第11話:少数の理(ことわり)、多数の罠


戦場からの帰路。呂布軍の足取りは軽かったが、指揮官たちの表情は険しかった。

黒山賊を撃退し、趙雲を引き入れたことは大きな戦果だ。だが、現実は依然として厳しい。


「……計算が合いませんな」


帰還した天幕の中で、陳宮が渋い顔で言った。

机上の地図には、敵味方の兵力コマが配置されている。

公孫瓚軍の青いコマは、本拠地・右北平(ゆうほくへい)を中心に**およそ三万**。

対する呂布軍の赤いコマは、**五千強**。

洛陽から連れてきた精鋭三千に、張遼の手勢五百、そして幽州で新たに募った志願兵や元公孫瓚軍の投降兵を合わせても、六千に届くかどうかだ。


「倍どころか、六倍の兵力差です。しかも相手は、地の利を知り尽くした白馬義従。……正面からぶつかれば、すり潰されます」


陳宮の指摘に、華雄が唸る。


「新入り(新兵)どもは、まだ槍の持ち方を覚えたばかりだ。気合は十分だが、実戦で使い物になるにゃあ、あと半年はかかるぜ」

「半年も待ってはくれんさ。公孫瓚は激昂している。雪解けを待たずに押し寄せてくるぞ」


呂布が腕を組み、静かに言った。

室内には重苦しい空気が漂う。

圧倒的な「個」の武力を持つ呂布や華雄、趙雲がいても、戦争は数だ。五千で三万を包囲することはできないし、防衛線を維持するのも限界がある。


「……数を埋める必要はありません」


沈黙を破ったのは、影に控えていた賈詡だった。

彼は冷ややかな笑みを浮かべ、地図上の一点を指差した。


「敵が多いなら、減らせばいい。あるいは、戦えない状況を作ればいいのです」


賈詡が指差したのは、公孫瓚の本拠地・右北平の北側に広がる山岳地帯。

鮮卑族(せんぴぞく)の居住エリアだ。


「鮮卑族の族長・丘力居には、すでに手を回してあります。『公孫瓚が黒山賊と手を組んで鮮卑を襲う』という偽情報を流し、彼らの危機感を煽りました」


賈詡が懐から一枚の書簡を取り出す。丘力居からの返書だ。


「彼らは公孫瓚の背後を脅かすために、五千の騎兵を動かす用意があるとのこと。……これで、公孫瓚は兵力を二分せざるを得なくなります」

「なるほど。北に一万を割かせれば、正面の敵は二万になるか」


陳宮が眼鏡(伊達)を光らせ、計算を修正する。

だが、それでも四倍差だ。五千で二万を相手にするのは自殺行為に近い。


「そこで、馬鈞の出番です」


呂布がニヤリと笑った。

天幕の隅で縮こまっていた馬鈞が、指名されてビクリと震える。


「ひぃっ! ぼ、僕ですか!?」

「ああ。お前の作った『アレ』だ。……あれを使えば、平原を要塞に変えられる」


呂布が言ったのは、馬鈞が考案した野戦築城セット――**【拒馬槍(きょばそう)】と【簡易バリケード】**のことだ。

組み立て式の鉄製スパイクと、木材を組み合わせた障害物を、戦場にばら撒く。

これがあれば、公孫瓚自慢の「白馬義従」の突撃力を物理的に封じることができる。


「敵の足を止め、連弩の雨を降らせる。動きが鈍ったところを、俺と張遼、趙雲の精鋭騎兵だけで一点突破し、敵本陣を突く。……どうだ?」


呂布の提案に、陳宮が目を見開いた。

少数精鋭による一点突破戦術。

普通なら無謀だが、呂布・張遼・趙雲という「三国志最強クラスの矛」が三本も揃っている今なら、可能かもしれない。


「……悪くありません。いや、それしかないでしょう」


陳宮が頷いた。


「我々の勝機は、敵の司令塔(公孫瓚)を直接叩くことのみ。兵士同士の消耗戦は避け、短期決戦で決める。……正気とは思えませんが、殿らしい策です」


***


軍議の後、呂布は趙雲を呼び止めた。

趙雲はまだ、呂布軍の空気に馴染みきれていない様子だった。


「……子龍。不安か?」

「いえ。……ただ、新兵たちのことが気掛かりで」


趙雲は、外で焚き火を囲む兵士たちを見つめた。

そこには、まだあどけなさの残る若者たちが、不安そうに身を寄せ合っている。

彼らは数合わせのために戦場に出される。その多くは死ぬだろう。


「彼らを死なせたくないか?」

「……はい。彼らは、守られるべき民です。戦う術も知らない彼らを盾にするのは、私の信義に反します」


趙雲の真っ直ぐな瞳。

呂布は満足げに頷いた。


「同感だ。だから、今回は新兵を前線には出さん」

「え?」

「新兵の仕事は、馬鈞の作ったバリケードを設置し、後方で連弩を撃つことだ。敵と直接刃を交えるのは、俺と、お前と、洛陽から来た古参兵(プロ)たちだけだ」


呂布は趙雲の肩に手を置いた。


「俺たちの軍は、少数だ。だからこそ、一人の命も無駄にはできん。……未熟な者は道具(兵器)で補い、熟練者が体を張る。それが俺のやり方だ」


趙雲はハッとした。

公孫瓚軍では、新兵こそが矢面に立たされ、消耗品として扱われていた。

だがこの男は逆だ。強い者が前に立ち、弱い者を守るために戦う。

劉虞が語った「仁」を、この男は「武」という形で体現している。


「……承知いたしました。私の槍、一番危険な場所でお使いください」

「ああ。頼りにしているぞ、飛熊(ひゆう)」


***


数日後。

雪解けの平原に、公孫瓚軍の主力二万が姿を現した。

地平線を埋め尽くす白馬の波。その威容は、見る者を震え上がらせるに十分だった。


対する呂布軍は、わずか五千。

彼らは平原の中央に、奇妙な陣形を敷いていた。

最前列には、馬鈞が作った鉄のバリケードと、鋭利なスパイクがびっしりと並べられている。

その背後に、連弩を構えた新兵たち。

そして両翼には、呂布と張遼、趙雲率いる精鋭騎兵(各千騎程度)が、虎視眈々と突撃の機を窺っていた。


「……小細工を」


公孫瓚は、遠眼鏡で呂布軍の陣形を見て鼻を鳴らした。


「障害物ごときで、我が白馬義従が止まると思うか! 踏み潰せ! 呂布の首を挙げた者には恩賞をやるぞ!」


「おおおおおおっ!!」


公孫瓚軍の突撃ラッパが鳴り響く。

二万の大軍が、雪崩のように押し寄せる。

大地が揺れ、轟音が空気を震わせる。新兵たちが恐怖で青ざめる中、呂布だけは不敵に笑っていた。


「……来い、白馬ども。ここがお前たちの墓場だ」


呂布が画戟を掲げる。

それは、北の大地を揺るがす決戦の合図だった。

数で勝る「過去の最強」公孫瓚に対し、質と技術で挑む「未来の最強」呂布軍。

勝負の行方は、最初の激突で決まる。

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