第4話 疾風の如く登場・モルゲン!

 階段を上がると、神聖な雰囲気からは一変。和やかで温かみのある、生活空間となる。

 カーペットの上。赤い生地のソファやテーブルクロスが敷かれた木製のテーブル。広い空間に置かれたそれらは、人形の家具のように小さく見える。


「ここは共用部分だ。食事を摂るのもこことなる」


 僕の左側を見ると、細い廊下へと繋がっていた。廊下を挟むようにして部屋がある。


「茶色い掛札があるところが君の部屋だ。自由に使って構わない」


 右側にも同じような廊下があるのだけれど、そっちはお風呂や洗面所があるそうだ。

 神殿長に「部屋を見てくると良い」と促されて、僕は部屋に足を進める。

 細い廊下と言ったけれども、大通りの半分くらいの広さがある。五、六人が並んで歩くことは余裕だろう。

 廊下の右側、奥の部屋に、茶色の掛札があった。

 取手を捻って、部屋を覗いてみる。


「……これが、僕の部屋?」


 信じ切れずに思わず呟く。神繋の話よりも衝撃的だったのだ。

 シーツと毛布が準備されたベッド、分厚い本が入った本棚、服を掛けるハンガーラック。他にもベッド脇のランプや一人掛けの勉強机。

 さて、孤児院時代の僕の生活環境を思い出してみよう。

 二段ベッドの下、薄い毛布が一枚、盗まれるので本は毛布で覆って隠す。服は着回すのでハンガーラックはない。ランプは蝋燭が代わりだ。

 僕は手を合わせて感動の涙を流す。

 

 まさに天国。楽園、パラダイス!


 本当にこの部屋を使っても良いのだろうか。しかも一人で? 

 嬉しさのあまり涙が溢れそうになる。

 すると、後ろから神殿長の足音がコツコツと聞こえてくる。感謝の言葉を述べようと、僕は振り返った。


「オマエも神の欠片かっ⁉︎」


 しかし、聞こえてきたのはあの氷のように冷たい声ではなかった。太陽のように元気で暑苦しい声に、僕は目を丸くする。

「そう、ですけど……」

 戸惑う僕に、声の主はずんずん近づいてくる。

「やぁっと来た! こんなバカ広い空間に一人でいると、暇で仕方がないんだよ」

 僕の手をがしっと掴んで、ぶんぶん上下に揺らした。

 その後ろから、神殿長がやって来る。神殿長が歩く時は足音が全くない。

「騒がしいぞ。もう少し声量は抑えろ」

「ちょえー。良いじゃないっすか、朝からずっと静かにしてたんだから」

 口を尖らせる少年。院長が言っていた通り、身長は僕と同じくらいだ。

 僕の方をまじまじと観察して、首を傾げる。僕の顔にゴミでも付いているのだろうか。


「神の欠片と言っても、似てる訳じゃないんだな」

 

