第2章第3節 廃棄物処理場の怪物たち

 ロムレス王立学園の敷地内でも、特に人気のない北の端。

 そこに、蔦に覆われた古びた石造りの校舎があった。通称『廃棄物処理場(ダストボックス)』。

 本校舎の煌びやかさとは対照的に、窓ガラスは割れ、壁には落書きがされ、入り口の扉は蝶番が外れかけている。

 まさに、学園の「闇」を象徴するような場所だった。


 その扉の前で、レン・クロウリーは深く、長くため息をついた。


「……帰りてぇ」


 本音が漏れた。

 足がすくむ。

 扉の向こうからは、獣の咆哮のような怒声や、何かが爆発する音、そして窓ガラスが割れる音が断続的に聞こえてくる。

 ここは教室ではない。戦場だ。


「レン様。私が先陣を切りましょうか?」


 セシリアが、純白の騎士服に似つかわしくない物騒な鉄パイプ(学園のゴミ捨て場から調達した)を構えて進言する。

 彼女の瞳は、魔窟に挑む聖騎士のように輝いている。


「ククク……。この扉の向こうに、どんな混沌が待ち受けていようと、我が師匠の『深淵』の前では赤子も同然……。さあ、師匠! 愚かな羊どもに、真理の鉄槌を!」


 アリアもまた、中二病全開で杖を振り回している。

 天井裏からは、ルナの「気配遮断」の音が聞こえない。(つまり、完璧に隠れている)


 頼もしい仲間たちだ。

 だが、レンの胃痛は加速するばかりだった。

 (みんなヤル気満々だけど、俺は平和主義者なんだよ! 話し合いで解決したいんだよ! ……無理だろうけど!)


 レンは覚悟を決めた。

 震える手をマントの下に隠し、表情筋を総動員して「最強の賢者」のマスクを被る。

 そして、壊れかけの扉を、足で蹴破った。


 ドォォォンッ!!

 派手な音と共に扉が吹き飛び、教室内が露わになる。


 そこは、カオスだった。

 机や椅子はバリケードのように積み上げられ、黒板にはナイフが突き刺さり、床は焼け焦げている。

 そして、その中心で、二十人ほどの生徒たちが乱闘を繰り広げていた。


「オラァ! テメェの魔法なんざ、俺の筋肉で弾き返してやる!」

「うるさいわね! この脳筋ゴリラ! 燃えなさいよ!」


 筋肉隆々の男子生徒が、炎を操る女子生徒を投げ飛ばしている。

 別の場所では、複数の生徒が殴り合い、罵り合っている。

 教師が来たことに気づいているはずだが、誰も気にも留めない。

 完全に無法地帯だ。


 レンは静かに教壇へと歩み寄った。

 一歩、また一歩。

 その足音が、喧騒の中で奇妙なほど響く。

 セシリアとアリアが、レンの両脇を固めるように続く。


 レンは教壇の前に立ち、騒ぎの中心にいる二人の生徒を見据えた。


「……楽しそうだな」


 レンの声は、決して大きくはなかった。

 だが、その声には、騒音を切り裂くような鋭さと、底冷えするような威圧感(ハッタリ)が込められていた。


 乱闘がピタリと止まる。

 生徒たちの視線が、一斉にレンに向けられる。

 値踏みするような、敵意に満ちた視線。


「ああん? 誰だテメェ。新任の教師か?」


 筋肉隆々の男子生徒が、レンにメンチを切ってきた。

 名前はガストン。腕力だけなら騎士団員にも引けを取らない、学園一の暴れん坊だ。


「どうせまた、ゴートの腰巾着だろ? 俺たちのこと『ゴミ』って呼びに来たのか?」


 炎の女子生徒も、腕を組んでレンを睨みつける。

 名前はフレア。魔力は高いが制御が下手で、実技のたびに爆発騒ぎを起こす問題児だ。


 完全にナメられている。

 ここで「静かにしなさい」などと言えば、次の瞬間には火だるまにされるだろう。

 レンは観察(スキャン)を開始する。


(……ガストン。右腕の上腕二頭筋が異常に発達している。常に力を誇示するタイプだ。だが、視線が左右に泳いでいる。……自分より強い者がいないか、常に警戒している証拠。強さへの執着は、弱さへの恐怖の裏返しだ)


