第2話
チッ。
舌打ちと同時に、俺はマウスのホイールを押し込み、画面を下へとスクロールさせた。
「……はずれか」
低く呟く。
モニターいっぱいに並ぶのは、無数の顔だ。
似ているが、違う。違うが、似ている。
誤検出として拾われた他人の顔写真と、その中に混じる、目的の少女――デビューしたばかりのアイドルの自撮りや、宣材用のグラビア写真。
ほんの少し前、俺はそのアイドルの顔写真を自作の顔検索アプリに登録し、走らせてみた。
だが、期待していた結果は、どこにも見つからない。
写真の右下に表示される数値。
それを囲む枠の色。
どれを見ても、俺が望む結果は返ってきていない。
もう一度、小さく舌打ちをした。
どうやら、このアイドルの卵からは、何も出なかったらしい。
本当に存在しないのか。
事務所が徹底的に消したのか。
それとも――俺のアプリが、まだ甘いのか。
いや、そんなはずはない。
俺は高専で学び、大学でも情報工学を専攻した。
アプリケーション開発には、それなりの自信がある。これが見落とすはずがない。
俺が作ったこのアプリ。
登録した顔写真を複数の顔検索サービスに投げ、ヒットした投稿を洗い出す。
そこから、フォローした人間、シェアした人間、いいねを押した人間を自動で辿る。
そうして、表に出ていない“別の顔”を持つアカウントを炙り出していく。
知り合い同士は、どうしたって反応し合うものだ。
だからアカウント名をいくら偽装しても、関係性は自然と滲み出る。
そして投稿時刻が近ければ、同一人物である可能性は跳ね上がるはずだ。
そうやって、俺は今まで何人ものアイドルの“裏の顔”を見つけてきた。
見つけては、ばらまき、そして炎上させる。
当然、向こうからの反応もあった。
「情報が間違っている」と声明を出せと迫る事務所。
金の話を、遠回しに持ち出してくる連中。
中には、本人が直接、思わせぶりなメッセージを送ってきたこともある。
だが、俺はすべてそれを無視した。
接触すれば、こちらの身元が割れる可能性がある。
それに――これは、正義だ。金が欲しくてやっていることではない。
男と手も繋いだことがない、と言わんばかりの純情そうな顔で、男たちに笑顔を振りまき、金を吸い上げる。
その裏では、彼氏と抱き合った写真を平気でSNSに載せ、酒を飲んでいる様子を投稿する。
そんな彼女たちを、俺は許せないのだ。
これは私怨じゃない。
社会を正すための行為なのだ。
そう自分に強く言い聞かせ、俺は再び画面に視線を戻した。
――そのとき。
一覧の片隅にある一枚の写真に、ふと目が留まり、俺の指先の動きが止まった。
画面右下。
無数に並ぶカラー写真の中で、その一枚だけが白黒だった。
モノクロームというより、まるでカラー写真が普及する以前に撮られた古い時代の写真のように見える。
そこに写っている女性の顔は、写真自体が古く、不鮮明ではあるものの、よく見ると、どことなく――
あのアイドルの少女に似ていた。
俺は興味をそそられ、思わずその写真をクリックした。
画面が切り替わり、写真の掲載されているページが表示される。
SNSのアカウントではない。
個人が作ったと一目でわかる、簡素なホームページだった。
学生時代、俺も自分のホームページを作っていた。
雰囲気が、まさにあの頃のそれだ。
おそらく同じ時代に作られ、その後、一度も更新されていない。
よく見ると、どうやら、このページの制作者が住んでいる地域の古い写真を集め、紹介しているらしい。
縦に並べられた写真。
その下に添えられた、簡単な説明文。
神社の祭りの様子。
村人たちの集合写真。
村役場の完成を記念した一枚。
炭焼きの作業風景。
峠を越えていく人々。
どれも、時間の重みを感じさせる白黒写真ばかりだった。
その中の一枚に、検出された女性が写っている写真があった。
大勢の男たちに囲まれるようにして、その女性が立っている。
説明文を読む。
――東亜帝国大学考古学術調査団、当地入域す。
おそらく、書かれてある調査団がこの地を訪れた際に、記念として撮られた写真なのだろう。
だが、百年以上前と思われる写真だ。
あのアイドルが、ここに写り込んでいるはずがない。
顔検索サービスの誤検出だろう。
そう考え、ページを閉じようとして――俺は、手を止めた。
東亜帝国大学。
たしか、高専時代、クラスで一番頭のいい奴が進学した大学の、昔の名称だったはずだ。
少しだけ、好奇心が疼いた。
どうせ、検索結果はゼロだろう。
そう思いながらも、俺はその写真を自分のPCにダウンロードし、自作アプリに登録して検索を走らせた。
アプリが写真内の人物の顔を検出し、次々と枠で囲っていく。
やがてネットワーク接続が始まり、顔検索サービスからの結果が一覧表示され始めた。
予想通り、結果は少ない。
検出される顔も、明らかに外国人だったりして、誤検出だとすぐにわかる。
ただ、その中に――あのアイドルの自撮り写真が、数枚混じっていた。
「……ほう」
顔検索サービスの精度に、わずかに感心する。
だが、次の瞬間、俺の視線は別の一点に釘付けになった。
検出された写真の中に、一人の男性が写った写真がある。
これも白黒だ。
そして、この顔――微かに、見覚えがあった。
いたよな、こんな奴。
そう思いながら、登録した元の写真を拡大し、一人一人の顔を丁寧に見ていく。
すると、明らかに村人とは雰囲気の違う男たちが、数名、混じっていることに気づいた。
おそらく、彼らが東亜帝国大学考古学術調査団のメンバーなのだろう。
そして、その中の一人。
今、検出された男性によく似た人物が、確かにそこに立っていた。
写真は不鮮明で、断定はできない。
だが、顔の輪郭が、あまりにも似ている。
俺は、すぐに今検出された写真をクリックし、その写真のあるページを開いた。
顔のない森 イガゴヨウ @arutonike
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