最終話 受け継がれる正義
道場の朝は、いつもと変わらなかった。
床を踏む足音。
息を整える呼吸。
背筋を伸ばし、こちらを見る弟子たちの視線。
江原真雄は、道場の中央に立つ。
「構え」
短い一言に、迷いはない。
ウンスーの型が始まる。
踏み込み、回転、深く沈む動き。
鋭さよりも、正確さ。
力よりも、間。
かつては、この型が戦いのすべてだった。
勝つため、倒すための動きだった。
だが、今は違う。
守るための型。
壊さずに、立ち続けるための型。
動きが終わり、道場に静寂が戻る。
弟子の一人が、遠慮がちに口を開いた。
「師範……
どうして、その型なんですか」
江原は、すぐには答えなかった。
一度、視線を床に落とし、少し考える。
「――倒すためじゃない」
弟子たちは、言葉を挟まずに聞いている。
「壊さないためだ」
それだけ言って、江原は話を切った。
理由を説明する必要はなかった。
⸻
昼。
警護会社の事務所。
窓から差し込む光の中、
瀧政則が一枚の報告書を机に置く。
「警察の発表は、
ガス漏れ事故ってことになってます」
「そうか」
「宗教団体も、
表向きは解散です」
瀧は一瞬、言葉を探し、江原を見る。
「……仮面は、もう?」
江原は、首を横に振った。
「まだ、しまわない」
「じゃあ――」
「使わないだけだ」
瀧は、少しだけ口元を緩めた。
「らしいですね」
それ以上、二人は何も言わなかった。
⸻
夕方。
るり子の部屋。
江原は、いつものように靴を脱ぎ、
いつもの場所に腰を下ろす。
るり子は何も聞かない。
ただ、湯呑みを差し出す。
「……無事?」
「ああ」
それだけで、十分だった。
るり子は、江原の手を見る。
包帯はない。
だが、何かを越えてきた手だった。
「もう、終わったの?」
江原は、少し考えてから答える。
「……終わらせた」
るり子は、小さく息を吐く。
「帰ってきたんだね」
江原は、黙って頷いた。
⸻
夜。
一人になった部屋で、
江原はコスチュームを見下ろす。
仮面。
ベルト。
グローブ。
本郷猛の言葉が、ふと蘇る。
――「もう、仮面を被らなくてもいい」
だが、江原は知っている。
仮面とは、逃げるためのものではない。
立つためのものだ。
彼は、仮面を丁寧に箱に戻す。
完全に封じることはしない。
だが、手の届く場所にも置かない。
必要な時に、思い出せる距離。
それが、ちょうどいい。
⸻
翌朝。
道場の床に、一条の光が差し込む。
江原は、静かに立ち、
壁際に立てられた巻藁の前に進んだ。
深く息を吸い、
拳を構える。
踏み込み。
沈み。
解放。
拳が、巻藁に突き込まれる。
乾いた音。
力を誇示するためではない。
壊すためでもない。
自分の軸を、確かめるための一突き。
もう一度。
拳に、迷いはない。
それは、誰かに見せるための動きではない。
自分が、自分でいるための鍛錬だ。
江原真雄は、仮面ライダーではない。
だが――
仮面ライダーであった時間は、
確かに、拳に残っている。
影として。
受け継がれるものとして。
そのとき、
どこか遠くで、低く響くエンジン音が聞こえた。
新サイクロン号。
姿は見えない。
だが、分かる。
ショッカーとの戦いは、
まだ終わっていない。
江原は、構えを解き、静かに息を吐いた。
仮面を被ることはない。
だが、拳を下ろすこともしない。
仮面ライダーとしてではなく、
江原真雄として。
これからも、市民を守る。
その役目を、胸の奥で確かに誓う。
そして今日も、
彼は立ち続ける。
もう一人の仮面ライダー1.5(いちごう)として。
⸻
完
影の代行者 小柳こてつ @KK_097
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