貧乏女領主の私は愛するメイドのため繁栄に臨みます
砂山 海
第1話~ある一通の書簡~
三頭の馬の蹄がゆっくりと土を蹴る音が響く。のどかな農地に響き渡るその音に気付いた農民達はちらとこちら側を見ると、軽く頭を下げた。けれどそれだけ。手を止める事無く、またすぐに育てている農作物へと目を移す。
吹き抜けた風が馬のたてがみと共に私のローブを揺らし、そうして大地をそよがせた。
「この辺は問題無さそうね」
「そうですね。領民も落ち着いて農作業をしているのが何よりの証拠でしょう」
私の言葉を肯定するように、護衛のグレッグが静かにうなずいた。精悍な顔立ちの兵士長は厳しい眼差しで周囲の警戒を怠らない。そんな様子に私はいつも安心させられる。
「それよりシェリア様、そろそろお屋敷に戻られた方がよろしいかと」
もう一人の護衛であるマスカルがにこりと歯を見せて笑いながらそう言ってきた。赤髪の彼はこのルクレスト領内において武力だけなら誰よりも強く、それを証明するように腕は筋肉で盛り上がっており、足は丸太の様。そのため心なしか馬も重そうにしている。
「もう少し見て回りたかったけど、仕方ない」
私は小さな溜息をつくと馬に合図をし、速足で屋敷へと進む。続いて護衛の二人も同じようにする。軽やかなリズムが振動となり、音となって進む。
空は快晴、鳥の鳴き声がのどかに響き渡る。これ以上の平和は無いかのように、農道を三頭の馬の蹄の音が軽やかに響かせていた。
「おかえりなさいませ」
屋敷の前に来ると、庭を掃除していた私専属のメイドであるルミナが笑顔で出迎えた。玄関先の花壇の世話をしていたらしく、ジョウロに手を添えながら水やりをしている最中みたいだった。
「ただいま、ルミナ」
私は年下のメイドに微笑みかけながら馬を降りた。ルミナは肩までの黒い髪をそよ風になびかせながらジョウロを置くと私に近付き、馬を厩舎へと運ぼうとする。
「あぁ、いい。馬は私が持っていく。ルミナはルミナの仕事をしていてくれないか」
「わかりました」
私はルミナを手で制し、馬を厩舎へと引っ張っていく。後ろにはグレッグとマスカルも同じように部下にさせず、自分で厩舎へと運んでいた。
ここルクレスト領は若干二十歳の私が領主となって治めている。
昨年、不幸にも父親である先代領主のカルザック=ルクレストが胸が苦しいと言って突然亡くなってしまった。父は私以外に子宝に恵まれず、母も私が幼い時に亡くなっていたので自動的に私が領主となってしまった。
帝王学とまではいかないが、私は幼い頃から父と家庭教師であるサイルード先生に色んな知識を叩きこまれた。軍事、外交、内政、治水、経済から一般常識まで。それは時に苛烈を極めたが、その甲斐あって今では何かあっても考えられる知識があるし、部下達も私を疑わずに信じてくれている。
それでも女領主と言うものは奇異なものである事には違いなく、去年就任発表を屋敷前の広場で行ったところ、拍手はあったものの訝しそうな顔を幾つも見た。
それに対して悔しいとか悲しいとか、そういう感情は一切無かった。
ただ、そうだろうなというどこか同情のような気持ちの方が強かった。私だってきっと領民の立場だったら、後継ぎが私しかいないとしても素直に喜べないだろう。むしろ女に何ができると思うかもしれない。
だから私は去年から頻繁に視察を行い、領民の声を少しでも拾おうと努めている。
厩舎から戻るとまだルミナが花壇に水やりをしていた。
まだ幼さ残る十八の彼女は先代領主である私の父親が五年前、街の雑貨屋で家業の手伝いをしていたルミナを見、その働きぶりに感心して私のお世話係として直接声をかけたのだった。
その雑貨屋は経営が厳しかったというのは私が後から聞いた話だった。だからか、雑貨屋の店主は頭を下げて感謝したらしい。当のルミナもそれがわかっていたからか、特に抗議の声を上げず大人しくそうなる事を選んだ。
それがルミナとの出会いだった。
屋敷に来たルミナは当然ながら緊張していたが、十三とは思えぬ働きぶりだった。執事のバーホンの指導もあり、すぐにやるべき事を覚えていった。そして私も歳は下だけど、この屋敷において近しい歳の女の子と話すのが楽しく、つい仕事の手を止めさせてお喋りをしていたものだ。
「どうされました?」
じっと自分に向けられる視線に気付いたルミナが不思議そうに私を見てくると、私は思わず小さく笑う。
「いや、何だか初めてルミナと会った時の事を思い出して」
ジョウロの水が無くなったのか、ルミナは花壇からそれを離すと私の方へ向き直る。
「そうなんですね。私は今思い出してもあの時の緊張がよみがえります」
「そうだろうね。急にここで働けと言われたら、私がルミナの立場だとしてもそうなるだろうさ」
春風が花壇の花々を揺らし、私達の間を通っていく。ふわりと良い香りが鼻をくすぐる。
