第2話 幻影揺らす案内人・ヴァルト
翌日の朝、僕は孤児院の門の前に立っていた。
右手にはトランク。最低限の服と、好きな本が入っている。見た目の割に中身は少ないので、片手で持つことも容易だ。
首にはマフラー。自分で作った物だから細部の縫い目は汚いし、ところどころに隙間があるから風が入り込んでくる。
横には院長。普段よりも服装に気合が入っているのは、偉い人が来るからだろうか。
「僕を迎えに来るのって、どんな方なんですか?」
院長を見上げて聞いた。
「この孤児院を運営する、『教会』という組織の偉い方でしょう。身分が高い方なので、失礼がないように」
それからふっと吹き出した。
「いいえ、貴方もこれからその偉い方になるんでしたね」
僕は顔を引き攣らせた。荷が重い、どころではない。十六年普通に生きてきた人間が、「あなたは神です」と言われて本当に神になれるわけがないだろう。
「神様と崇める日もそう遠くないかもしれません」
目を輝かせて僕を見る院長から逃げるように顔を逸らした。
ふと、昨日の記憶が蘇ってくる。
『お前、孤児院から出るんだって? 可哀想だなぁ。役立たずすぎて追い出されるなんて』
夕食の時、僕が孤児院を出ることが告げられた。
でも理由までは教えられていないので、当然いじめっ子には揶揄われたのである。
『ま、食事が一人分余るようになって嬉しいわー』
これが最後と考えれば、気分はだいぶ楽だった。
もし僕が本当に神だとしたら……いじめっ子達は、神をいじめたということになる。そう考えると、度胸のある奴等だな。妙に感心する。
強風に煽られながら待っていると、ワインレッドの車がやってきた。
縦に細長く、高級感を醸し出している。絵本でしか見たことがなかったけれど、走ると速くて格好良い。あれに乗って行くのだろうか。
「さぁて、◼️◼️◼️◼️くんはどこかな?」
肩くらいまで伸びた茶髪の背の高い男性が運転席から出てきて、辺りを見渡す。
「あっ……僕です」
「君か。じゃあ、院長さんに挨拶して、後ろに乗っちゃいな。荷物は僕が積み込んでおくから」
トランクを手渡すと、男性は白手袋に包まれた手でそれを担いで車に入れる。
「荷物はこれだけで良いんだね?」
「はい」
振り向いた先では院長が手を振っている。でも、僕はこの孤児院に大して思い入れはない。
「今までお世話になりました」
とだけ言ってお辞儀をし、車に乗り込む。院長は微笑んで言った。
「お元気で」
車内に入ると、ラベンダーのような香りが鼻に入り込んできた。
運転席に座った男性は、僕の方を見て聞く。
「それじゃあ、出発しても良い?」
慌ててシートベルトをして、僕は頷いた。
「出発進行!」
男性が足を踏み込むと、車はいきなり前進する。
体が前に倒れ込みそうになり、舌を噛んだ。ガタガタ、ガタガタ、と不気味な音を立てて木々に囲まれた道を進んでいく。道という割には狭く、砂利が多くて進みにくい。
僕は窓から顔を出して、段々小さくなっていく孤児院を見つめた。
……早く出てやりたいと思ってはいたけれど、まさかこんな形で出ることになるとは。
しかも、これから僕は神になるそうだ。未だに信じきれていない。
というか、神になるってどういうこと?
ザックリしすぎていて、僕がこれから何をするのか全く予想がつかない。
ついに孤児院が見えなくなる。
車だとあっという間だ。車って、こんな感じなんだなぁ。
「あれ、車は初めて?」
手を握りしめて感動を隠せない僕に、男性は運転しながら聞いた。
「はい。森から出るのも初めてで……」
「本当? これから街も通るよ。今日は寄っている時間はないんだけれど、これから行く機会はたくさんあると思う……あ、そうだ。僕の名前を言っていなかったね」
くるり、と僕の方を振り向いて。
「僕はヴァルト。これから君達の教育係を務めさせて頂くよ」
よろしくね、とウインクを放った。
僕から見て左目の下には涙ぼくろ。穏やかに笑う姿は気さくというイメージを与えた。
心の中で僕は胸を撫で下ろす。
教会の偉い人と言うから、もっと威圧感が強い人だと思っていた。でも、ヴァルトさんなら頼りやすそうだ。
すると、車体がガタッと大きく揺れる。
「あっ、危なっ……!」
不安定な道でよそ見をするのは危険だ。
木に突進しそうになり、直前で回避。突然横に曲がったことにより、僕の体は壁にぶつかる。じんじん痛む肩を押さえた。
「それにしても凄い道だねぇ。こんな所に孤児院があるなんて初めて知ったよ。しかも教会管理だとは」
「今日、初めて教会というのを聞いたんですけれど……どんな場所なんですか?」
「場所というか、組織。神話は読んだことがあるでしょ? あの神に関する行事を開催したり、教えを広めたり……神に関することは何でもやるの。今回みたいなケースもね」
今度はしっかり前を見ながら答えた。
ヴァルトさんは、「あれ」と首を傾げる。
「その感じだと、教会に関して何も教えてもらってない?」
「お恥ずかしながら……」
僕が知っているのは神話だけだ。
