第2話 三つの顔

夕暮れの東京は、昼の喧騒をまだ引きずっていた。

黒塗りのセダンが、渋滞気味の幹線道路を流れていく。


ハンドルを握るのは瀧政則。

バックミラー越しに、後部座席の男を見た。


「社長、今日はこのまま道場ですよね」


「ああ」


短い返事。

江原真雄は窓の外を見ていた。


黒いスーツの下、身体にはすでに別の装いがある。

事務所を出る前、何も言わずに着込んだコスチューム。

万が一――その一言で、自分を納得させて。


次の瞬間、車列の先が不自然に乱れた。


悲鳴。

何かが倒れる音。


瀧がブレーキを踏む。


「……なんだ、あれ」


歩道に現れたのは、黒装束の集団だった。

顔を覆い、無言で並び、同じ歩幅で進む。


江原の視線が鋭くなる。


「……三十四」


「え?」


「三十四人だ」


黒装束は、合図もなく暴れ始めた。

看板を壊し、人を突き飛ばし、逃げる市民を追い立てる。

動きに迷いがない。

ただの暴徒ではなかった。


――ショッカー。


本郷猛の声が、頭をよぎる。


〈時間を稼いでくれ〉


「瀧」


江原は静かに言った。


「車を、影に寄せろ」


「社長、これ……警察を――」


「間に合わん」


瀧は言われるまま、路肩へ車を滑り込ませた。

エンジンが止まる。


後部座席で、江原はネクタイを外した。

スーツの前を開く。


「……最初から、そのつもりだったんですね」


瀧の声が、わずかに震える。


「ここで顔を出せば、

 江原真雄がやったことになる」


市民にも、

ショッカーにも。


江原はヘルメットを手に取った。


「見るな」


「……はい」


仮面が被られた瞬間、

世界が切り替わった。



最初の一人が、棒を振り下ろす。


仮面の男は半身でかわし、

踏み込みと同時に正拳突き。


腹に深く入った一撃で、相手が崩れる。


続けて二人。


肘打ち。

顎が跳ね、身体が浮く。


背後から掴まれた腕を、仮面の男は捻った。

体を沈め、体落とし。

背中から地面に叩きつけられた戦闘員が、声もなく転がる。


「なに……!?」


四人が一斉に来る。


仮面の男は下がらない。

前に出る。


上段回し蹴り。

顔面に入った衝撃で一人が吹き飛ぶ。


掴んできた相手の懐に入り、上段突き。

顎を打ち上げる。


もう一人が背後から飛びかかる。

仮面の男は腰を切り、大外刈り。


重い音を立てて、相手が倒れる。


――効く。


改造の身体じゃない。

一撃一撃が、確実に重い。


肩に衝撃が走る。

鈍い痛み。


それでも止まらない。


ウンスーの動きが、自然に身体を動かしていた。

受け、流し、崩す。


空手の打。

柔道の投げ。


技は違っても、目的は同じ。


相手を倒し、守る。


黒装束が次々に地に伏していく。


「……仮面ライダー?」


誰かが叫んだ。


その名を、

仮面の男は否定しなかった。


名は捨てた。

守るために。


最後の一人が逃げ出す。

遠くでサイレンが鳴り始める。


仮面の男は振り返らず、

路地の影へと消えた。



数分後。

黒塗りの車の中。


瀧はハンドルを握ったまま、深く息を吐いた。


「……社長」


「忘れろ」


後部座席で、江原はヘルメットを外し、静かに言った。


「今日のことは」


瀧は首を横に振る。


「無理です。

 ……でも」


一度、言葉を切る。


「俺、支えます。

 表に出ないところは、全部」


江原は答えなかった。

だが、その沈黙は拒絶ではなかった。


この日から――

江原真雄は三つの顔を持つ。


警護会社の代表。

空手の指導員。

そして、名を捨てた仮面の戦士。


仮面ライダー1.5号。


戦いは、もう始まっていた。

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