第四話 伝承
「あの、翔び雪に関する本ってありますか?」
声をかけられた受付の図書委員は顔を上げた。彼女はきょとん、と翔子を見つめ、「ああ、転校生の」と呟いた。どうやら翔子が転校してきたことは他のクラスにも知られているらしい。
「郷土資料のコーナーにあるかと」
「ありがとうございます」
翔子は一礼し、Y市に関する書籍が収められている棚の前に立った。『Y市の成り立ち』、『江戸時代の地域民俗学』、『戦中・戦後のY市』、『地場産業史』、『山神と遥かな海』、……。
本棚を上から下まで眺め、彼女は気になる本をいくつか手に取った。
「お目当ての本はありましたか?」
声のした方を見ると、先ほどの図書委員が立っていた。小柄で、黒縁眼鏡におさげ。いかにも文学少女という出で立ちは、彼女が本の虫だということを物語っている。
「はい。これと……、あとこれ」
翔子は手にした本を示した。『この地における雪の影響について』、そして、『うさぎと農民』の二冊である。
「お、それね」
図書委員は感嘆の声を上げた。
「この辺じゃ、雪とウサギは関係が深いので」
「そうなんですか」
「同級生だし、敬語じゃなくていいよ。二年生だよね? わたし、
胸の名札を指差して珠代は言った。セーラー服と同じ紺の布地が縫い付けられ、青い字で彼女の名が記されている。
「私は寒川翔子。この前転校してきたの」
「知ってる。初日から災難だったね。いきなり翔び雪だなんて」
翔子が名乗ると、珠代は宥めるように言った。
「うん……。でも、私が翔び雪のこと知らなくて、鷲尾さんとの約束破っちゃって、嫌われちゃったんだ」
「あぁ……」
思い出すような声が珠代の口から漏れた。千冬の交友関係は広い。きっと一年生の頃も、今のようにクラスの中心だったのだろう。珠代が以前から千冬のことを知っていれば、彼女の言動の理由も分かるのかもしれない。
「ねぇ、鷲尾さんの様子が初日とずいぶん違うんだけど、そういう人なの?」
翔び雪が引き金となり、転校二日目の記憶が蘇ってきた。一体なぜ、千冬は変わってしまったのか。あの日以来ずっと考えていた疑問が口をついて出た。
珠代は辺りに人がいないことを確認すると、小声で答えた。
「約束を破られるのが大嫌いなの、千冬は。ご両親と旅行に行く予定だったんだけど、仕事でどうしても行けなくなったことがあるとかで」
「そう、なんだ……」
翔子は得心した。それに、何だか分かる。自分だって、約束を破られるのは嫌だ。
「どうすれば仲直りできるかな? それとも、もう無理なのかな」
弱音が零れた。というより、引き出された。相談事をクッションのように受け止めてくれる珠代の優しさに甘える自分が浅ましくて、みっともない。
「話せば分かってもらえると思うけど……」
「でも話しかけようとするとどこか行っちゃうの。避けられてるみたい」
翔子が最近の様子を語ると、珠代は少し考え、言った。
「翔び雪の日、どうして外に出たの? いや、責めてるとかじゃなくて、単純に理由を訊きたいだけ」
「え? あの時は卯野くんが一人でマットを運んでたから手伝おうと思って」
「あ~」
珠代は大きく息をつき、さらに小さい声で翔子の耳元で告げた。
「あの子、卯野くんのこと好きなんだと思う」
「へ!」
「静かに」
翔子が驚いて声を上げるとすぐに珠代は口元で人差し指を立てた。
「ごめん」
「そんなに驚くことかな? 見てたら分かるじゃん」
「そういうことには疎くて」
しかし思い返せばそうかもしれない。休み明けは土産の菓子を渡していたし、授業で分からないことはよく彼に訊いている。卯野は長身で顔立ちも整っており、距離感が近く天然なところもあるが、それも含めて彼の魅力だし、他にも翔子の知らないことがあるのかもしれない。
「去年、卯野くんは高跳びで県大会出たんだよね。それで結構な人気になったんだよ」
「へえ」
「特に千冬はね。獲物を狙う猛禽類みたいな目してる」
冗談混じりに珠代は言った。そして、「あ、そういえば」と、翔子が手にする本に目をやった。
「ごめん、話が逸れたね。翔び雪はね、ウサギと関係が深いんだよ」
珠代は『うさぎと農民』を手に取り、ぱららとめくると、ほら、と指し示した。
「ウサギはね、この辺じゃ神様だと信じられてるんだよ。昔、お百姓さんが農作業をしていた時、野ウサギがお百姓さんに言ったの。『もうすぐ槍が降ってきます。早く家にお帰りください』って。ウサギが人の言葉を話すことも、ウサギが話すことも信じられなかったけど、『早く!』と激しく言うウサギに押され、お百姓さんは農具をそのままに家に入った。すると、雷が鳴り、槍のように鋭い雪が降り始めたの」
「それで、神様に?」
「そう。危険を知らせて守ってくれる神様。それ以来、ウサギは神様として祀られてるんだよ。でね、翔び雪は危険だけど豊作の兆候でもあるの。だから、試練とも言われてるんだ」
「へえ……」
「借りてく? 期間は一週間だけど」
「うん。無知だから勉強しないと」
「そんなに卑下しなくていいのに。……はい、ここ書いてね」
肩をすくめながら貸出カードを差し出し、クラスと氏名を書くように言った。
「ありがとう。また来るね」
翔子は借りた本を抱きしめて図書室を後にした。多分、大丈夫。珠代は彼女の背を見てそう信じていた。
翔び雪 卯木よよい @utsugi_yoyoi
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