第2話 事件#26 死にたがりな一人娘の妹

「馬鹿が……」


 私は怒りを抑えながら助手の纏に言った。またやらかしたのだ、慎重に解かなくはならない流れのもつれをあろう事か見えていないくせに推理し的確に指摘してしまった。

 先ほどまで平常に見えていた少女が爪を食い込ませて、血を流しながらごめんなさいと謝罪を繰り返している。その少女は依頼者の娘で、依頼は自殺しようとする娘を止めて欲しいというものだった。目の前の少女はジンサイ化し始めているのか、幾つも体から手が生えて首を絞めようとしている。


「うおぁっ!探偵先生、どうしたらいいです!?」


 そのまま自身を絞殺しようとしている娘を抑えながら纏が私に尋ねる。

 私は顎に手を置き深く観察する。少女がジンサイ化しようとしているのは間違いないが、何か違和感がある。というより流れが少女本来のものではないように感じる。水溜まりに浮かんでいるものが模試、少女に少し似た男、そして料理。あまりに今回の変化に共通性がない。

 このような場合、大抵他の流れの影響を受けていることが多い。


「お前はそれを少し抑えていろ、探さなければならないものがある」

「何分ですか!?」

「そうだな、十分だ。十分で解いてみせる」

「わかりました!」


 弟子をその場に家を歩き回る。優秀なあの子のことだ、十分なら余裕を持って耐えることができるだろう。それに、私以外にこれは解くことはできない。

 階段を駆け降りてキッチンを観察する。少女の様子を見るにここがこの事件のきっかけであるはずだ。戸棚を開けたりして観察する。一般的なキッチンと変わりがないように見える。


「あの、探偵の方。どうかなされたんですか?娘は……」


 心配したのか駆け寄ってきた母親。私は無視して母親の足元を眺める。あの少女につながっているはずなのに、流れに一切の異常がない。流れは関わりのあるものに繋がり少なくない影響を及ぼす。故に異常だ。

 娘と母親の繋がりの間に何らかの断絶がある。


「本当に一人娘なんですよね」

「どういう質問なのでしょうか?娘に一体何が……」

「いえ、結構。貴女が気にする必要はない」


 それだけ尋ねると家の外に飛び出し、庭を歩き回りそこであるものを目にする。


「……自殺か」


 16歳。学生。包丁。男。料理。自殺。そして庭の土の下から微かに見える途絶えた流れ。私は脳内で手がかりを並べる。彼氏。思春期。学校生活。死にたがり。どれも違う。そして一つの可能性に辿り着く。私はその場にいたわけでもなく、流れから得た断片の情報でしかない。だが、私の想像が正しいならこの事件は……。

 少女の部屋に戻る。そろそろ十分が経過する頃だし、答え合わせをしなくてはならない。


「ふんぬラァァァ!!死んじゃダメですよー!!」


 私が扉を開くと、纏が少女に何かしらの技をかけている。


「それは一体どういう体勢なんだ?」

「あっ先生!その説明は今すぐしたいところなんですがちょっと無理です!力がどんどん強くなっていってます!」


 あとでその技について尋ねることにして、少女の前に立つ。


「纏、少女を私の前に座らせるんだ。自殺を止める必要はない」

「了解!ちょっと痛くなりますよー!」


 纏によって私と少女が見つめ合う。


「私の言葉を聞いてほしい」


 少女は泣いていた。泣きながら自分を傷つけている。まるで罪を自覚し、罰しようとするかのように。罪の重さに彼女が気づくほどにその手の力は強さを増し、数を増やしていく。絡まり続ける罪悪感の渦。彼女の根源

はそこにある。


「君はきっと自分の罪に苛まれているんだろう。それも、何を犯したのかもわからないまま」


 一本ずつ、絡まった糸を解くように事件のあらましを解いていく。


「君には兄弟がいた。おそらく兄だろう」


「そして君とその兄は、仲はいいとまでは言えなくとも大事だとは思っていた。その感情の矛盾に関しては私にはわからない。きっと君たちにしか通じない何かがあったんだろうね」


