第15話 狂犬お市様の狂犬式面接試験 ――寝起きの姫、面接官になる(最悪)――

狂犬記/作者:桃(お市様祐筆)

天文十六年(西暦1547年)四月下旬 春

清州城・お市様の御座所(=稽古場の隣、物が壊れがちな部屋)

朝の清州城。

春の風はやわらかく、城下は平和――のはずなのに、こちらは地獄である。

「藤吉郎、まだ終わらぬぞ」

「は、はいっ……!」

「腕立て百……いや、千まで行こうかの」

「雑に数字盛るのやめてください……!」

私(桃)は、筆と帳面を抱えたまま、壁際で震えていた。

お市様(十歳)は、朝から稽古に邁進。

そして、弟子の藤吉郎殿を――容赦なく追い込む。

「ほれ、腹筋!」

「も、もう腹筋が腹筋じゃなくなってます!」

「意味がわからぬ。続けよ」

「意味わかってるくせに!」

二点一流の打ち込み、極真の組手、合気の受け身。

最後は豊臣号での疾走(お市様は涼しい顔で乗馬、藤吉郎殿は地面を走る)。

そして――昼。

■ ちゃんこ鍋(雑)からの、昼寝(本命)

湯浴みを済ませたお市様は、髪を結い直し、涼しげに言った。

「昼餉じゃ。今日は、狂犬式ちゃんこ鍋じゃ」

「また“雑”って言われるやつだ……」と藤吉郎殿が呟く。

鍋は味噌と昆布でだしを取る。

具は、鶏、葱、芋、豆腐、適当な葉物。

――尾張の味噌は濃い。清州の台所は、だいたい味噌で勝てる。

「藤吉郎、卵は湯でて食べよ。一日二十個じゃ」

「人間の上限ってものがあるんですけど!?」

「大丈夫じゃ。わらわが医師じゃ」

「その医師、患者を増やしてません!?」

お市様は、もぐもぐ食べる。

美人の食事は絵になる――のだが、食べ方が武士である。

「よし。食うた。寝る」

「え、今ですか?」

「稽古の後の昼寝は、最強の回復じゃ」

「それはわかるけど、言い方がラスボス……」

お市様は、ふかふかの布団に転がり、丸くなって、すぐ寝息を立てた。

世界一の美人が昼寝している。

……平和の象徴である。

ただし、起こすと災害になる。

藤吉郎殿は、私にだけ聞こえる声で言った。

「桃……今が一番平和だな……」

「ええ……嵐の前の静けさです……」

そのとき。

■ 「姫様、面接です」=死刑宣告

「姫様」

私は、そっと声をかけた。

声量は羽虫。息も細い。

「……面接を受けたい方が……二名……参っております……」

ぴくっ。

お市様の眉が、ほんの少し動いた。

寝返りを打ち、布団の中でゴロゴロする。

「……めんどくさいのー……」

(出た。寝起き第一声が“めんどくさい”。)

「誰じゃ……昼寝の邪魔するのは……」

「……木下寧々様と、前田まつ様でございます……」

布団の中が静止した。

次の瞬間――

「ほー……寧々とな」

「まつとな」

お市様は、布団から起き上がった。

髪が乱れているのに、顔面が完璧である。

これが世界一の暴力――いや、美貌。

藤吉郎殿が、青ざめた。

「……嫌な感じしかしない……(T_T)」

「藤吉郎殿、顔に“死”って書いてあります」

「書いてない! でも心には書いてある!」

お市様は、欠伸をひとつしてから、私に言った。

「桃、座敷を整えよ」

「はい」

「藤吉郎、立て」

「え、俺も?」

「おぬしは圧じゃ」

「俺、圧としての人生だったの!?」

■ 面接会場:清州城・座敷(恐怖)

座敷には、お市様が上座。

私は筆を持って横。

藤吉郎殿は後ろ、なぜか仁王立ち。

(“圧”と言われた男の姿である。)

