喫煙所にて



「鈴欠さん、第三の兼継さん、死んだらしいっすよ」

「ああそう。え?誰?第三の何課?」

「えぇ?知らないんですか?ことみさんが同期だって言ってましたけど」

「秋穂、俺はね、有象無象なんか覚えてないの。有象無象は俺を覚えてて然るべきだけども、その逆はねーよ、俺だぞ?」


だろうな、と思う。実際、覚えていないのか、やむを得ず忘れてしまったのかは定かでないとして、鈴欠という男はそういう男だった。麗しの銀糸の髪、左右対称に整った容姿と肉体、神の至高の一作と名高い人型生物の造形第一位の美しさを誇るこの男は、喫煙所の隅にしゃがみ込んでいずれ夜になる空の色をした瞳を一心に端末へ注いで、何をしているかと思えば拝むように両手で端末を高く掲げている。


「なにしてんすか……」

「ソシャゲ」

「またぁ?」

「人はね、そう簡単に学ばねぇのよ。ガチャ引きてぇだけでやってるとこある俺」

「その時一番良いの引いたら飽きてやめるんでしょ?」

「そらそうよ。俺の飽き性舐めんな?」

「めっちゃ不毛っすね」

「俺の人生不毛で出来てるから」

「またまた。言いますねぇ」

「いやマジで。俺の人生は欲望に支配されてるからマジで不毛なの」

「自制心って496年じゃ培われないもんなんすか?」

「496年で自制心芽生えてないってことは逆説的に俺に自制心なんざそもそもねぇよと──そういうことになるよな?」

「こわ。なんで公務員やってんですか?」

「給料良くて死ぬほどモテるからだよ。他にあるわけねぇだろ」


壁に背をつけて、彫刻のような人差し指と親指で煙草を挟んで、鈴欠は僅かに笑ってみせた。それだけで、目眩がするほど美しく見える。たとえこの人が、今朝泥酔に近しい状態で背丈の低い街路樹を小脇に抱えて出勤してきて、俺ぇ、これ飼うわぁと宣っていたとしても。


「んぁ、そうだ秋穂、あれ、あれ……えっとこのまえのさ……あれあるじゃん?」

「いやあの、アレで会話成立させようとすんのやめてくださいよ……」

「いやあの、脳内に絵は出てんだよ。あれ、あれってなんていうの?こっわ、何も出てこねぇ……あれだよ、あれ」

「あれしか情報増えてねぇっすよ」

「それな!!」

「鈴欠さん絶妙に古いっす……」

「エモい!」

「今全然エモくねぇっす」

「…………尊い!ばか言え、俺が一番尊いんだよ!」

「アーハイハイ……それであれってなんすか?」

「え、何が?」

「怖いのこっちなんすよね!?認知症来てます!?」

「おもうじゃん?」

「おもいますよ!?最近多くねぇっすか!?」

「思うじゃん?その最近、実は最近じゃねぇから。俺、五十年前くらいからこんな感じ」

「うっそだぁ!五十年前はもうちょっとちゃんと…………え、そうかも、鈴欠さんこんな感じだったかも……」

「な?俺、お前に言われて俺の年が496歳だってことに気がついたわ。492年から時が止まってんだよ」

「いつもそれ言ってますよ……この前まで465歳で止まってるって────この前じゃないわ!!こわ!!」

「秋穂。こっち側へようこそ……」

「俺ゆーてまだ300いってないっすよ!?」

「あー大丈夫誤差誤差」

「自分は500歳ですねって言われると不貞腐れるくせに!?」

「だって!!五百歳結婚経験なしの未婚男性の事故物件感ヤバくね!?マジでこのまま未婚あるぞ!?怖いじゃん!!悠久の時間を独身で過ごすんですか俺は!?」

「そこらでひっかけちゃあ餌どころか水もやらないからじゃないっすかね?」

「それな?でも考えてみてよ秋穂くんよ。俺が誰かに尽くされるのは、まあわかる。逆は……ちょっとよくわかんねぇのよ。俺は生きてるだけで偉いはずなんだよ?」

「あっはいそっすね」

「最近俺の扱い雑じゃない?おじさんさみし───お兄さん!!お兄さん!!お兄さんだから!!!!」

「うるさっ……」

「若さ失いたくねぇ!マジで!!あーやば、現地の癖が来てる……」

「どれっすか?」

「鈴蘭さんだよ……鈴蘭さんキツイんだよ……俺ぁあのテンション向いてねぇよ……」

「スコア引いたの自分っすよね?」

「正し数百年前のな!?数百年前の俺はストイックだったわけ!」

「今の鈴欠さんは?」

「俺ぁ身の程を知ったのよ」

「神の次に尊いんじゃ?」

「あーあれね、最近惰性で言ってっから。惰性。神の次に尊いのはこの俺だ!…………へへっ、自分で言ってて笑える時あるもんな」

「おじさん……」

「お兄さんな!?そこは譲らねぇぞ!?どうみてもお兄さんだろうがよ!!」

「あーうん……鈴欠さんあれなんすよ……確かにめっちゃイケメンに見えるし、めっちゃカッコイイ兄さんなんすけど」

「けど、なんだよ?」

「最近立つときどっこいしょとか言うから」

「……だからそれ最近じゃねぇから!!もう百年くらいそんな感じなの!」

「マジっすか!?」

「秋穂……ようこそ、こちら側へ」

「いっ、一緒にしてほしくねぇ……」


呟きながら、そもそも同じにはなれない、と思う。なれやしない。この人のようには。自身は美しくないからでも、496年をのらりくらりと生きていないからでもない。この人のようにはなれない。かつて完璧を成し、完璧を維持して見せたこの人のようには決してなれない。あの頃が懐かしいような、あの頃のままで無くて良かったような──そこまで考えたとき、ふと視線が頬を焼いた。いつの間にか、鈴欠がひざに頬杖をついてこちらを見ている。

ブルーアワーの瞳がゆったりと細くなると、その瞳はいつになく夜の色になった。


「完璧は維持されないならば完璧足り得ないんだと俺は知っただけだよ」

「…………え?」

「はじまったものは須く終わり、ということは俺には完璧を永続することなど叶わないのだと知った。あーあ、嫌になるねままならなくて」

「…………」

「何も知らないままが一番幸福だよ。何も知らなければ良かったのにな。あーあ。………………やべぇちょっと俺今鬱きてるかも。うわ怖、最近更年期かもって思ってんだよね?どう思う?」

「鈴欠さんのときどき謎テンション反復横跳びする感じ、まだ慣れねぇなって思ってます」

「あーわかる。俺も」

「自分っすよね?」

「そだよ?今の俺は496年試行錯誤した結果、最高にバランスの良いみんなに愛される鈴欠さんだからな」

「鈴欠さんはずっと愛されてると思いますけどね」


言ってみると、よっこいしょと呟きながら立ち上がった鈴欠はふと、うっすらと笑ってみせた。


「ま、ぜーんぶ、計算だからね」








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