第22話狂犬お市様の狂犬式しのび術
天文十六年(西暦一五四七年)初夏・七月上旬
尾張国・清州城
清州城の朝は、やたら元気だ。
蝉はまだ本気を出してないのに、お市様だけは一年中フルスロットル。
そして私は――桃。
本日の役目は、**「面接の段取り」と「胃痛の管理」**である。
なぜなら、城の中庭に――
伊賀から来た忍娘が三人、正座している。
百地さくら。
藤林あやめ。
服部せつな。
年は十四。顔は可愛い。目は鋭い。
「生き延びたい」という目をしている。切実だ。
その前に立つのが、世界一の美女、狂犬お市様。
……何故かハイブランド。
しかもフルメイク。美人すぎて、まぶしい。
なのに――服は藍染の平服。余計に怖い。
(“地味”って、そういう意味じゃない……)
さらに今日は、手袋すらない。素手。
(……いや、姫様。面接ですよね?)
私が言う前に、藤吉郎が言った。
「姫様……面接は、話を聞くものでは……?」
お市様は世界一美しい笑みで答える。
「聞くぞ」
「では、なぜ素手で……」
「聞く前に、まず――」
お市様が三人に言い放つ。
「完全武装せよ」
三人「はいっ!」
「はいっ!」じゃない。
面接で、まず武装させる姫君を私は初めて見た。
忍娘たちは袖、帯、髪、足袋の内側から、次々と道具を出した。
小刀、手裏剣、煙玉、縄、針、薬草袋。
出るわ出るわ、伊賀のコンビニ。
まつが私の耳元で囁く。
「桃、あれ、どこに隠してたんやろ」
寧々が低い声で返す。
「女には秘密が多いの」
まつ「名言っぽく言うな」
藤吉郎「わしの頭はもう秘密どころか髪も……」
お市様「黙れ。光れ」
藤吉郎「光れって何!?」
■「三人まとめてかかってこい」面接
お市様は腕を組み、軽い声で言った。
「取り敢えず三人まとめてかかってこい」
え、今、面接の第一問がそれ?
さくらが右、あやめが左、せつなが背後。
連携が完璧――さすが伊賀上忍の娘たち。
……のはずだった。
お市様は一歩も動かない。
ただ、目だけが楽しそう。
「遅いの」
次の瞬間。
バゴン!
さくらが宙に浮いた。
(飛んだ。人が。普通に。)
続けて、
スパァン!
あやめが膝をついて、息が止まったみたいに固まる。
最後にせつなが突っ込む。
「うりゃああ! 姫さん! 採用してぇな!」
勢いがイジリ担当そのもの――が、
ゴンッ
お市様の拳骨が落ちた。
せつなが床を転がる。
「いったぁぁぁ! 姫さん! そこ、優しさ出す場面やろ!」
お市様「優しいぞ。死んでおらぬ」
せつな「基準がおかしい!」
藤吉郎が青い顔で震える。
「姫様、面接とは……」
お市様「教育の前座じゃ」
私(桃)「前座が致命的に重い……」
■七度の地獄、そして「大欠伸で飽きた」
お市様は言った。
「もう一度」
三人「……はいっ!」
二度目、三度目、四度目。
三人の動きはどんどん良くなる。
囮、締め、撹乱。伊賀らしい、しぶとい連携。
――殺しに来ている。だが、まだ“帰る場所”のない動きだ。
……なのに。
五度目あたりから、お市様は大欠伸をした。
六度目、お市様は首をこきこき鳴らした。
七度目――
三人が同時に仕掛けた瞬間、
お市様が一歩踏み込み、掌底ひとつ。
ドンッ!