「通せ」

お市様が、指先で合図する。

襖が開き――

入ってきたのは、二人の少女。

一人は、やわらかい雰囲気で目が真っ直ぐ。

でも、心の奥に“粘り”が見える。

――木下寧々。

もう一人は、姿勢が良く、元気で目が強い。

歩くだけで空気が明るくなる。

――前田まつ。

二人とも、尾張の町娘にしては、妙に品がある。

それでいて、勢いがある。

若いのに腹が据わっている。

二人は座敷に膝をつき、礼。

「木下寧々にございます」

「前田まつにございます」

お市様は、寝起きの顔で言った。

「……よい声じゃ」

「え?」

「声は大事じゃ。店では声が売上を決める」

寧々「は、はい……!」

まつ「売上……?」

藤吉郎殿が小声で私に囁く。

「……面接なのに、もう商売の話だ……」

「お市様の頭の中は、常に事業計画です……」

■ 圧迫面接:第一問「覚悟はあるか」

お市様は、頬杖をついた。

「そなたら、何しに来た」

寧々「……お市様に、お仕えしたく……」

まつ「……働いて、稼いで、綺麗になって、強くなりたく……」

お市様は、笑った。

ケラケラではない。

“試す笑い”だ。

「綺麗になりたい?」

まつ「はい!」

「強くなりたい?」

まつ「はい!」

「稼ぎたい?」

まつ「はい!」

「……欲張りじゃの」

まつ「はい!!」

(この子、強い。)

