。
雨宮祥子は奇妙だったから。
人間には見える。無垢で物を知らないただの子供。白い指で僕の服の裾を掴む。ただの子供。
でも、彼女はある日言ったのだ。確かに言った。
「せんせ、雨宮は世界が終わってもいいって言ったよ」
「雨宮?祥子さんがってことかい?」
「雨宮は雨宮だもの。私は雨宮祥子で雨宮ではないもの」
「そう、そうかな?」
「雨宮は世界が終わってもいいって言ったよ。雨宮は世界がおわってほしいのかな?」
「さあ……どうかな、せんせいには、ちょっとわからないな」
何故、あの時、そういう意味ではないと言わなかったのだろうか?
何故、あの時、雨宮とは誰か尋ねることをしなかったのだろうか?
街の中心に怪獣が立つ。
怪獣。なんて間抜けな響きだろうか。特撮映画でもあるまいに。今や時代はCGであるというのに。僕の思春期はとうに過ぎ、退屈な授業の途中で欲したあの非日常は今の僕には必要がないはずだった。
されども現実に怪獣が立つ。
陽光にテラつく黒い鱗、鰐似た口、背中にそって不規則に棘が立つ。出来の悪い、何処かで見た、まるでオリジナリティのない怪獣が立つ。電線を踏み潰し、電柱をなぎ倒し、奇妙に道路を走る車を避けて、日常に非現実が立ち上がって、僕はただ呆然としている。こんなことは望んでいなかったから。呆然としている。
ふと、僕の手を握ったままの雨宮祥子はニコリと笑った。
「おめでとう雨宮!!本懐は遂げられた!!雨宮祥子はやり遂げました!!」
ほら、と思った。
ほら、やっぱり。
それは少女の姿をしていた。あまりに愛らしく純真無垢だった。
それは少女の姿をしていた。そう、姿をしているだけだった。
きっとそういうことだと、僕は雨宮祥子の小さな手のひらを握りしめながらそう確信した。
ゴミ箱の底には宇宙が広がっているとして こま @kanakoya
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