第12話:鉄の荊棘(いばら)、砕ける白波


地響きが、新兵たちの胃袋を揺さぶっていた。

視界を埋め尽くす白馬の波。二万の公孫瓚軍が上げる喊声は、まるで物理的な圧力となって呂布軍の陣地に押し寄せてくる。


「く、来るぞ……! しっかり持て! 震えるな!」


最前列に配置された新兵の少年が、隣の仲間に声をかける。

だが、その声自体が恐怖で裏返っていた。

彼らの目の前にあるのは、馬鈞が突貫工事で作らせた障害物――【拒馬槍(きょばそう)】だ。

太い丸太を組み、先端に鋭利な鉄のスパイクを打ち付けた、対騎兵用のバリケード。

理論上は、これで馬の突進を止められるはずだ。だが、実際に二万の騎兵が迫ってくる光景を前にして、理屈を信じられる者は少ない。


「ビビってんじゃねえぞ、ガキども!」


新兵たちの背後から、野太い怒号が飛んだ。

華雄だ。

彼は徒歩で、愛刀『断頭』を肩に担ぎ、仁王立ちしている。

その姿は、どんな城壁よりも頼もしく見えた。


「いいか、テメェらの仕事はこのバリケードを支えることだ! 槍を突き出して、目をつぶって祈ってろ! 敵が止まったら、後ろの連中が蜂の巣にしてくれる!」

「は、はいっ! 華雄将軍!」

「俺がここにいる限り、一匹たりとも後ろには通さねえ! 安心しろ!」


華雄がニカっと笑う。その笑顔に、新兵たちの強張った肩から力が抜けた。

この人がいるなら、大丈夫かもしれない。

そんな根拠のない、しかし強力な信頼感が、崩れかけた士気を繋ぎ止める。


ドォォォォォンッ!!

最初の激突音。

公孫瓚軍の先鋒が、バリケードに突っ込んだ。


「ぐぎゃあっ!?」

「ひひィーンッ!」


先頭の馬が、鉄のスパイクに胸を貫かれて悲鳴を上げる。

後続の馬がそれに躓き、転倒する。さらに後ろの馬が突っ込み、団子状態になる。

馬鈞の設計は完璧だった。

バリケードは単なる壁ではない。馬の「膝」の高さに合わせてスパイクが配置されており、跳躍も回避も不可能な構造になっていたのだ。


「止まったぞ! 今だ、撃てェェェッ!!」


後方に配置された工兵隊長・馬鈞が、涙目で叫んだ。

彼が指揮するのは、五百台の『連弩』部隊。

バリケードで足止めされた敵騎兵は、彼らにとってただの的(まと)だった。


ヒュンヒュンヒュンヒュンッ!

鉄の雨が降り注ぐ。

密集した敵兵たちは、避けることもできずに次々と射倒されていく。

白銀の鎧が鮮血に染まり、公孫瓚軍の自慢である突撃力が、泥沼の中で空転していた。


「おのれ、小細工を……! 怯むな! 乗り越えろ!」


後方で指揮を執る公孫瓚が叫ぶ。

彼は苛立っていた。

正面からの力押しで粉砕するはずが、見たこともない障害物と兵器によって阻まれている。

プライドの高い彼にとって、これは屈辱だった。


「左翼と右翼を展開させろ! 側面から回り込んで包囲するのだ!」


公孫瓚の命令により、後続の部隊が左右に展開を始める。

バリケードのない側面から、呂布軍を挟み撃ちにするつもりだ。

だが、それこそが陳宮の狙いだった。


「かかったな。……合図を上げろ!」


本陣で戦況を見守っていた陳宮が、扇を振る。

ヒュウウウッ!

鋭い矢笛の音が響き渡った。


その瞬間、呂布軍の両翼から、二つの猛獣が解き放たれた。


右翼からは、張遼率いる一千の【並州狼騎】。

彼らは『双鐙(そうとう)』を駆使し、驚異的な速度で加速する。

公孫瓚軍の左翼部隊が旋回しようとした隙を、真横から食い破るように突っ込んだ。


「我こそは張文遠! 命知らずは前に出ろォッ!!」


張遼の槍が閃くたびに、敵兵が馬ごと吹き飛ぶ。

彼の部下たちもまた、鐙のおかげで馬上で自在に武器を振るい、数で勝る敵を圧倒していく。

個の武勇と、集団の統率。その両方を兼ね備えた騎兵隊の前に、公孫瓚軍の陣形は紙細工のように崩壊した。


そして左翼からは、さらに恐ろしい存在が現れた。


「……行くぞ、子龍」

「はっ!」


呂布と趙雲。

最強の二人が率いる、わずか五百の精鋭騎兵。

彼らは大回りをせず、敵の中央――混乱するバリケード前の集団を飛び越えるようにして、真っ直ぐに敵本陣(公孫瓚)を目指して突進した。


「なッ……!? 馬鹿な、この乱戦の中を突っ込んでくるだと!?」


公孫瓚が絶句する。

常識ではありえない。味方と敵が入り乱れる最前線を、一糸乱れぬ隊形で突破してくるなど。

だが、彼らにはそれができた。

呂布が放つ『覇王の共鳴』により、兵士たちの恐怖心が消え、全員が「大将の背中」だけを見て走っているからだ。


「邪魔だァァァッ!!」


呂布の方天画戟が一閃する。

前を塞ぐ敵兵が、馬ごと両断され、血の霧となって散る。

まさに鬼神。

その姿を見た敵兵たちは、戦う前から戦意を喪失し、道を開けていく。

モーゼが海を割るように、敵の大軍が割れていく。


「見えます、殿! 敵本陣、距離五百!」


趙雲が叫ぶ。

彼の白龍(槍)もまた、唸りを上げていた。

近づく敵を、瞬きする間に三突きして絶命させる神速の槍。

呂布が「剛」なら、趙雲は「柔」。

二つの相反する最強の力が合わさり、誰にも止められない突破力を生み出していた。


「……ひ、ひぃっ!」


公孫瓚の護衛たちが、恐怖に顔を引きつらせて後退る。

無理もない。

一万の兵士の向こうから、真っ直ぐに自分たちだけを見つめる二対の魔眼が迫ってくるのだ。


「うろたえるな! 奴らはたった数百だ! 囲んで殺せ!」


公孫瓚が剣を抜いて叫ぶ。

だが、その声は震えていた。

彼は悟ってしまったのだ。

自分の作り上げた「最強の軍団(白馬義従)」が、このたった数百の「本物の精鋭」の前では、数合わせの案山子に過ぎないことを。


「公孫瓚! 貴様の白馬、貰い受けるぞ!」


呂布の咆哮が、戦場全体に響き渡る。

距離三百。二百。百。

矢の雨も、槍の壁も、今の彼らを止めることはできない。


これは戦争ではない。

「格」の違いを見せつける、処刑の儀式だ。

北の大地を染める鮮血の中で、呂布軍団の伝説が、今まさに刻まれようとしていた。

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『反逆の飛将、天命を喰らう ~処刑された記憶を持つ最強武人、二度目の生は「鍛えあげた怪物軍隊」で覇道を往く~』 @saijiiiji

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