ヴァルトさんは「げ」と呻いて、片手を頭に当てた。
「参ったなぁ。君が悪い訳じゃないんだけれどね、教会に関する説明からしないとだから」
その手を頭から助手席へと動かす。鞄が置いてあるようで、ガサゴソと中を物色した。
小冊子を取り出し、僕に向ける。
「前を見たままでごめんね。これが教会の資料。今から向かう場所まであと四時間はかかるから、ちょっと目を通しておくと良いよ。酔わないように気をつけて」
両手で受け取ると、まず表紙が目についた。
「神を心から信じ、愛する方は誰でも歓迎いたします」
昨日まであまり神を信じていなかった僕はギクっと体を震わせる。
一枚捲ると、今度は教会の教えが示されていた。
「毎日働き、絶えず人に感謝すれば、神に認められる。幸せになることが出来る」
本当に、と僕は疑問の刃を向ける。じゃあ報われない僕は何なの。
でも教会の偉い人がいる前で口に出すわけにはいかず、心の中に留めておいた。
「教会の教えは見た?」
「はい」
「なら、教会の詳細よりも先に
言われたままにページを捲ってみると、「神に選ばれし者だけが得られる力、神繋」という見出しのページに行き着いた。
「ざっくり言っちゃうと、神繋は科学では説明できない現象を引き起こす力のこと。神の欠片だから、君も神繋を持っていると思うよ」
いきなりファンタジーな話になった。
ガタンガタン鳴り続ける車の音が現実に引き留めてくれている。
しかし、僕に思い当たるような力はない。あったらいじめっ子を吹き飛ばしていただろう。
「今まで生活している中で、自分でも説明できないような現象はなかった?」
自分でも説明できないような現象……神繋ではないかもしれないが、一つだけあった。
『森から帰ってこないと思って探しに行ったら、動物達に囲まれて寝ていたことがありましたね』
昨日、僕が神の欠片だということを伝えた時の院長の発言だ。
僕にその記憶はないのだけれど本当にあったらしい。森に入ってはよく動物達と遊んでいたから、僕の顔を覚えられていただけかもしれないけれど。
このことを伝えると、ヴァルトさんは声を明るくして言った。
「あーそれだよ、それ」
「でも、本当にその一回きりで……」
「まだ神繋が完全に使える状態じゃないのかもね。一回きりだって言ったけど、そもそも普通の人は森の中の動物達と遊べないから」
「孤児院に友達がいなかったから、森の中に入って動物と遊んでいただけなんですけど……」
うーん、とヴァルトさんは悩んでから言う。
「その動物の中に、ライオンとかクマとかいなかった?」
「なっ、何でそれを?」
僕はハッと驚いた。
「ライオンやクマは、みんな恐れるからね。僕も食われちゃうから逃げるよ」
僕は首を傾げた。
僕にとってライオンとは大きな猫。ちょっとツンツンしているけれど、声を掛ければ寄ってくる。クマも大きくて力が強いけれど、怒らせなければ襲ってくることはない。
ヴァルトさんの口調からして、おかしいのは僕の方なのだろうか。
「まだ自分の力を信じ切れていないかもしれないけれど、君がその神繋を持っていてもおかしくはないんだよね。だって、神の欠片の子達は、必ず風、動物、火、植物のいずれかの神繋が現れるようになっているから」
つまり、僕以外は風、火、植物のどれかを持っているわけだ。
「ちなみに、僕も神繋を持っていてさ」
ヴァルトさんは左手を伸ばす。
ペン回しをするように指を動かした。
くるり、くるり。
ペンはないのに華麗な動きだ。
くるくる、くるり。
再び指を動かして、ぐっと握る。
パッ
開かれた指を見て、僕は「えっ」と声を漏らす。
「黄色の、チューリップ?」
さっきまで何もなかったはずなのに、指には黄色のチューリップが添えられていた。
「ふふ、驚いたかい?」
ちらりと僕を見て、目を細めて笑った。
僕の視線を煽ったまま、ぐしゃりとチューリップを握り潰す。
……あれ?
そこで僕は違和感を覚えた。
握り潰す動作をした瞬間、瞬きよりも短い時間でチューリップは姿を消したのだ。握り潰したというより、消したの方が近い。
「ちょっとしたマジックさ」
魔術師さんが種明かしを始める。
「今見せたのはチューリップじゃない。正確にはチューリップなんだけれど、現実にあるものじゃない。これは、僕が作り出した幻」
だから握りしめた瞬間、一瞬にして姿を消したのだろう。
「くだらない能力なもので、マジックくらいにしか役に立たないんだけどさ」
「凄い……マジックは初めて見るんです」
虐められている時、これを使えたら簡単にいじめっ子達から逃げられただろうに。
そう思って褒めたのだけれど、ヴァルトさんは自嘲を含めた笑みを浮かべて、「ありがとね」と渇いた声で言うだけだった。
前に向き直って、僕ではなくヴァルトさん自身に言い聞かせるように呟いた。
「君が神繋を使いこなせるようになったら、もっと強くなると思うよ」
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