 神妙な面持ちでそう呟いた。

 少年の髪を見て、確かに、と僕も同意する。

 僕は焦げ茶の髪に目と地味だけれど、それとは反対に少年の容姿は派手。髪は青と水色のツートンカラー。目は明るい水色。目がチカチカしそうだ。

 神殿長は、「当たり前だ」と一蹴する。


「神の要素が四つに分かれるのだから、違うのが当たり前だ」

「ふーん、なるほどね。じゃあオレらは、四つで一人ってことか」

「まぁ、そういうことになるな」


 まるで僕一人では人以下と言われているようなものだ。それは少年も同じなのだけれど、案外すんなりと受け入れている様子だった。

 神殿長は少年の方を向いて声を掛ける。

「とりあえず、互いに自己紹介くらいはしておけ。名前を知らないと不便だろう」

「なら、オレから紹介させてもらうぜ」

 川のように透明感のある水色の目を大きく開き、手を当てて胸を張った。


「オレはモルゲン! 神繋は【風】だぜ!」


 見た目と声は派手だから風とは結びつきにくい。

 でも、この飄々とした態度は、世界を漂う風に通ずるところがある。

「オマエは?」

 顔を覗き込んで、悪戯っ子のようにニヤっと笑った。

「僕は、タッ……ターク」

 この名前を人に名乗ることに慣れていなくて、上手く舌が回らなかった。

 孤児院だったら、絶対にいじめっ子たちに人差し指で差されてゲラゲラ笑われていることだろう。お前、自分の名前を間違えてやんのー、と。

 でもモルゲンはそこに触れることなく。


「よろしくな、ターク!」


 爽やかな風のような声で返すだけだった。

「タークはなんの神繋なんだ?」

「動物だよ」

「動物か、良いな!」

「そう? 動物と話したり、遊んだりしか出来ないけれど」

「でも食料に困ることはないだろ?」

 もちろん僕も肉や魚が嫌いな訳じゃないんだけれど、いつも遊んでいる動物を食べると思うと虚しい気持ちにもなる。

 眉を潜めた僕に気付いたのか、モルゲンは「あぁ、すまん」と謝った。

「その、動物を食べたくないって人もいるもんな」

 僕は慌てて手を振る。

「そういう訳じゃないよ。その使い方もあるなぁって」

「良かった。初日から仲が悪くなったらどうしようか、ってヒヤヒヤするぜ」

 モルゲンは安心したように笑った。

 僕とは正反対の性格だけれど、孤児院の子供よりも話しやすい。僕もそれにつられて笑った。


「楽しそうに話している最中にごめんね。荷物を持ってきたよ」


 とそこで、トランクの持ち手を両手で掴んだヴァルトさんが小走りで来る。

「お、ネーベルと他の欠片くんもいるじゃん」

 モルゲンが頭を深く下げる。

「初めまして、モルゲンです」

「教育係のヴァルトです。あ、そんなに畏まらなくても大丈夫」

 それから僕の方を向いて聞く。

「荷物は部屋に置いといていい?」

「はい。お願いします」

「了解~」

 ヴァルトさんが来た瞬間から、神殿長の方がプルプル震えている。モルゲンは気付いていないようだし、僕は見ないフリをしておくことにした。

「新しい服を用意したから、後で着てみてね」

 部屋の扉からひょこっと顔を出して、そう言った。

 それから部屋の外に出る。

「よし、これで今日の仕事は完了!」

 疲れたぁと言って腕を回すヴァルトさん。そのお腹に、神殿長は拳を入れ込んだ。


「う、うぐっ……ネーベル、何をするのさ。僕を殺す気かい?」

「殺す気だ。荷物を置きに行く前に、神殿の門を開けないと入れないだろう!」


 鬼の形相で怒鳴る。

 モルゲンが「ひょえ」と声を漏らした。

「……あ」

 神殿長が顔を赤くして神を引っ張っても、ヴァルトさんは呑気にヘラヘラしている。


「いやねぇ、長時間の運転で忘れちゃったんだよ」

「私が気づかなかったらどうするつもりだったんだ!」

「まず君が気づかない訳がないでしょ? 信頼さ、し、ん、ら、い」


 火に油を注いでしまったようだ。

 神殿長はヴァルトさんの頭を鷲掴みにして、ぐりぐり動かす。

「ふざけたことをほざくな、この阿呆が!」

「痛い痛い……」

「話は神殿長室でたっぷり聞かせてもらおう」

 今度は耳を掴んだ。

 怒らせると面倒だと知っているヴァルトさんは、特に反抗することなく、そのままずるずる引きずられていく。

 置いていかれる僕達に、神殿長は言葉を残した。


「この阿呆を説教するために一時場を離れる。二人で話をして、仲を深めると良いだろう」


 続いてヴァルトさんも手を振った。

「じゃあねー」

「お前は反省しろ!」

 台車のようにヴァルトさんを引きずる神殿長を見て、モルゲンは真顔で言った。

「なんか、変わった人達だな」

「……愉快で良いんじゃない、かな?」

「そうだな。オレも静かより愉快な方が好きだし安心する」

 腕を組んで、深く頷く。

 そして、僕の方を見た。

「話をしろって言ってたけど、オマエはまず着替えてこいよ。十分あれば足りるか?」

「うん。足りると思う。けど……」

「時間なら部屋に時計があるはずだ。十分って言ったけど、ゆっくりでいいから」

 言い切る前にモルゲンに先読みされてしまう。


「じゃ、また後で。共用スペースで待ってるぜ」


 僕が返事をする前に、風のように素早く走り去ってしまった。

 驚くほど意思疎通がスムーズなのは、神の欠片同士ということに関係があるのだろうか。

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