探偵ファウストのジンサイ事件簿

モチモチペペロンチーノ

第1話 流れが見える

 私には流れが見える。流れは誰でも内に秘めていているものだ。そして流れているそれは、おそらく人間の感情的熱望、欲望、その他全ての人間的なものの総合的物質だろうと私は考察している。

 どう言う原理なのかさっぱりわからないが、この流れは人生が行き詰まった時に堰き止められ、収まりきらなくなった時、それは体を食い破って「中身」として溢れ出る。

 この現象を私は「破堤」、そして現れた中身のことを「ジンサイ」と呼んでいる。

 世間にはまだ知られてはいないが東京都新宿区で発生し六千人を死に至らしめた「灼け落ちる空」や兵庫県南あわじ市の「人産み神話」による人口の爆発的増加など、政府がうまく隠してはいるものの影響は段々と世間に広まりつつある。またジンサイはその二種のような大規模でなくとも小さなものが多数発生している。例えば鳥になる漁師、海の目を持つ少女、などだ。

 私には流れが人の足元に見える。そして流れが堰き止められている場所には中身として今にも食い破ろうとしている存在が止まっている。もちろん、この段階では私にしか見えず、物質的な変化も起こってはいない。

 だが堰き止められたそれの溜まり場が大きな水溜りほどになった時とうとう破堤が発生する。鳥になった漁師の場合は、私には船に乗る彼の足元に海鳥が巣を作り堰き止められた流れが水溜まりを作り始めているのが見えたが、実際に触ってみてもそれは冷たい船のままだった。

 初めてこれを認識した時私は幻覚だと思った。だが幻覚ではないから私は探偵として仕事をやっている。

 私はジンサイを追っている。それは依頼だったり、たまたま見つけたり、ルートは異なれどそれは変わらない。もし私が放っておいた場合、鳥になる漁師のように溜まっていく中で、ある日突然それは体を食い破って物理的に発現する。

 そうして初めて目だけでなく、全ての人が認識できる形で人がジンサイに変化する。彼に触れた時、その体はもはやアホウドリのような触り心地であった。

 鳥になった漁師、工藤空はパイロットを夢見た少年だった。いつも荒れ狂う海と戦いながら、海鳥たちを眺めていつか空に羽ばたきたいと思っているようだった。その思いがやがて彼を本当に鳥にしてしまった。彼のその後の消息は知らないが、漁師に狩られていなければどこかの国で羽を休めているか生前に望んでいたように大空を自由に飛んでいるのだろう。もちろん、これは私の事件の概要を聞いた考察でしかなく、より複雑な要素があるのだろうがもう終わってしまった話であるが故にこれ以上語るのはやめる。

 私の仕事は、こんな流れを観察し、それを事前に防ぐことだ。人によって程度は異なっていても、ジンサイ化する人の足元には堰き止める何かがある。それは私にも、ある。

 この現象は決して科学で証明できるような代物ではない。だが私には見えるのだ、だからこそ私は破堤が起こる前に努力を尽くして流れを正常に戻すようにする。それが「止まり木事務所」の探偵である私の仕事だ。目に見えるそれの因果関係を分析し、正常な流れに戻す。それだけ。

 戻し方は様々だ。例えば海の目を持つ少女の時は真っ黒で明かりの無い部屋に二十四時間閉じ込め、海が目に入らないようにした。結果彼女は二度と海に目を向けることはなく、その目は真っ黒に染まって二度と光を取り戻すことはなかった。残酷ではあっても、彼女の母親の依頼通りに戻すにはそれしかなかった。あの母親が自分の娘がすでに何の興味も持たなくなったことに気づいても、もはや私には何の関係もない。彼女の人生があれから明るくなることはなくても、それ以上変化は起きないのだから。

 薄情だと思うだろうか、残酷だと思うだろうか、だが私の仕事はボランティアではない。全ての人を無事な方法で助けることなどできない。

 私の名前はファウスト、探偵だ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る