「御視察でお疲れでしょう。戻られたらお茶を淹れますね」
「あぁ、お願い。書斎で待っている」
私が片手をあげると、ルミナはうやうやしくお辞儀をした。
赤色の扉を開けて屋敷に入ると、それなりに広いホールが出迎える。けれど他の領主の屋敷とは違い、調度品はあまり無い。よく言えば武骨な、有り体に言えば貧乏で飾り気がない。
それもそのはず、ここルクレスト領はエルール王国の北西に位置しており、山と鬱蒼とした森に囲まれているから交易ルートもほとんどない。唯一とも言えるのが東のマドラック領に繋がる街道のみ。
天然の要害と言えば聞こえはいいけど、私からすれば辺鄙な土地を押し付けられたとしか思えない。曽祖父が建国戦争でそれなりに活躍したらしいが、元の爵位が低かったためこのような土地の領主を治める事になってしまった。
祖父や父の代の頑張りもあって何とか農業や林業、また鉱山の開発なども入ったけれど財政的にはかなり厳しい。領民もほとんど移動がないためか、代々家業を継ぐばかりで動きが無いに等しい。
平和で安穏としていると言えばそれまでだが、領主としては先行きに不安を感じずにはいられない。それがこのルクレスト領の現状だ。
「シェリア様、お帰りなさいませ」
声の方へ振り返れば執事のバーホンが立っていた。齢七十を過ぎた彼は祖父の代から執事としてこの屋敷を任されている。父が送った小綺麗な黒い服を身にまとい、口元の白いひげがトレードマークだ。
「出迎えありがとう。領内はまぁ、変わらずだったよ」
ローブを脱がせてもらいながら微笑みかけると、バーホンもにこりと笑い返してくれた。
「左様でございますか」
「こう平和なのは良い事だけど、いつまでもそれが続くとは限らないから何とかしたいのだけど」
「お父上も常にそうおっしゃっておりました」
「だろうね」
私は荷物を預けると身軽になり、そのまま脇にある階段から二階へと昇っていく。そうして折り返し、中央にある執務室から見て左手にある書斎へと入った。
書斎は代々の領主が使い続けているため、蔵書には事欠かない。私は机に向かうと、今日の視察で気付いた事をメモしていく。今回は農地の視察だったため誰がどのくらいの耕作を担っているのか、どのような作物を育てているのか、また話した事で気になった内容などを書き記す。
するとドアがノックされた。
「どうぞ」
「失礼します」
ドアが開かれると、ティーセットを片手に抱えたルミナが小さく礼をしてから入ってきた。そうして上手にドアを閉めると、オーク材で作られたテーブルの上にそれを置いた。
「お疲れでしょう。お茶でもいかがでしょうか」
にこりと笑いかけるルミナに、私はうんと大きく伸びをした。
「ほんとに疲れたよ、気張って視察するのはさ。平和なのはいいんだけど、だからこそ今のうちに街を発展させていかないとならないのに何もできないからもどかしいよ」
「ふふっ、でも私の耳にもシェリア様の良い噂は聞こえておりますから」
そう言いながらお茶を淹れるルミナに私は不満気な視線を向けた。
「シェリア様はやめて、ここでは。私とあなたの仲でしょ」
「そうね、ごめんなさいシェリア」
ルミナが二脚のティーカップにお茶を淹れ終えると、私は笑顔でそれを手元に運んだ。
「去年領主になって以来、ずっと気を張りっぱなしなの。ここは誰も来ないようにしてあるから、ここだけはあの頃と同じでいたいの」
うんざりした顔でそう吐き出すと、ルミナが小さく笑った。いつ見ても、愛らしい笑顔だ。
「わかってる、ちょっと意地悪しただけ。でも本当にシェリアはよく頑張っているよ。急に領主になったのに、政治的な空白を空けずに進めているんだから。私も買い出しに行ったついでにお父さんから町の評判を聞いているんだ」
「実際どうなの?」
お茶を口に運ぶと、爽やかな香りが鼻を抜ける。心落ち着く味。
「最初は女だからってみんな心配していたけど、今はそんな声も無いって。本当だよ」
「じゃあ、まずまずかな」
私はもう一口飲むと、椅子に深くもたれる。そうして静かにお茶を口に運ぶルミナを見詰めていた。
「……ルミナがいてくれて本当に良かった」
「どうしたの、急に?」
不思議そうな眼差しを向けるルミナに私は苦笑する。
「なんか今日はやたらと昔の事を思い出しちゃってね。この領内で歳の近い子はいても、なかなか私と打ち解けてはくれない子が多かったからさ」
「まぁ、仕方ないよ。私だって領主様の娘に無礼な発言をしてはいけないって散々言われていたからさ。他のみんなもそう教育されてきているだろうから」
「領主と言っても、貴族と言ってもこんな貧乏な領地で何を言ってるんだって思うけどね。中央にも発言権はほとんど無いし、形だけなのにさ」
「その形を保っているんだよ、みんな頑張って」
