第3話 独りで歩くということ

 施設を出る朝は、驚くほど静かだった。


 昨夜の戦闘の後、俺――**神代かみしろ朔夜さくや**は隔離区画に移され、事情聴取を受けた。

 質問の内容は、ほとんどが同じだ。


「能力は何だ」

「どこで入手した」

「管理者の関与はあるのか」


 俺は、ほとんど答えなかった。


 正確には、答えられなかった。


 《魔神権能オーバーロード》の存在を口にした瞬間、

 この場所が“檻”に変わる予感があったからだ。


「……君を、この施設で管理するのは危険すぎる」


 責任者の男は、疲れ切った声でそう言った。


「守るためだ」


「……本当に?」


 思わず、そう返していた。


 男は、何も言わなかった。


 それが答えだった。


 施設は人類を守るための場所だ。

 だが同時に――危険な存在を閉じ込める場所でもある。


 俺は、荷物一つでゲートを出た。


 振り返らない。

 ここに居場所は、もうない。


 外の空気は冷たく、少し埃っぽい。

 壊れかけの街は、それでも朝を迎えていた。


「……さて」


 独りだ。


 味方も、命令も、守る檻もない。


 胸の奥で、不安が蠢く。

 だが同時に、妙な解放感もあった。


 その時だった。


「そこ、動かないで」


 背後から、澄んだ声が響く。


 反射的に振り向くと、

 路地の影に、一人の少女が立っていた。


 年は、俺と同じくらい。

 短く切りそろえた黒髪に、鋭い視線。


 そして――銃口が、俺に向けられている。


「能力者?」


 俺は、ゆっくりと両手を上げた。


「……多分」


「多分、ね」


 少女は一歩踏み出す。


【対象:人間】

【能力名:《弾道支配バレット・ライン》】

【ランク:B】

【発動条件:視認】


 視界に情報が浮かぶ。


 弾丸の軌道を自在に操る能力。

 撃てば、まず避けられない。


「安心して。撃つのは、モンスターだけ」


 そう言って、彼女は銃を下ろした。


「あなた、施設から出てきたでしょ」


「……見てたのか」


「偶然。……でも、噂はもう流れてる」


 EX反応。

 危険な新人。

 管理者に目を付けられた存在。


 俺のことだ。


「名前は?」


「神代朔夜」


「私は鷹宮たかみやれい


 短く名乗り、彼女は周囲を警戒するように視線を走らせた。


「独り?」


「今は、な」


「……なら、ちょうどいい」


 彼女は、少しだけ表情を緩める。


「私も、組織を抜けたところ」


「え?」


「管理されるの、嫌いなの」


 そう言って、肩をすくめた。


 能力者は、組織に属するのが普通だ。

 保護と引き換えに、自由を失う。


 彼女も、俺と同じなのだ。


「一人で生きるのは、大変だよ」


 零は、真っ直ぐに俺を見る。


「でも、二人なら、少しはマシ」


 胸の奥で、何かが揺れた。


 信じていいのか。

 裏切られるかもしれない。


 それでも――。


「……よろしく」


 俺は、そう答えた。


 零は小さく笑い、手を差し出す。


「こちらこそ。危険な人」


「……言い方」


「褒めてる」


 そう言って、彼女は先を歩き出した。


 瓦礫の街を、二人で進む。


 まだ、何も始まっていない。

 だが確かに――


 俺はもう、独りじゃなかった。


 そしてこの出会いが、

 俺の運命を大きく変えることを、

 この時の俺は、まだ知らない。

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