第5話 それぞれのお守り

「お、似合ってるじゃん」

 ソファに座るモルゲンは、座れと伝えるように横を指でトン、トンと軽く叩いた。

「本当? こういう服を着るのは初めてだから、ちょっと変な感じがして……」

 腰を下ろしながら生地を摘んでみる。

 孤児院の薄っぺらくて風がスースー通るような服とは違い、しっかりとした生地だ。感触はざらざらではなくさらさら。手と肌が喜んでいる。

 でも白ブラウスのせいで、少し首元が苦しい。

「分かるわー。オレも安物のぼろ着しか着たことないからムズムズする」

 そう言うモルゲンだけれど、着ているのはパーカー。ズボンの裾は折ってある。僕の張り付くようなズボンに比べれば動きやすそうだ。

「マジのぼろ着だぞ。穴が空いた部分を布で継いで誤魔化してあるようなやつ。夏は涼しいけど、冬は超寒いんだよなぁ。雪が降ると凍え死にそうになる」

 孤児院の服はヨレヨレだったけれど、一年に一度は替えていたから穴は空いていなかったと思う。

 モルゲンは、あー思い出しただけで寒いわ、と寒がる動作をする。

 ……どんな環境にいたんだろう。

 そう疑問に感じたのだけれど、聞くことは憚られた。なぜなら、まだ聞けるような段階に達していないと感じたから。僕だって、孤児院のことを進んで話そうとは思っていない。


「ねぇ、モルゲン」

「なんだ?」


 それよりも、さっきからモルゲンの右手首がギラギラ光っていることの方が気になった。

「その右手首には何が付いているの?」

 モルゲンは寒がる動作をやめて、目を瞬いた。

 触れてはいけない系統の質問をしてしまったのだろうか、と僕は心配するが。


「ふふん、聞いちゃう?」


 すぐに杞憂に終わる。

 モルゲンはなぜか嬉しそうに左手で鼻下をさすり、右手首を僕に近づけた。

 モルゲンの右手首を光らせていたのは、銀色のブレスレットだった。紫色の石が埋め込まれている。


「これはな、オレにとってのお守りなんだ」

「……お守り?」


 ブレスレットと言うと、装飾品というイメージが強い。

 僕が問い返すと、モルゲンは「そう」と力強く頷いた。ブレスレットに視線を注いで語る。


「オレ、貧民街出身なんだけど、子供の頃から一緒にいる奴……ミラってのがいるんだ。ここに連れて行く訳には行かなくて、離れざるを得なかったからさ、もうオレが泣きまくって」

 

「そしたら、お守りだって貰った」

 今にも頬擦りしそうな、愛おしさを込めた目でそれを見つめていた。


「『アンタは神の欠片なんでしょ。じゃあメソメソ泣いてないでしっかりしなさいよ』って怒られちゃってさ」

「強い子だね」

「あぁ。そんなことを言われたら、オレも頑張るしかないよな」


 モルゲンは一人でうん、うんと自分に言い聞かせていた。

 その後、突然僕の左手をまじまじと注視する。


「そっちは指輪が付いているけど……なになに、ペアリング?」

 