三人まとめて吹き飛んだ。
中庭に、蝉の声だけが残る。
忍娘三人は地面で転がり、白目になりかけている。
お市様は涼しい顔で言った。
「……たいしたことないのー」
三人「……っ」
お市様「大欠伸で飽きた」
三人「えっ!?」
せつなが涙目で叫ぶ。
「姫さん! まだ伸びるって! うちら、努力型やし! ど根性あるし!」
あやめが即ツッコミ。
「せつな! 面接で食い下がるな!」
さくらがぼそり。
「でも食い下がったら根性みせたら採用されるって……」
寧々「誰に教わったのよ、それ」
まつ「たぶん伊賀の地獄先輩」
■医師としての問診(※先に痛めつけた)
お市様の顔が変わった。
“狂犬”ではなく、“医師”の目だ。
逃げ道のない、正確な目。
「つぎは、身体の方を問診じゃ!」
……順番が逆だと思う。
でも姫様は逆の方が好きだ。世の中も逆にするし。
お市様は、三人の脈を取り、瞳を見て、関節の動きを確かめる。
さっきまで吹き飛ばしていた人と同一人物とは思えない。
あやめ「……肋が少し」
お市様「折れておらぬ。打撲じゃ。冷やせ。湯はぬるく」
せつな「額が割れた気がする!」
お市様「割れておらぬ。割れてたら喋れぬ」
せつな「姫さん理論!」
さくら「わたし平気です」
お市様「嘘をつくな。脈が速い」
さくら「……はい」
そして、お市様は小さく言った。
「生き延びよ。忍びは“長く生きた者”が勝つ」
その言葉だけ、ほんとうに慈悲深くて、
私は胃が痛いのを一瞬忘れた。
(この人、時々だけ菩薩が出る。ずるい。)
■採用:狂犬家臣団「狂犬くのいち」=諜報員
問診が終わると、お市様は三人の前に立った。
「結論を言う」
三人「……っ」
「おぬしら、採用じゃ」
三人「……!!」
藤吉郎「え、採用!? 今、七回吹き飛ばしましたけど!?」
お市様「吹き飛んだ程度で折れるなら要らぬ」
お市様は懐から紙を出した。
達筆なのに内容が雑、狂犬印の朱が押されている。
『採用通知
狂犬家臣団 狂犬くのいち
――普段は狂犬堂にて従業員として勤務
一般従業員として教育を受けよ
配属:わらわ直轄・諜報員
以上 お市(狂犬印)』
三人の目が光った。
「……諜報……!」
「……家臣団……!」
「……給金……!」
せつなが小声で言う。
「伊賀より稼げる……」
あやめ「そこか!」
さくら「生活、大事」
お市様は指を折って続ける。
「修行は、わらわと藤吉郎と同じ。早朝からじゃ」
三人「はいっ!」
藤吉郎「はいっ!? じゃない! 地獄じゃぞ!?」
「部屋は――藤吉郎と四人部屋じゃ」
藤吉郎「は?」
私「は?」
まつ「は?」
寧々「は?」
中庭が「は?」で揺れた。
お市様「特別任務を与えるためじゃ。諜報機関としての仕事。普段から仲良くせよ」
せつな「やった! 潜入とか! 盗聴とか!」
あやめ「声がでかい!」
さくら「……藤吉郎さん、よろしくお願いします」
藤吉郎「いや、よろしくって言われても……わし、もう心が……」
お市様が最後に、藤吉郎へ“追い打ちの優しさ”を投げる。
「藤吉郎、女性と同じ部屋じゃ。自重せよ」
藤吉郎「当たり前じゃ!! 誰が何をすると思うた!!」
お市様「顔が光っておるからの」
藤吉郎「それは化粧水のせいじゃ!!」
■寧々、イライラの芽が育つ
……ここで、空気が少し変わった。
寧々が、藤吉郎を見た。
最近の藤吉郎は、狂犬式修行と、化粧品実験の副作用で――
身だしなみが整い、筋肉がつき、背も伸び、妙に精悍になっている。
しかも優しい。
優しいのに、光る。腹立つ。
寧々は笑顔で言った。
「へえ……藤吉郎と四人部屋?」
藤吉郎「これは姫様の命令で――」
寧々「ふーん」
その“ふーん”が怖い。
針の上を歩かされている気分だ。
まつが私に囁く。
「桃、寧々の『ふーん』は地獄の前奏曲や」
私「聞こえます。胃が鳴りました」
寧々は、柔らかすぎる声で追撃する。
「藤吉郎、諜報って夜も動くのよね?」
藤吉郎「任務は姫様が……」
寧々「じゃあ寝る暇ないね」
藤吉郎「……はい……」
お市様が満足げに頷く。
「よし。これで狂犬堂は“表”と“裏”が揃った」
三人の忍娘は深く頭を下げた。
「百地さくら、命、燃やして働きます!」
「藤林あやめ、諜報、磨きます!」
「服部せつな、姫さんの名を轟かせます!」
お市様「うむ。燃やせ」
藤吉郎「燃やすな! 長く生きろって言うたばっかりやろ!」
お市様「長く燃やせ」
藤吉郎「火力調整を覚えろ!!」
私は筆を握り直した。
伊忍道。狂犬式の忍びは、伊賀の忍びとは別物になりそうだ。
そして一番の被害者は――藤吉郎の胃である。
ついでに私の胃でもある。
■桃の祐筆日記
狂犬記/作者:桃
天文十六年(西暦一五四七年)初夏・七月上旬。清州城。
伊賀の忍娘三人の面接。姫様は藍染平服・素手。しかし何故かハイブランドフルメイクで眩しい。
「三人まとめてかかってこい」で開始し、一瞬で吹き飛ばすのを七度。姫様曰く「たいしたことないのー、大欠伸で飽きた」。面接とは。
その後、医師として問診。順番は逆だが診断は的確。
三人は採用――狂犬家臣団「狂犬くのいち」。普段は狂犬堂で従業員として教育、配属は姫様直轄の諜報員。
そして衝撃の四人部屋:藤吉郎+忍娘三人。姫様は藤吉郎に「自重せよ」と命じた。
当然だが、なぜか藤吉郎が一番動揺している。
寧々は最近の藤吉郎が、身だしなみと筋肉と背丈で“光る男”になってきたので、少し好きになりかけているらしい。
その反動でイライラも育っている。
私は胃が痛い。
だが、狂犬堂は確実に強くなる。表の商い、裏の諜報。
明日から、もっと胃が痛い。
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