第21話 狂犬お市様の狂犬式販売員募集 その二 ――募集面接官、開始
天文十六年(西暦一五四七年)初夏・七月上旬
尾張国・熱田
熱田の朝は、潮の匂いと、商人の怒鳴り声と――姫様の号令で始まる。
「そこの箱! 口紅は日陰! 溶けたら価値が落ちる!」
「はいっ!」
「乳液は割れる! 藁は倍! 緩衝材をケチるな!」
「はいっ!」
「藤吉郎、走れ。走りながら数を数えよ」
「無茶です! ……はいっ!」
(……開店準備って、戦なの?)
私は筆を握り、淡々と記す。
狂犬記/作者:桃。
熱田の一等地に、深紅の暖簾が揺れている。
『狂犬堂』
家臣団――藤吉郎、寧々、まつ、そして私――は、店へ在庫を搬入し続けていた。
倉はぎゅうぎゅう。荷は山。汗は滝。胃は痛い。
寧々が棚を見て、すぱっと指示する。
「化粧水、入口に“見本”置く。客はまず香りで落ちる」
まつが即座に乗る。
「ほな、横に石鹸や。手ぇ洗わせて、肌つるつる体験。勝ちや」
藤吉郎が、光りながら頷いた。
「なるほど……体験で心を掴む……」
寧々「黙っとき」
まつ「光ってるだけで十分や」
藤吉郎「え、ひどい!」
(※最近、藤吉郎はお市様の“実験”で肌ツヤが異常に上がり、なぜか“発光する男”になった。本人は納得していない。)
■勤務体系、確定版(※姫様のお達し)
お市様は、店の奥で、拳をぽん、と手のひらに打ちつけた。
「よし。桃、張り紙を書け」
「はい」
「勤務の仕組みを、まず叩き込む。働き方が分からぬ者は、売り方も分からぬ」
寧々が小声で。
「姫様、たまに経営者っぽい」
まつも小声で。
「たまにやなくて、たまに“悪魔”や」
お市様は堂々と宣言した。
「狂犬堂は――土曜・日曜の二日だけ休み」
藤吉郎「店が休みで助かる……」
お市様「店が、じゃ」
藤吉郎「……嫌な予感」
「営業時間は午前十一時から十七時」
「短いと思うな。短いほど、密度で勝つ」
「密度?」と私が聞くと、
「美貌と圧で勝つ」
寧々「販売術ちゃう」
まつ「恐喝や」
藤吉郎「やっぱり!」
次に、お市様は“一般従業員”の勤務をはっきり言った。
「一般従業員は――月~土勤務、日曜休み」
面接待ちの列がざわめく。
店は土日休みなのに、土曜も来る? と。
お市様はさらっと補足した。
「土曜は教育日。店は休む。人は育てる。以上」
(以上、で片づけるのが姫様である。)
列の女性たちが、顔を見合わせる。
厳しい。だが――妙に筋が通っている。
そこへ、お市様が“最後”を突き刺すように付け足した。
「なお――」
幹部四人が、反射で背筋を伸ばした。
嫌な予感が、正解だった。
「狂犬家臣団幹部――藤吉郎、桃、寧々、まつは」
「三百六十五日二十四時間勤務」
「休みは、わらわの気分次第」
「そのぶん給料待遇が違う」
寧々「……はい(納得してない)」
まつ「……はい(もう慣れた)」
私「……はい(胃が痛い)」
藤吉郎「……はい(えっ!?)」
お市様は、さらっと注釈まで読み上げた。
「※藤吉郎は、婿兼弟子ゆえ、特別任務あり」
藤吉郎「助かった……のか? それ、もっと怖いやつでは?」
お市様「うむ、怖い」
藤吉郎「認めるんだ!?」
■募集面接官、開始
開店準備に余念がない――どころではない。
人が来る。次々来る。列が伸びる。熱田がざわつく。
「姫様! 面接希望、もう……列です!」
私が報告すると、お市様は即答した。
「よし。面接じゃ」
募集のチラシを見て、様々な女性が集まっていた。
町娘、農村娘、商家の娘。
目が燃えている者もいれば、不安で震える者もいる。
その中でも――
空気が、明らかに違う三人がいた。
姿勢がいい。足音が薄い。視線が静かに鋭い。
(……忍び?)