 左手の小指についている指輪のことだろう。装飾が何もない、ただの金色の指輪。

 すぐに僕は「違うよ」と答えた。

「オシャレ……ファッション、ってやつか」

「うぅん。それも違う」

「じゃあ何なんだ?」

 僕は肩をすくめた。

「分からないんだ。この指輪がなにか」

「へ?」

 興味津々な様子で聞いて来るモルゲンに、罪悪感を覚える。


「物心ついた時には小指にあったんだよね。その時には孤児院に居たから、誰が付けたのかも分からなくて」


 少なくとも。

「……成長するうちに取れるかもって思ったけれど、ずっとこのまま」

 モルゲンみたいな大きな意味はないと確信している。

「指が大きくなってもきつくないのか?」

「不思議なことに、全然。指輪が大きくなっているような感じはするけど。ずっとあるから慣れちゃった」

 加えて、僕が神の欠片なんだから、そういうこともあるのかもしれない。

 モルゲンは「ほーん」と言って頭の後ろに腕を回す。


「ま、オレにとってのお守りはミラから貰ったブレスレットで、タークにとってのお守りがその指輪ってわけだ」


 僕は目を見開いて、指輪を嵌めた左手を上に掲げてみる。

 そんな風に考えたことがなかった。

 でも、確かにこの指輪は、僕が殴られて泣いている時も、お気に入りの本をビリビリに破られて絶望した時もずっと側に居た。

 ……お守りなら、もうちょっと僕のことを守ってくれても良いんじゃないのかな。





 談笑を続けていると、神殿長が眼鏡を押さえながら戻ってきた。後ろには顔が腫れたヴァルトさんがいる。

「もうすぐ食事が出来上がるそうだ。椅子に座って待て」

「あれ、もうそんな時間か」

 共用スペースにある時計の短い針は、もう五を通り過ぎていた。

 ソファから移動して、僕とモルゲンが向かい合うように座る。


「モルゲンは昼にも説明したが、君達は基本的にこのテーブルで食事を摂ることになる」


 神殿に来たのが昼食を摂るには中途半端な時間だったから、僕は朝からなにも食べていなかった。

「最初はある程度の量しか持ってこないが、沢山作ってあるから安心して食べるんだな。おかわりも自由だが、残すのも構わない……が、好き嫌いは推奨しない」

 モルゲンは「当たり前だ」と頷いた。

「一日飯抜きとかザラにあったからな。食べる物があるだけで満足だ」

「モルゲン。今日はまだ見過ごすが、これから食べ方を矯正していくぞ。流石にあれは駄目だ」

 神殿長に鋭い目で見つめられながら指摘されて、モルゲンはげっと呻いた。

「食べ方っつっても、食えば同じだろ。消化されるだけ」

「周りもそんな感じだったのか?」

「大体はそう……あ、いや。ミラは違ったわ」

 ばつが悪そうな顔をした。

 ただ、正直僕もテーブルマナーというものに自信はない。分かることと言えば、右手でフォーク、左手でナイフを持つことくらい。と言っても実践したことはなく、いつもスプーンで食べていた。というか、持つ手が反対かも。