お市様は寧々を見る。

「寧々」

寧々「は、はいっ」

「そなたは何を武器にする」

寧々「……和裁、洋裁……縫製……料理……」

「ふむ」

寧々「……それと……子供が好きです」

「子供好きは、才能じゃ」

寧々「……え?」

「人材育成は国を作る」

寧々の目が、きゅっと潤む。

褒められ耐性が低い。

泣き上戸の素質がすでにある。

藤吉郎殿が、また小声で。

「……寧々殿、落ちたな」

「何にです?」

「姫様に、です」

「早すぎます」

■ 圧迫面接:第二問「地獄は平気か」

お市様は、畳を指でとんとん叩いた。

「言うておく」

「狂犬家臣団は、楽ではない」

寧々「覚悟しております」

まつ「へっちゃらです!」

「週の休みは?」

まつ「えっ」

「知らぬなら、教えてやる。気分次第じゃ」

寧々「気分……」

まつ「気分……!」

藤吉郎殿が、耐えきれず口を挟む。

「姫様、そこは週一とか……」

お市様「黙れ圧」

「俺、圧って呼ばれてる!!」

お市様は、にっこり笑って――言った。

「幹部になれば、給与は厚待遇じゃ」

寧々「……給与……」

まつ「……厚待遇……」

「ただし、激務じゃ」

まつ「えっ」

「わらわ基準じゃ」

寧々「……わらわ基準……」

藤吉郎殿が、肩を落とした。

「……俺が生き証人だ……」

私「……頭が光ってますし……」

藤吉郎「言うな!!!!」

■ 圧迫面接:第三問「料理、裁縫、度胸」

お市様は、突然立ち上がり、座敷の端の台を指さした。

そこには、布と糸と針、そして大きめの包丁と野菜籠。

「寧々」

寧々「はいっ」

「この布で、半刻で小袖の型を取れ」

寧々「え、今ここで!?」

「まつ」

まつ「はい!」

「この野菜で、味噌汁を作れ。だしは昆布じゃ」

まつ「え、今ここで!?」

寧々「お市様、火が……」

お市様「台所へ行け」

まつ「味噌はどれです?」

お市様「尾張は味噌が正義じゃ。好きなの使え」

まつ「雑!!」

お市様「それが尾張じゃ」

寧々は、針と糸を手に取った瞬間、目つきが変わった。

手が速い。寸分狂いなく型を取る。

まるで職人。

まつは台所へ走り、城の者を巻き込みながら鍋を出す。

「すみませーん! 昆布どこですー!」

「味噌、赤と白、どっちですー!」

「え、両方? 合わせ? 尾張ってどっち!?」

城の女中衆が笑い、助ける。

まつはどんどん場を明るくしていった。

これも才能だ。

藤吉郎殿が感心して言う。

「……この二人、強い」

私「はい。狂犬に噛みついて、逃げない目です」

そして半刻後。

寧々は、型を完璧に出した。

まつは、味噌汁を出した。

しかも――うまい。

お市様は、味噌汁を飲み――

「……うむ」

まつ「ど、どうですか!」

「合格じゃ」

まつ「やった!!」

寧々の型紙を見て――

「……うむ」

寧々「ど、どうでしょうか……!」

「合格じゃ」

寧々「……っ!(嬉し泣き寸前)」

藤吉郎殿が、さらに不安そうに呟く。

「……姫様が“合格”って言った……」

私「はい……次に来るのは……辞令です……」

藤吉郎「やっぱり!!」

■ 最終圧迫:「忠義の先は?」

お市様は、二人を真正面から見た。

「最後に聞く」

「そなたら、わらわに仕えたいと言うた」

「その忠義の先に、何を見る」

寧々は、息を吸った。

「……私は……」

「誰かの役に立ちたいです」

「子供が好きで……皆が笑ってる家が、好きで……」

「……でも、私一人では、何も変えられない」

「だから、お市様のそばで学びたいです」

まつは、まっすぐ言った。

「私は、負けたくない」

「男に、世間に、運に」

「努力が報われる場所で、走りたい」

「お市様のとこなら、走れそうです」

お市様は、少しだけ目を細めた。

寝起きのめんどくささが消え、

“狂犬の目”になった。

「……よい」

「採用じゃ」

寧々「……っ!!」

まつ「よっしゃ!!」

藤吉郎殿が、私にだけ聞こえる声で言った。

「……俺の地獄が増えた……」

私「……はい。仲間が増えます」

藤吉郎「仲間って言い方やめて!」

お市様は、さらりと言った。

「明日から来い」

「まずは――稽古じゃ」

寧々「稽古……?」

まつ「稽古……?」

お市様「狂犬家臣団は、合気が必須じゃ」

藤吉郎「最初から地獄を見せるのやめてください!!」

お市様は、ふっと笑った。

「では、昼寝の続きじゃ」

「桃、片付けよ」

「……はい」

「藤吉郎、ついて来い」

「え、俺も昼寝?」

「違う。追加稽古じゃ」

「うわああああ!!」

寧々とまつは、顔を見合わせた。

寧々「……藤吉郎様、大丈夫でしょうか……」

まつ「……あの人、もう髪ないもんね……」

藤吉郎「聞こえてる!!」

座敷が笑いに包まれた。

春の清州は、今日も騒がしい。

◉桃の感想(祐筆)

お市様の面接は“面接”ではない。“試験”であり、“選別”であり、“採用後の地獄の予告編”である。

寧々様は、技術と情の人。褒めると伸びるが、重くなる予感がある。

まつ様は、場を明るくする天才。体力と胆力があり、現場で強い。

藤吉郎殿は、二人が入ったことで喜ぶより先に絶望していた。だが、これは組織にとって正しい反応である。

お市様は“女で国を回す”気が本気だ。怖い。

◉桃の日記(狂犬記)

天文十六年(西暦1547年)四月下旬 春

本日、清州城にて面接二名。

木下寧々様、前田まつ様。

お市様は昼寝中に起こされ不機嫌だったが、候補者の名を聞いた途端に起床。

圧迫面接を行い、裁縫・料理・度胸を確認。

二名とも採用。

藤吉郎殿は地獄が増えると嘆くが、本人の意図を理解しようと努力しており、学びが深まるだろう。

――明日から稽古が始まる。城の物が壊れないことを祈る。

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