 微かな記憶を思い出したのか、少女が悶え始める。


「ある日のことだ。君が料理をしたんだろうね。それで、些細なことから喧嘩になった。君の手のひらには一本の包丁」


 思春期の学生、相手を愛しつつも憎しみは上回ってしまう。あえてこの出来事の原因を挙げるとすれば、タイミングが悪かった。


「その後、君は兄を刺した」

「うわぁっ!先生!助けてください!」


 少女がその全身の力を持って暴れ出す。今はなんとか抑えられているがこのままではか弱い少女の抵抗とはいえ、抑えきれないだろう。


「もう少し踏ん張ってくれ。いいか、落ち着いて続きを聞くんだ。君は兄を包丁で刺した。だが彼はギリギリ死んでいなかった。そして君たちの間にある奇妙な愛が、きっとそうさせたんだろう」


「僕にはどうしてかわからないが、君の兄は君の包丁の刺し傷で死ぬ前に自殺したんだ」


 少女の動きが止まり、生えていた腕が縮まっていく。


「そしてここからは君の記憶から消されてしまったことだ。いいかい、君の兄は死の直前、君と同じような状態になったんだ。私はジンサイと呼んでいる」


「ジンサイになった彼は君との流れを断ち切った。ジンサイになった彼ならそう容易いことじゃない。流れを埋める。それだけ、そして君の記憶から彼は完全に消え去った。そう、君が不可思議な自殺衝動に駆られたのは覚えていない罪のせいなんだ」


「そうです。私は、兄を、お兄ちゃんを。殺した」


 彼女が素直に認めると、生えていた手が完全に消滅する。彼女の流れはもう、滞っていない。


「確かに君は殺しただろう。だがそれを証明できる人はいない。それに、彼がジンサイになっていなくとも、きっとそうなっていた」


 私は出会ったことのない男ではあるが、やったことから察するに、きっと妹に罪が及ばぬようにしていたはずだ。そもそも、ジンサイ化したことは不慮の事故だった。彼の残った本能が流れを断ち切って忘れさせることで妹をより強固に守ろうとしていたのだ。彼と少女の繋がりが一度埋め立てたくらいでは途絶えるものではなかったことを知らずに。


「じゃあ、どうしたらいいんですか。私は」

「生きるんだ、そして彼に報いれるほどに人を助けろ。君が死のうするほど、彼は君を生かそうとしていたんだ」

「どうしてそんなことが言えるんですか」

 

 ジンサイではなくなった彼女にはきっと見えないのだろう。もうすでにいなくなってしまった彼の流れの跡が、その深い愛情の赤海のようにこの家に染み込んでいることを。そして染み込んだその赤は彼女の流れにも混じって、必死に守ろうとしている。

 先ほども述べた通り、これは事故だ。とびっきりタイミングの悪い。もし立場が逆なら彼女もそうしたであろうし、きっと何か髪の毛一つ分違えば二人はずっと仲のいい兄妹だった。


「君も一度ジンサイになったならわかるだろう。人には流れがある、私はそれが見える。わかるんだよ、君の兄がどういう気持ちでそれを成し遂げたのか」

「うっ、うぁぁ。うわぁぁぁあん!」


 少女はもう泣くことも、そして自殺をしようとすることもないだろう。彼女の人生にはこれから、兄の重みが加わってもう二度と天の国へ飛び立つことなどできないのだから。

 仕事は終わった。私は荷物を片付け、母親に事後処理についての方針を伝え、任せる。外はもう暗くなり始めている。


「無事終わってよかったですね!先生!」

「無事、と言っていいんだろうか。彼女は死ぬことはなかったが、これから先の人生で一生、兄の重さを背負うことになる」

「それでも、生きているってのは大事なんですよ」

「まだ忘れられないんだな」

「はい、これは私の罪ですから」

「そうだな、帰ろう。私は先に帰って仮眠を取るから、調査書は任せてもいいか」

「はい!もちろんです先生!早く帰りましょうね!」


 私たちは夕日を背に浴びながら事務所に向かう。私に人を救うことはできない、私にできることは、流れを見て、それを解くこと。結局のところ自分を救えるのは自分だけなのだ。

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探偵ファウストのジンサイ事件簿 モチモチペペロンチーノ @Detectiveinvisible

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