ルミナの発言は時折芯を食う。確かにこんな田舎で形だけの貴族であっても、そういう扱いをされているからこそ貴族足り得るのかもしれない。
「まぁ、だからこそルミナがここに来た時に緊張しているのもかまわず強引に友達になろうってせがんだんだけどさ」
「あはは、結構強引だったよね。でも、おかげで緊張がすぐにほぐれたけど」
同年代の子と対等な話がしたいと言う欲求に飢えていた私にルミナは丁度良かった。当時十五の私と十三のルミナは友達であり、姉妹のようなものだった。父がどこまで私の孤独を知っていたのかわからない。けれど私は本当に嬉しかった。
ルミナは当然ルミナの仕事があった。けれど私は無理を言い、私と同じように勉強をもしてもらった。一般常識やマナー、果ては財務や外交、内政など政治にかかわる事まで。
当時文字はかろうじて書け、簡単な計算しかできなかったルミナはかなり苦労しただろう。でも私は一緒に同じ勉強をできる喜びの方が強く、そこまで気が回らなかった。私がその気遣いを手に入れた頃、ルミナは私と同じくらいの知識を身につけていた。
「まぁでも、苦労させたよね。勝手に親元から引き剥がしてさ」
私がティーカップに伸ばしかけた指を止め、口元を歪ませながらうなだれる。それは今更ながらに思う恥と失礼。
「私はありがたかったけど」
けれどルミナの明るい声に私は顔を上げた。
「あの頃、本当にどうしようもないくらい家計が逼迫していて食事だって満足にできていなかったの。だからここで住み込みで働かせてもらって、お給金いただけたから何とか雑貨屋も潰さずに済んだ。両親や弟も死なずに済んだ。それに」
ルミナが少し顔を赤くしながら微笑む。それはいつだって愛おしい笑顔。
「シェリアともこうして仲良くなれたし」
「ルミナ……」
微笑みながら見詰め合い、互いの瞳に自分が映るのを確認する距離まで近付く。
すると不意にドアがノックされた。
「誰?」
私は視線をドアに向ける。ルミナは自然と居住まいを正していた。
「バーホンでございます」
私は鼻から不満気に溜息を吐き出すと、立ち上がってドアを開いた。
「申し訳ございません。ですがマドラック家から書簡が来たものですから」
「書簡?」
執事が差し出した書簡には封印のロウの部分にマドラック家の家紋が捺されていた。私はそれとナイフを受け取ると、開封する。そして中に入っている便箋を取り出した。
『親愛で聡明なるルクレスト新領主、シェリア=ルクレスト殿へ
先代のお父上とは仲良くしていただけに、今も思い返せば辛く悲しく胸を刻む。
けれど貴女のような聡明な跡取りがいたのなら、きっと憂いなく任せられただろう。
さて思い出話を語れば際限が無いので、本題に入らせていただきたい。
当マドラック家も恥ずかしながら財政状況が芳しくなく、現状維持で精一杯となっている。無論、ルクレスト家も度々相談を受けていたから同じであろう。
そこで両家手を取り合い、共に発展していきたいと考えている。
我が息子も二十五と結婚するには頃合い。シェリア殿も妙齢であるからこそ、縁談として申し分ないかと考え、今回連絡差し上げた次第。
なので今回、顔合わせも兼ね我が方で懇親会を開きたく思っている所存。
快いお返事待っております。
ジャイカ=マドラック』
読みながら眉間にしわを寄せていた私は最後にその便箋の端を握り潰した。
「どうされましたか?」
心配そうに視線を向けるバーホンとルミナに私は向き直った。
「マドラック家から婚姻の誘いだ」
驚く二人に私は忌々し気に便箋に目を落とす。
「うちとマドラック家が手を取り合い発展するため、縁談を勧めたいとの事だ。無論こんなものは建前で、本心はこのルクレスト領を取り込みたいのだろう。私が女だから」
領主たる私と結婚なんて、つまりはそういう事。体の良い吸収合併を目論んでいるのに違いない。そうでなくともマドラック家には父の付き添いで行った時も、あまり良い思い出が無い。
「確かにこのタイミングでこの手紙はそう受け取れますな」
「マドラック家と結婚なんてしようものなら、女の私に裁量権など渡すはずないだろう。だからこれを飲めば我が家は潰される。いや、家ならともかく領民だってどうなるかわからない。だからこんなもの、飲めるはずがない」
「けれど無下に断ると角が立ちます。強引につけ入る言い分をも与えかねないでしょう。シェリア様、ここはみなさんを集めてお知恵を借りた方がよろしいかと」
「そうだな」
ルミナの言葉に感情的になりそうだった心を抑え、私はすぐに二人に信頼できる部下達を執務室に集めるよう指示した。
貧乏女領主の私は愛するメイドのため繁栄に臨みます 砂山 海 @umi_sunayama
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