第5話 空白を埋める者


夜明け前の工業地帯は、異様なほど静かだった。


仮面ライダーは、外周フェンスを越え、影の中に身を沈めた。

警備灯の周期は単調だ。

だが――気配がない。


警戒していないのではない。

最初から、迎え入れるつもりなのだ。


建物内部に入ると、足跡が残されていた。

隠す気もない。

誘導。


分かっていても、止まる理由はなかった。


地下区画。

最後の扉を開けた瞬間、照明が一斉に灯る。


「……やはり、来ましたか」


白衣姿の白河恒一が、奥に立っていた。


「仮面ライダー」


江原は構えを解かない。


白河は、ゆっくりと近づきながら言った。


「噂通りだ。

 無駄な殺しをしない。

 戦闘員を、必ず“止める”」


視線が、江原の足元に落ちる。


「踏み込みが、古い。

 空手の入り。

 肘の角度、腰の沈み」


一拍。


「……ああ」


白河は、静かに頷いた。


「江原真雄。

 あなたでしたか」


空気が、張り詰める。


「金融ヤクザから私を守った男。

 改造もされず、

 それでも前に立つ人間」


白河の目が、細くなる。


「皮肉ですね。

 本来、次に進むべきは――あなただった」


白衣の袖が裂け始める。


「ですが……もう遅い」


白河は背を向け、歩き出した。


「場所を変えましょう」


逃走。

だが、それは――逃げるふりだった。


「ッ…逃がすかっ!」



非常扉の先は、屋外の廃棄物集積場だった。


薬品タンク。

ドラム缶。

高い照明塔。


逃げ場はない。

戦うためだけに用意された空間。


白河が立ち止まり、振り返る。


白衣が完全に裂け、

身体が歪む。


両腕が異様に伸び、

肘から先が、湾曲した刃へと変わった。


カマキリ怪人。


「完成です」


仮面ライダーは踏み込む。


ウンスーの踏み込み。

肘打ち、裏拳。


――効かない。


打撃は外殻に弾かれ、

鎌が風を切る。


内側へ入る。

だが――腹の奥が、焼けるように痛んだ。


全国大会前日の刺し傷。

古傷が、踏み込みを鈍らせる。


一瞬の遅れ。


鎌が腹を掠める。


「……っ」


膝が沈む。


「生身で、ここまで来たのは評価します」


怪人が言う。


「だが、人間には限界がある」


両腕の鎌が、振り上げられる。


そのとき――


ブォォォォォォォォン……!


低く、重いエンジン音が夜を震わせた。


集積場に、一台のバイクが滑り込む。


「――遅くなった」


降り立ったのは、

仮面ライダー“新”一号。


明るい緑の仮面。

赤いベルト。

銀色のグローブとブーツ。


そして――

首に巻かれた、赤いマフラー。


夜風を受け、

その端が静かに揺れていた。


江原は、思わず見上げた。


「……先輩」


「驚くのは後だ、江原君」


本郷猛は前に出る。


「時間は、十分に稼いでもらった」


「ここからは、二人だ」


旧一号と、新一号。

影と、本物。


怪人が吠え、鎌を振る。


本郷が正面から受け、

江原が内側へ潜る。


刃を見るな。

柄を見ろ。


体勢が崩れた、その瞬間。


「今だ!」


江原が、走る。


腹の痛みは、もう無視した。


踏み込みと同時に、手刀が怪人の頸部外殻を断つ。


「行くぞ江原君!」


「はい!」


二人は、わずかに距離を取った。


同時に片腕を交差させる。

腰のベルトが起動し、中央の風車が一気に回転数を上げた。

風を噛む音とともに、機構が連動する。


複眼が、鋭く光る。


本郷は正面を切る構え。

江原は、その反対側に身を開いた。

同じ型、同じ駆動原理。

だが、力の流し方は逆だ。


二つの風車が唸り、

空気が震えた。


キュィィィイイイン!!


次の瞬間、二つの影が宙へ跳ね上がった。


「とぅ!」


一直線の軌道。


Wライダーキック。


二つの影が、夜空を裂いた。


両者のベルトが、同時に閃光を放つ。


衝突。


轟音。


火花と炎が、集積場を包み込む。


カマキリ怪人は、地面に叩きつけられ、

大きく身体を震わせた。


鎌が砕け、外殻が裂ける。


「……ば、ばかな……」


瀕死の身体を引きずりながら、

怪人は胸元に手を伸ばした。


金属音。


小さな装置が、露わになる。


「……貴様らも、

 道連れだ……!」


装置のランプが、赤く点灯する。


その瞬間だった。


「――離れろ、江原君」


落ち着いた声。


本郷猛は、すでに後退している。


「自爆装置だ。

 よくある手だ」


江原は一瞬、遅れたが、

本郷の動きを見て反射的に身を翻す。


二人は、同時に距離を取った。


次の瞬間――


爆音。


火球が膨れ上がり、

夜の集積場を飲み込む。


金属片と火花が、雨のように降り注ぐ。


煙が晴れた時、

そこには――何も残っていなかった。


カマキリ怪人は、

断末魔すら上げることなく、

完全に――


爆散していた。


江原は、息を整えながら、

隣に立つ本郷を見る。


「……慣れてますね」


「何度も見てきた」


本郷は短く答えた。


「だから、

 君は生きて立っていればいい」


夜風が、煙を押し流していく。


戦いは、終わっていた。




静寂が戻る。


煙が、夜風に流されていく。


本郷は、ゆっくりと着地した。


「……終わったな」


「ああ」


本郷は、江原を見た。


「君がいなければ、

 この時間は作れなかった」


一拍。


「礼を言う。

 江原君」


江原は、仮面の奥で、わずかに笑った。


「先輩が戻ってきてくれた。

 それで十分です」


本郷は、静かに頷き、バイクに跨る。


「しばらくは、君の街だ」


"新"サイクロン号のエンジンが唸る。


「だが――

 また必要になれば、

 必ず戻る」


サイクロン号は、夜明けの向こうへ走り去った。


江原は、その背中を見送り、

ゆっくりと仮面を外した。


夜が、終わろうとしていた。

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