(……フレア。腕組みは防衛のサイン。爪を噛んでいるのは、欲求不満とストレス。魔力制御が上手くいかないことへの焦りか。……承認欲求が強いが、満たされていない)


 他の生徒たちも、一様に「大人への不信感」と「現状への苛立ち」を抱えている。

 彼らは「ゴミ」ではない。

 扱い方を間違えた「危険物」だ。


 レンはニヤリと笑った。

 挑発的な、悪魔の笑みを。


「ゴミ? まさか。……君たちはゴミじゃないよ」


 レンは両手を広げ、教室全体を見回した。


「君たちは、使い道のない『粗大ゴミ』だ」


 その瞬間、教室の空気が凍りついた。

 静寂。

 そして、爆発的な殺気がレンに集中する。


「テメェ……! 言わせておけば……!」

「殺す! 絶対に燃やしてやる!」


 ガストンとフレアが、同時にレンに襲いかかった。

 巨大な拳と、灼熱の火球が、レンの顔面に迫る。

 セシリアが動こうとするが、レンは目で制した。


 (ひいいぃぃ! 来るな! 怖い! 熱い! 死ぬうぅぅ!)


 レンの内面は絶叫している。

 だが、体は動かない。いや、動かさない。

 ここで動けば、ただの「口だけの教師」だ。


 レンは、迫り来る二人の目を、限界まで見開いて凝視した。

 『アンカリング』。

 スラムでの魔狼討伐の噂を利用する。

 「あの男は、目で人を殺す」という噂を。


 ガストンとフレアの動きが、レンの直前でピタリと止まった。

 拳が、火球が、レンの鼻先数センチで静止する。

 二人の顔に、脂汗が浮かぶ。

 彼らの本能が、レンを「危険」と判断し、体がすくんでしまったのだ。


「……どうした? やらないのか?」


 レンは、喉の渇きを悟られないように、ゆっくりと、低音で囁いた。


「それとも……『やれない』のか?」


 これは『ダブルバインド』。

 「やる」と言えば、レンの挑発に乗ったことになり、レンのペースに巻き込まれる。

 「やれない」と言えば、自分の弱さを認めたことになる。

 どちらを選んでも、レンの掌の上だ。


 二人は動けない。

 レンの「底知れなさ」というハッタリの前に、完全にフリーズしている。


 レンはゆっくりと、ガストンの拳を指先で押しのけた。

 そして、フレアの火球を(火傷しないように慎重に)手で払う仕草をした。


「……期待外れだな」


 レンはつまらなそうに吐き捨て、教壇に座り込んだ。

 足を組み、生徒たちを見下ろす。


「力を持て余しているだけのガキどもか。……まあいい。今日から僕が、君たちの『飼い主』だ」


 レンは宣言した。


「僕の名前はレン・クロウリー。……君たちを『最強の怪物』に育て上げる男だ」


 教室に、再び静寂が訪れた。

 だが、今度の静寂は、先ほどまでの敵意とは違う。

 困惑。恐怖。そして、わずかな期待。


 レンは内心で(よっしゃあ! 第一関門突破! とりあえず殺されずに済んだ!)とガッツポーズをした。

 だが、これはまだ序章に過ぎない。

 この問題児たちを手懐け、ゴート教頭を見返し、学園を掌握する。

 レンの長くて胃の痛い「教師生活」が、今、幕を開けた。

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2026年1月12日 08:00
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『ステータス「なし」の元人気メンタリスト、異世界の最強ドラゴンを「お手」だけで服従させる~目を見ただけで思考が読めるので、魔法使いが詠唱してくれません~』 マーマー @marmar525

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