Wertlos Gott ——神の欠片と四人の少年
八御唯代
第1章 神殿に集結・神の欠片!
第1話 神の欠片
世界を創った神は、息を引き取る直前、使者にこう命じた。
人間達に伝えよ。
我は間もなく死ぬ。しかし、この世界はまだ残る。
植物は美しい花を咲かせて世界を彩り、火は食物や心を燃やし、動物は踊り歌って生活し、風は世界を駆け巡るだろう。
だが、我がいなければ、世界を維持する力が減っていき、やがてなくなる。大地は終焉を迎える。
それを防ぐために、我は再び生き返ることにした。
完全な姿ではないだろう。何千年も生き続けることは難しいだろう。
五百年に一度、我は四つの欠片に別れて蘇る。
四つの欠片は、我の書物に名を記す。
人間である其方達は、我の欠片を見つけ、神に相応しい者となるよう教育を施すのだ。
そうすれば、この世界の永遠なる繁栄と安寧が約束されるだろう。
「そして、神は五百年の眠りについた……」
孤児院の大ホールに子供が集まり、本を読む院長を囲むように座っていた。
「おしまい」
院長が最後を締めくくり、本をパタンと閉じる。
子供達の顔には疲れが滲んでいた。
……当たり前だ。一時間近く神の話を聞いているなんて退屈で仕方がない。外で鬼ごっこをしたいに決まっている。
飽き飽きとした子供の一人である僕は、頬杖をついて聞き流していた。
生まれてこの方十六年。神が世界を創る話なんて、もう数千回は聞いた。本文をそのまま覚えてしまうくらいには聞いた。
この話を聞くたびに、僕の心に問いが発生する。
そもそも、本当に神なんて存在するのだろうか?
僕はいないと思っている。だって、毎日神にお祈りしてるのに、死んだ両親は帰ってこないし、孤児院では虐められてばかりだ。
「◼️◼️◼️◼️くん」
子供達の感想に耳を傾けていた院長が、突然僕の名前を呼んだ。
聞いていないことがバレて怒られるのかと思い、ぎくりと肩を震わせる。
「この後、院長室に来てください。良い知らせがあります」
しかし、シワの刻まれた院長の顔は、猫を見たときのような笑顔だった。
僕、何か良いことなんてしたっけ?
何も思い当たらず、はて、と首を傾げた。残念ながら、僕は目立たない普通の孤児である。優等生ではない。だから、褒められるようなこともない。
視点を変えて、何か良いことが起きたと考えてみよう。
僕にとって良いこと言えば、孤児院から出られること。
早く出たくて出たくて仕方がないのだけれど、この孤児院は街から離れていて、しかも森に囲まれているから脱出は難しいのだ。
「結局、なんなんだろうなぁ……」
疑問を抱いたまま、僕は院長室に足を進めた。
「失礼します……」
恐る恐る立ち入り、扉の前に直立する。
そして、目だけ動かして室内を観察した。
はっきり言って、院長室は苦手だ。
横に細長い机に、分厚い本が並べられた本棚。床には高そうな赤いカーペット。
質素に徹した他の部屋と比べると豪華だから、いつも気後れしてしまうのだ。
机に付属した椅子に座る院長は、
「もう少し、こちらに来てください」
と僕を手招いた。
カーペットを踏むことへの罪悪感に襲われながら、足を前に動かす。
思い当たることがないからこそ、良い知らせが不気味に感じる。顔を強張らせて、院長の前に棒のように立った。
緊張を誤魔化すために、裁判を受ける人もこんな気分なのか、と別のことを考え始める。
良い知らせがあるというのに、雰囲気は少し重々しい。
「唐突かもしれませんが、神話の最後は知っていますよね?」
現実に引っ張り戻された僕は、はい、と頷いた。さっき院長が読んでいた部分だ。
「神が亡くなる。ですよね」
「そのもう少し前です。神様が最後に人間に伝えたことがあるでしょう」
えぇと、と僕は言い淀む。
内容が分からないからではない。質問の意図が分からないのだ。
僕が意図を問う前に、院長が言う。
「神様がいないと、世界は永遠には続かない。だから、神は五百年に一度、復活するようにした——神の欠片という、四人の人間に分かれて」
神話を何度も読んでいるからか、流暢な説明だった。
しかし、それがどうしたのだろうか。訳がわからず、僕はさらに首を傾げる。
「五百年に一度、神が復活する。それが今年の話でして、ついに神の欠片である四人が判明しました」
僕は不信を含めた視線で院長を見つめる。
院長は目を閉じ、呼吸を三、四回繰り返してから口を開いた。
「その神の欠片の一人が……」
院長の目に光が走った。
どくん、と僕の心臓が跳ね返る。
「◼️◼️◼️◼️くん。貴方ということが判明しました」
それから一枚の紙を差し出す。
僕の名前に顔写真、孤児院の住所——それらの上には、大きく書かれた「一致」という文字。
「あの、言っている意味が分からないんですが……」
「そのままの意味です。貴方は神様の欠片の一人。これから神になることの出来る存在なのです」
……僕が、神の欠片?
いやいやいや、それはない。心の中で「あり得ない」という大きな文字が浮かぶ。
勉強も運動も平均レベル。それに虐められっ子の僕が?
やっぱり、ない。
「昔から貴方は特別だと思っていたのですよ。森から帰ってこないと思って探しに行ったら、動物達に囲まれて寝ていたことがありましたね。あれはきっと、溢れ出る神の雰囲気に引き寄せられたのでしょう」
絶対違いますよと反論しようとしても、院長は悦に入っていて聞いてくれそうにない。
「なんで僕が欠片だって分かるんですか?」
もしかしたら、人違い——なんてことも、あるかもしれないだろう。
しかし、院長は「それはですね」と自信満々に言って、得意げに僕の誕生日を指で示した。
「この誕生日は、神様が亡くなった日なんですよ」
僕は苦笑いをする。だって、誕生日が同じ人なんでごまんいるはず。珍しい話には思えない。
院長はさらに情報を並べていく。
「しかも、誕生日、身長、年齢、血液型がぴったり重なっている人が四人いるのです」
これでも確立こそ低くとも、考えられない訳ではないはずだ。
「まだ信じられないようですね。それならばこれを見てください」
今度は分厚い紙を差し出す。
「これはお告げの書のコピーです。神様の欠片の名前と、所在地が記されています。貴方の名前はここですよ」
餌に食いつく魚のように紙を見た。
「そんなの見間違いですって……」
四つ書かれた名前と見慣れない地名の中に。
「……あ、ある!」
紛うことなき僕の名前。それに孤児院の住所も。本のように綺麗な字だ。
じゃあ、僕は本当に……神の欠片ということ?
もはや信じるしかない。
いきなり突き付けられた真実に戸惑い、僕は立ち尽くした。
「これからは、他の欠片の方々と共に神様を育成する施設に入ってもらうようです」
院長はさらに追い打ちをかける。
「明日には迎えが来るので、荷物を準備しておいてください」
口をあんぐりと開けたまま、心の中で叫ぶ。
明日なんて無理です。神の欠片なんて嫌です。今までも、これからも僕は人間なんです。
そう言いたかったけれど、ただの孤児である僕に拒否権はなく、そのまま院長室から追い出されてしまった。
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