第4話 限界の影

夜の東京は、隠し事が下手だ。


昼間に塗り固めた建前は、

日が落ちると、路地の奥から滲み出す。


江原真雄は、人気のない通りを歩いていた。

コートのポケットに手を入れ、足音を殺す。


警護会社の仕事ではない。

警察も、関係ない。


これは、個人的な調査だ。


名は――白河恒一しらかわこういち

新興宗教団体に所属する医師。


数年前、金融ヤクザに脅され、

震える声で助けを求めてきた男。


江原は、仕事として彼を守った。

拳を使い、だが誰も壊さず、事態を終わらせた。


その男の名が、

今、街の闇と結びついている。


失踪者。

行方不明。

夜の路地で見つかる遺体。


刃物ではない切断。

湾曲した切り口。


――鎌。


江原の中で、一本の線が繋がった。



宗教施設は、街の外れにあった。


昼は無料診療と救済。

夜は信者だけを集める閉鎖空間。


江原は、裏手の搬入口に回った。

鍵は古い。

開けるのに、時間はかからない。


地下へ続く階段。


降りるにつれ、

空気が変わる。


薬品の匂い。

金属音。

低い呻き声。


地下室。


そこにあったのは、

治療と呼べるものではなかった。


拘束具の付いた手術台。

改造された医療器具。

壁に並ぶ薬品棚。


書類棚の奥。

江原は、一枚のファイルを抜き取る。


そこに刻まれた紋章。


――ショッカー。


記録には、

「適合」「選別」「進化」という文字。


人を救う医師の言葉ではない。


「……やはりな」


江原が呟いた、その時だった。


背後で、

静かな拍手。


「ここまで辿り着くとは、思いませんでした」


振り返る。


白衣姿の白河恒一が、

地下室の入口に立っていた。


表情は穏やか。

かつて守った、あの医師のままだ。


「久しぶりですね。江原さん」


「……説明してもらおう」


江原は、一歩も引かない。


白河は肩をすくめ、

ゆっくりと中へ入ってくる。


「あなたは、守る側の人間だと思っていました。

 拳を使っても、壊さない人だと」


「だから、見逃せと?」


「いいえ」


白河は首を振る。


「理解してほしいだけです」


彼は、机の上に図面を広げた。


地下鉄路線。

換気口。

高層ビル。


線と点が、

東京を覆っている。


「……何をする気だ」


江原の声は低い。


白河は、淡々と答えた。


「浄化です」


「有毒ガスを使います」


躊躇はない。

事実を語る口調だった。


「一度にではありません。

 段階的に。

 混乱を最大化し、

 耐えられる者と、耐えられない者を分ける」


「大量殺戮だ」


「違います」


白河は、静かに否定する。


「進化です。

 残る者だけが、次へ行く」


沈黙が落ちる。


地下室の機械音が、

やけに大きく響いた。


「……止められると思っているのか」


江原が問う。


白河は、少しだけ笑った。


「いいえ」


「この計画を邪魔できる人間は、

 もう限られています」


白河は、江原を見ずに言う。


本郷猛ほんごうたけし

 そして、一文字隼人いちもんじはやと


それだけだ、と言うように。


「彼らは、人間をやめた力を持っている」


白河は、江原を見た。


「あなたのような人は、

 この街を守る側にいるべきだ」


「巻き込まれる前に、

 離れた方がいい」


江原は、答えない。


白河は、それを「理解した沈黙」だと思ったのだろう。


「東京は、

 もう実験場です」


次の瞬間だった。


白河の身体が、沈む。


床を蹴る音。

人間ではあり得ない跳躍。


天井近くを掠め、

影が消える。


残されたのは、

図面と、冷たい空気だけだった。



夜明け前。


警護会社のガレージ。

シャッターが、静かに開く。


中には、一台のバイク。


その傍らに立つ江原真雄は、

すでに仮面ライダーのコスチュームに身を包んでいた。

首に巻いた赤いマフラー、黒と青緑の装甲。

人前に出るための服ではない。

戦うための姿だ。


「……対峙したんですね」


瀧政則が、低く言う。


「ああ」


「向こうは?」


「俺を、脅威だと思っていない」


瀧は、一瞬だけ口元を緩めた。


「それが一番、厄介ですね」


江原は答えず、

手にした仮面を見下ろす。


白河が想定している敵は、二人だけだ。

本郷猛と、一文字隼人。


――そこに、もう一人いる。


江原は、静かに仮面を被った。


瀧が、鍵を差し出す。


「戻れるかは、分からん」


「それでも、行く」


瀧は何も言わず、ただ頷いた。


エンジンが始動する。


ドドドド……


低く、腹に響く音。


バイクはゆっくりと前へ出て、

やがて一気に加速する。


バババババッ――


夜明け前の路地を裂き、

走り去る車体の後ろで、

赤いマフラーが風を受けて大きくなびいた。


瀧は、その後ろ姿を、

ただ黙って見守っていた。


影として。

想定外の存在として。


仮面ライダーは、

白河恒一の潜伏先へ向かう。

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