第19話 狂犬お市様の狂犬式 「狂犬の中の狂犬化計画」
天文十六年(西暦1547年)初夏・五月下旬
尾張の風はぬるく、田の水面が陽を跳ね返して、目が痛いほど眩しかった。
中村――いまや「中村村」ではない。
誰がどう見ても、「中村シティ(※当時そんな言葉はない)」である。
水路は通り、護岸は固まり、溜め池は巨大。
菜種は風に揺れ、水車小屋が回り、藍の染め場からは青い匂いが立つ。
田んぼには鯉が泳ぎ、畑は直線、直角、水平。意味がわからないほど整然としていた。
藤吉郎「……ここ、わしの実家の近所よな? 異世界転移した?」
桃「異世界ではなく、お市様が“世界”を作り替えた可能性が高いです」
寧々「子どもらが武家屋敷に集まって、ちゃんこ鍋食べて、勉強して帰っていくって何?」
まつ「給食付き寺子屋とか、未来すぎひん? うち、腹減った」
藤吉郎「お前は腹しか減らんのか!」
まつ「腹減ってる時の怒りは戦より怖いで」
桃「尾張小ネタ:尾張は味噌が命です」
藤吉郎「ここ戦国だぞ!? 現代のグルメ評論やめろ!」
そこへ――
豊臣号が軽く鼻を鳴らした。
馬上から降りたお市様は、世界一の美貌(本人談)で、世界一の当然顔をしていた。
お市様「よいか。今日は“会議”じゃ」
藤吉郎「嫌な予感しかしない!」
お市様「安心せよ。逃げ道は用意しておらぬ」
藤吉郎「安心できるかぁ!」
■ 清州城・倉庫会議室(寧々&まつの部屋)
清州城に戻るや否や、お市様は廊下で急に立ち止まった。
そして振り返り、異様に真剣な顔で言った。
お市様「……誰も聞いておらぬな?」
桃「はい」
お市様「監視もおらぬな?」
桃「おりません」
お市様「本当に、誰もおらぬな?」
藤吉郎「三回聞くのやめて!? 怖いから!」
寧々「姫様、なんか“極秘”の顔してる……」
まつ「極秘って、だいたい寝れへんやつやん……」
お市様はズンズン歩いて、寧々とまつの部屋――通称“倉庫”――の戸を開けた。
中には古布、桶、薬草、木槍、なぜか分厚い紙束。
生活と戦の境目がない。
お市様「ここが良い」
寧々「ここ、うちらの部屋いうか倉庫いうか!」
お市様「狭い。ゆえに逃げ場がない。会議向き」
まつ「会議室の定義が狂犬すぎるわ!」
灯りが点く。
汗と薬草と布の匂いの中、長時間会議が始まった。
お市様「狂犬家臣団よ。稼ぎ方を言え。案を出せ。なんでもよい。わらわは優しいからの(雑)」
藤吉郎「“優しい”って言う時ほど雑に殴るよな?」
お市様「殴らぬ。タコ殴りじゃ」
藤吉郎「殴ってるぅ!」
■ みんな必死に案を出すが、パッとしない
藤吉郎「米を売る……?」
お市様「それで終わりじゃ。雑」
藤吉郎「雑って言うなぁ!」
寧々「反物を売る。藍染もあるし、機織りも回ってる」
お市様「よい。だが“村”の稼ぎ止まりじゃ。尾張・伊勢まで流行にせねば跳ねぬ」
寧々「跳ねるって何!?」
桃「帳簿を整え、無駄を削り、積立を――」
お市様「守りじゃ。攻めが足らぬ」
桃「ぐ……(正論)」
まつ「屋台! ちゃんこ鍋! 団子! 煎餅! 腹が満ちれば財布が開く!」
お市様「よい。だが二十万貫には届かぬ」
まつ「に、にじゅうまん……?」
寧々「貫って、銭の貫!?」
藤吉郎「算盤が泣くわ!!」
お市様が、にやりと笑った。
お市様「中村でとれる米は二百石」
藤吉郎「うん」
お市様「これを――一年で二十万貫にする!」
――倉庫の空気が止まった。
藤吉郎の脳内に、算盤が十枚飛んだ。
藤吉郎「待て待て待て! 二百石がどう転がったら二十万貫になる!?」
桃「算盤の悲鳴が聞こえます」
まつ「算盤って鳴くんや」
寧々「鳴く。今鳴いてる」
お市様「わかるかな?」
と言って、紙束をドン。
そこには大きく――
『化粧品』
藤吉郎「……夜な夜な実験してたの、それか!」
桃「(嫌な予感)藤吉郎様の頭皮が狙われます」
藤吉郎「やめろ、予言すな!」
■ 狂犬式・商品設計(やたら具体的)
お市様「まず“おしろい”」
寧々「おしろいは女の命や」
お市様「米粉、胡粉、油、蜜蝋。重さは“薬研で擦って、升で合わせる”。指で触って“粉のキメ”で決めよ」
藤吉郎「急に職人だ!!」
まつ「姫様、料理みたいに言うやん」
桃「分量が具体的すぎて、筆が追いつきません」