藤吉郎が小声で言うと、お市様の口角が上がった。
「ほう。目を引く三人……良い」
寧々「姫様、目が“狩り”です」
まつ「姫様、拾う気満々や」
私「胃が痛いです」
■採用は“医師の問診”で決める(ほんまに天才医師)
お市様は白衣――ではないが、それっぽい白い上衣を羽織った。
似合いすぎて、列が一斉に黙る。
「よいか。わらわは医師じゃ」
「ゆえに採用は、まず――健康で決める」
「倒れる者はいらぬ。働ける者を採る」
そして、問診が始まった。
「睡眠は?」
「食は?」
「腹を壊しやすいか?」
「立ち仕事に耐えられるか?」
「湯浴みは毎日できるか?」
「清潔は守れるか?」
「秘密は守れるか?」
「嘘は――必要な時だけつけるか?」
寧々「最後、嫌なリアル」
まつ「商売は戦やからな」
藤吉郎「姫様、現実が刺さるんですよ!」
お市様は、脈を取り、目を見て、肌を見て、手の荒れを見て、姿勢を見た。
まるで――人材を“診察”している。
「この子は栄養が足りぬ。ちゃんこで育てる」
「この子は手先が良い。瓶詰め向き」
「この子は目が良い。化粧の色合わせ向き」
「この子は声が通る。呼び込み向き」
「この子は笑顔が硬い。鍛える」
(鍛える、が怖い。)
そして、お市様は指を折って数えた。
「――二十人。採用」
採用された女性は、涙ぐみ、頭を下げた。
不採用になった女性も、悔しさを噛みしめながら、列の端に下がる。
ここで――
お市様は、普通の雇い主がしないことをした。
■採用漏れには、お市様の自筆手紙(雑)
「桃」
「はい」
「採用漏れの者の中にも、要る人材がいる」
「清州と津島を開く時に備えよ」
寧々が目を丸くする。
「姫様、ちゃんと将来見てる……」
まつが頷く。
「たまに経営者や」
藤吉郎がぼそり。
「たまに、じゃなくて、普段から怖いだけでは……」
お市様は筆を取った。
達筆――だが内容は雑。
一通ずつ、必要な娘に“呼び状”を書いていく。
「――ええか。清州、津島で働く気があるなら、腕を磨いて待て」
「手紙をもらった者は、縁がある」
「縁は、掴め。掴まぬ者は、変われぬ」
不採用の娘たちが、信じられない顔で受け取る。
泣く者もいた。
「……私、また来ていいんですか」
「よい」
「……ありがとうございます」
「礼は不要。次は成果で返せ」
(姫様、たまに本当に“姫様”じゃなく“人の上”だ。)
■目を引く三人、前へ
最後に、お市様が列の“空気の違う三人”を呼んだ。
「そこの三人。前へ」
三人が揃って一歩出る。
揃いすぎて、もう確定だ。
「名を言え」
「百地さくら」
「藤林あやめ」
「服部せつな!」
藤吉郎が、喉を鳴らす。
「伊賀……」
寧々「苗字が強い」
まつ「絶対ふつうの販売員ちゃう」
お市様は、医師の目で三人を見て――
次に、狂犬の目になった。
「……よし」
「採用――と言いたいところじゃが」
三人が一瞬、身構える。
「おぬしらは特別枠じゃ」
「明日また来い」
「面接は、わらわが直にやる」
三人は、笑顔で頭を下げた。
笑顔が綺麗すぎて、逆に怖い。
藤吉郎「……特別枠って、地獄の予告ですよね」
私「はい。ほぼ確実に」
お市様は、にやり。
「地獄? 違うぞ」
「――就職じゃ」
(言い換えただけだ。)
◉桃の祐筆日記
狂犬記/作者:桃
天文十六年(西暦一五四七年)初夏・七月上旬。
熱田の狂犬堂、開店準備が佳境。
店は土曜・日曜の二日休み。営業時間は十一時から十七時。
一般従業員は月~土勤務で日曜休み。
月~金は修行・勤務・勉強。土曜は教育日。
月~金曜日
修行 05:00~09:00
湯浴み・身だしなみ・朝食 09:00~10:00
勤務 10:00~18:00(昼休み1時間・交代)
夕食 18:00~19:00
勉強 19:00~21:00
湯浴み・就寝 21:00
土曜日(店は休み/教育日)
修行 05:00~09:00
湯浴み・身だしなみ 09:00~
読み書き算盤 10:00~12:00
昼休み・昼食 12:00~13:00
販売・笑顔・化粧 13:00~15:00
華道・茶道・書道 15:00~17:00
自由時間 17:00~
幹部(藤吉郎・桃・寧々・まつ)は三百六十五日二十四時間勤務。
休みは姫様の気分次第。待遇は良いが、胃は痛い。
本日、面接で二十人採用。
姫様は医師として問診と身体チェックで即決。
ほんまに天才医師。ほんまに圧迫。
そして採用漏れの中から、清州・津島の開店準備として
“要る娘”に姫様が自筆の手紙を渡した(内容は雑)。
けれど、受け取った娘の目が変わった。
最後に、目を引く三人。伊賀のくのいち。
明日、特別枠面接。
私は知っている。姫様の「特別」は、だいたい事件である。
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