「まずは食事に慣れないとね」

 腫れた頬を慰めながらヴァルトさんが言うと、お風呂などがある方の廊下から、ガラガラガラ、と料理を載せたワゴンがやってくる。


「料理をお持ちしました〜」


 短い髪を三つ編みにした女性が、猫の鳴き声みたいに和やかな声でそう言った。


「本日のメインはユリタシエとヴィンツェルです」


 テーブルに側にワゴンを止めて、まずはスプーン、フォーク、ナイフを置く。それぞれ数本ずつあり、どれも大きさが異なる。

「おい、ターク」

 モルゲンが左手を曲げながら呼びかけた。


「なに」

「呪文みたいな料理名だったけど、分かるか?」


 僕は首を捻って答える。


「……全く分からない」

「だよな」


 そもそも僕に料理の知識を求めるのが間違っている。孤児院で出てくる料理なんて、パンと野菜炒め、あとはポトフくらいなんだから。

 ちんぷんかんぷんな様子の僕達に、女性は微笑んで説明した。


「ユリタシエは、生地の中にお肉や玉ねぎ、ほうれん草などをスープに入れた料理でございます」


 スープに袋状の物がいくつか浮かんでいる。わざわざ生地で包むなんて、手の込んだ料理だと感心した。

 もう一つのメインらしき皿は、中心にどん、と焼いた肉が置かれている皿だ。


「こちらはヴィンツェル。羊の肉を焼き、ハーブや香辛料で味付けをしたものです」


 街で嗅いだのと似たような香りが漂っていた。モルゲンの口端にはよだれが垂れている。

 これだけでも十分なのだが、料理はあと三品あった。

 個包装のバターが付属したロールパン、ベビーリーフとトマトのサラダ、カップに入った黄色い何か。スイーツのように見える。

 とにかく、どれも照明の光を受けてきらきらとテーブルの上で輝いている。

 最後にコップを置き、水を注ぐ。


「それでは、ごゆっくりお楽しみ下さい」


 優雅にお辞儀をして、ワゴンと共に戻っていく。

 僕とモルゲンは興奮を抑えきれない目で顔を見合わせて、手を合わせた。

「いただきます」

「いただきますっ!」

 モルゲンは手で羊肉を掴み食べる。僕はスプーンでサラダを食べ始めた。

 どちらも食べるのに夢中で、何も喋らない。カチャカチャ、皿とスプーンが擦れ合う音だけが響いていた。

 美味しい。

 最後の晩餐かと疑うくらいには、美味しい。

「喉に詰まらせないようゆっくり食べるんだ」

 一秒たりとも手を止めることなく食べ進めていると、神殿長に注意されてしまった。

 孤児院に居た時は、自分の食事が目の前にあるとしても常に警戒しなければならない。横や前の人に奪われる可能性があるからだ。

 でも、今はその心配がないのだ。もう少し落ち着いて食べよう。


「これでもうオレは死ねるぞ」


 スプーンを握りしめたモルゲンが、片手で目元を押さえて呟いた。

 

「泣くほど美味しいのか……?」

「色々あるんだよ、多分」

 心配する神殿長の横で、ヴァルトさんが呟いた。

 

「さーせん、おかわりって頼めますか!」

 五分もしない内に全ての皿を綺麗に平らげてしまったモルゲンは、神殿長にそう聞いた。

「頼めるぞ。それだけ声が大きければ彼女に聞こえているだろうし、すぐ来るはずだ」

「は~い。ただいまお持ちしますね」

 その言葉の通り、廊下の奥から声が聞こえてきた。広い神殿だから、声を張り上げないと遠くまで聞こえない。

 再びやってきたワゴンには、皿ではなく鍋が載っていた。鍋一杯に料理が入っている。


「何度も持ってくるのは面倒ですので、もう置いておきますね~。ご自分で、好きなだけお取りください」


 暴飲暴食の悪魔となりつつあるモルゲンにお玉を渡してはいけない。女性からお玉を受け取ったモルゲンは、次々とユリタシエの生地を追加していく。

「また片付けに来ますね」

 そう言って、女性は去っていった。

「確かに彼女の料理はおいしいよねぇ」

「それは同意する」

 神殿長とヴァルトさんの会話に、僕は横から口を挟んだ。

「あの、料理人さんの名前って」

「そうだ、彼女を紹介するのが遅れていたな。彼女はレイカ。この神殿の料理人を務める」

「毎日ですか?」

「当たり前だ」

 僕は心の中で手を合わせた。今まで神に祈っておいて良かったかもしれない。こんな美味しい料理を、これから毎日食べられるのだから。

 さぁ、僕の皿も空いてきたし、おかわりを頂こう。

 そう思って立ち上がると、まだモルゲンが鍋の傍にいた。


「ちょっと、モルゲン。僕の分も残しておいてよ」


 すると、僕の方を気まずそうに振り返った。

「……やべ」

 モルゲンの反応から、僕の中に悪い予想が生まれる。まさか、もう鍋の中身が空なんてことはないよね? その可能性を頭の中で否定する。


「全部、取っちった」


 手元にある皿には、零れ落ちそうなくらい野菜と肉が入った生地が積み上げられていた。

「何してるの〜!」

 僕はモルゲンの背中を拳で叩く。

「すまんって! オマエは少食だと思ってたんだよ!」

「そんなわけ無いじゃん!」

「ちょっと分けてやるから!」

 やっぱり食事の時には警戒が必要だ。

 だって、モルゲンが一人で全部食べちゃうから。

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Wertlos Gott ——神の欠片と四人の少年 八御唯代 @infinity5

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