ログ::平川智和の記録



自分が役割を与えられたのは三つの頃だった。


三つの誕生日、何人もの大人に囲まれて、プレゼントの代わりにおよそ理解できない自分の作られた理由を教わった。曰く、俺は人であって人ではあらず、これからも人としての扱いをされない代わりに、人としてとても名誉な立場に立つことが出来る、という話だった。


「お前はこれから、一人の希望専用の剣と盾になる。お前の生きる意味はそれだけだ」


それは抗いようもないものだった。俺は三つの祝いにそれを受け取り、そしてその日、人でありながら人ではなくなった。

とはいっても、人らしいことを習慣にした。毎日日記をつけるように言われたからだ。字を覚えるまでは絵で、字を覚えたら字で、感じたことではなく覚えたことを書き連ねよ、書いたら忘れるなと言われた。言われた通り、一日も欠かすことなく日記をつけた。日記は恐ろしい数になった。だがそこに、過去の俺の感情は一つもない。書くなと言われた。それはお前が生きる上で不必要なものだと。確かにそうだった。そのうち、それ自体に疑問を持たなくなり、いつしか、思い出というものを持たなくなった。必要なかったからだ。犬として生きていくには、それが似合いだった。


だが七つの頃、唐突に役割を取り上げられた。


不測の事態が起こり、否、ある意味必然的に、希望の隣を取り上げられた。それと同時に、周囲を取り囲んでいた大人が消えた。最後に、もう何もしなくていい、好きなように生きるといいと言われた。


そうして15になるまで、ただ日記を書いて過ごした。


15のある日、自分をどうにか生かしていた母が死んだ。随分前からそこかしこが悪く、それでなくとも不幸な半生を送った女だった。母は、死ぬ間際に幸せになってねとほほ笑んだ。それにただ漫然と頷いた。それから、もう無理だと気付く。幸せとはただ一つ、六つの時に取り上げられて以来この手に戻ってこない。それ以前に、自分は当たり障りなく日々を過ごす事と日記を書く事しかできず、15の時を共に過ごした女の思い出さえ、まともに持ってはいなかった。七つまでの四年間で、自分はどうやら、人として必要なものを捨ててしまった様だった。その夜、さて、これからどうしようか、と日記に書いた。


その数日後、母の葬式で、希望のスペアに会った。


希望のスペアは世間にも数多く分布していて、今は根も葉もない噂に踊らされている。それを知っていた俺は、それを可哀想な物を見る目で見た。それはしたり顔で握手を求め、喪服の網の向こうから笑みを浮かべていった。


「新しい役割が欲しくはない?」


それは知るはずのない事実を知っていたようだった。それから、どういうわけか、自分がどうしていいか決めかねていることも解っていた。


「貴方、知ってるんでしょ。貴方たちが希望とか呼んでる、ホンモノの覚醒のさせ方」

「ちょっとおかしなことになってるのよ。どうせ行くあてもないんでしょ?あたしが面倒みてあげる。これからの生き方も全部決めてあげるし、保証もしてあげる。死ぬまで衣食住には困らせない。おうちの方にも了承は得てるわ」

「悪い話じゃないでしょ。希望の役に立てるわよ。……犬になったあの子よりも、ね」


悪い話には思えなかった。

すくなくともその時は、日記を書く事よりも有意義なことに感じた。何より、希望の役に立つことが出来るなら、それ以上のものなどどこにもないと、その時はそう思っていた。

俺は役割を取り上げられて尚、希望への忠誠を忘れられずにいた。



どうしてこうなったのだろう。


少したった頃、歪んだ字が日記を埋めた。


「希望は俺を覚えていない」

「あら、そうなの?残念ね」

「盾は仕事をしていない」

「仕方ないわね。たぶん知らないのよ」

「放っておくのか」

「アナタが盾の代わりをやればいいわ」

「あいつが死ぬまで待つのか」

「違うわよ。あなたが世界の外側に出るの」

「……なんだって?」

「別にいいでしょ?貴方、もうずっと昔に捨てられたんだから」


スペアはあきれたように笑った。

それはなぜか、がらんどうの自分の中にすとんと落ちてきて、何の抵抗もなく、そうか、と思った。





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