藤吉郎「米粉って……二百石が粉になる未来しか見えん!」
お市様「次、“化粧水”」
桃「蒸留水と薬草、ですね」
お市様「封に蜜蝋。薄く口止めじゃ。運ぶ時に漏れると信用が死ぬ」
寧々「容器も大事やで。布で包んで“可愛い”にせな」
お市様「それは寧々の仕事じゃ」
お市様「次、“口紅”」
まつ「紅花!? 高い!」
お市様「だから高く売れる」
藤吉郎「理屈が強すぎる!」
お市様「他にも、乳液、保湿材……等じゃ」
藤吉郎「“等”で済ますな! 等で!」
お市様「等は便利じゃ」
藤吉郎「便利にするな!」
――その時。
桃が、ふと帳面から目を上げた。
桃「……姫様。紅花と胡粉と蜜蝋。材料が“全部高い”です」
お市様「だから価値が出る」
桃「……供給が足りません」
倉庫の空気が、もう一段冷えた。
藤吉郎「ほら来た! 現実が来た!」
寧々「それ、どこで手に入れるん……?」
まつ「また“つけとけ”は無しやで!?(トラウマ)」
お市様は、笑った。
お市様「……だから、藤吉郎」
藤吉郎「嫌な呼び方!!」
お市様「“道”を押さえるのじゃ」
■ 宣伝の核は“熱田ライブ”と“美の連鎖”
お市様「尾張伊勢の女子衆は、熱田の三味線ライブを見に来る」
まつ「出た、伝説製造機」
桃「中村の握手会で既に実績があります」
藤吉郎「握手会って言うな!」
お市様「そこで――化粧をして美しいわらわ」
寧々「うん」
お市様「化粧をして美しい寧々」
寧々「(照)……うん」
お市様「化粧をして――」
まつ「美しまち!!(ドヤ)」
寧々「まつ、語尾いらん」
藤吉郎「勝手に名乗るなぁ!」
お市様「そして、光輝く藤吉郎」
藤吉郎「最後にオレを光らすな!!」
桃「(輝く=反射)」
まつ「(反射=頭)」
寧々「(頭皮=宣伝)」
藤吉郎「目で会話すなぁ!」
お市様「女子衆も男衆も憧れる。“なりたい”と思う。憧れは銭を動かす」
桃「“憧れ”は最強の通貨です」
お市様「さらに、熱田で“三ヶ月に一度”ライブをやる」
藤吉郎「定期公演!?」
お市様「定期は信用じゃ。信用は金じゃ」
藤吉郎「最後が強い! そこだけ強い!」
■ 役割分担(逃げ道ゼロ)
お市様「決めた」
藤吉郎「はい……(諦)」
お市様「藤吉郎、熱田の商人と船頭に当たれ。伊勢湾の道を押さえよ」
藤吉郎「草履取りの守備範囲を越えたぁ!」
お市様「越えよ」
藤吉郎「命令形やめろぉ!」
お市様「桃、帳簿。原料、製造、売上、船賃、蜜蝋の減りまで見えるように」
桃「……はい!(燃える)」
お市様「寧々、容器と包み、見栄え。女は“可愛い”に弱い」
寧々「任せて。うち、縫うのは天才や」
お市様「まつ、屋台と食。腹を満たして財布を開かせよ」
まつ「腹は正義や!」
お市様「わらわは、熱田で美しく弾く」
藤吉郎「そこが一番ラクじゃない!?」
お市様「命がけじゃ。美を維持するのは修羅」
桃「(確かに修羅)」
寧々「(毎日稽古してるもんな)」
まつ「(口紅増えるし)」
こうして、倉庫会議室で決まった“狂犬の中の狂犬化計画”は、静かに――だが確実に動き出した。
ただ一つ。
計画の匂いを嗅ぎつけた者が、すでに外にいた。
◉桃の日記(狂犬記)
天文十六年(西暦1547年)初夏・五月下旬 夜 清州城・倉庫
本日、お市様は三度「誰も聞いておらぬな?」と確認されました。
三度確認される時は、だいたい“爆弾”が投下されます。
投下されたのは「米二百石を一年で二十万貫にする」でした。
算盤が燃える匂いがしました。私の胃も燃えました。
計画は異様に具体的です。
化粧品の分量が数字で出てきました。
(米粉、胡粉、油、蜜蝋……覚えてしまいました)
恐ろしいのは、皆が途中から「……できるかも」と思い始めたことです。
藤吉郎様は叫びながら、熱田の商人に当たる顔になっていました。
寧々様は容器の包みを考え始めました。
まつ様は“腹は正義”を再確認しました。
追伸:
会議の後、廊下の影に“白粉屋”がいました。
私の見間違いであれば良いのですが、
あの目は「流行を潰す目」でした。
胃薬の在庫を増やします。
あと、藤吉郎様の頭用の保湿クリームも。
――以上。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます