第2話 最弱の初陣

警報音が、耳を切り裂くように鳴り響いていた。


【緊急出撃】

【市街地モンスター出現】

【脅威ランク:B】


 施設の天井灯が赤く点滅し、人々が慌ただしく動き回る。

 能力者たちは次々と武器を手に取り、出撃ゲートへと走っていった。


 ――いつもなら、俺はその光景を“外”から眺める側だった。


神代かみしろ! お前、下がってろ!」


 誰かが叫ぶ。

 だが、その声はやけに遠く聞こえた。


 視界の端に、情報が浮かぶ。


【対象:モンスター/個体名:グロウ=ビースト】

【脅威ランク:B】

【弱点:胸部コア/再生限界:残り12秒】


「……見える」


 思わず、呟いた。


 能力者たちがまだ把握していない情報が、俺には流れ込んでくる。

 筋肉の動き、攻撃の予備動作、次に取る行動。


 ――世界が、ゆっくりだ。


「おい、神代! 聞いてるのか!」


 振り向くと、Cランク能力者の男が俺を睨んでいた。

 炎を操る能力者だ。

 以前、俺を“足手まとい”と切り捨てた男。


「……俺も行きます」


「は?」


 一瞬、場が静まった。


「無能力者が何言って――」


 言葉の途中で、男は息を呑んだ。


 俺の周囲の空気が、歪んでいる。

 自覚はなかったが、能力が無意識に漏れ出していたらしい。


「……能力、出たのか?」


「さっき、引きました」


 嘘ではない。

 だが、真実でもない。


 男は舌打ちし、目を逸らした。


「……後悔するなよ」


 ゲートが開き、焼けたアスファルトの匂いが流れ込む。

 市街地は、すでに半壊していた。


 そこにいた。


 巨大な獣型モンスター。

 黒く硬質な外殻、爛々と光る赤い目。


 能力者たちが一斉に攻撃を仕掛ける。

 炎、氷、衝撃波。


 だが――


「再生、早すぎる……!」


 誰かが叫ぶ。

 攻撃を受けても、肉体が即座に修復されていく。


 その瞬間、俺は理解した。


 《下位能力無効化》が、無意識に発動している。


【対象能力:炎操作/ランクC】

【効果減衰:40%】


 能力者たちの攻撃が、目に見えて弱まっている。


「……俺のせい、か」


 胸が締め付けられる。

 だが、同時にわかってしまった。


 ――このままじゃ、全員死ぬ。


 モンスターが咆哮し、能力者の一人を弾き飛ばした。

 壁に叩きつけられ、動かない。


 時間が、ない。


「……すみません」


 誰に向けた言葉か、自分でもわからなかった。


 俺は、一歩踏み出す。


 瞬間。


 視界が、さらに研ぎ澄まされる。


【権能干渉:発動】

【能力解析完了】

【コア露出まで:3秒】


「今だ……!」


 俺は走った。


 モンスターの動きが、完全に読めている。

 振り下ろされる爪を、紙一重で避け、懐に潜り込む。


「なっ――!?」


 背後で、能力者たちの驚愕の声が聞こえた。


 胸部。

 外殻の隙間。


 そこに、淡く脈打つ光。


 ――コア。


 拳を突き出す。

 武器なんて、ない。


 だが、拳が触れた瞬間。


【能力上書き:条件未達】

【代替処理:下位能力無効化(最大)】


 衝撃は、なかった。


 代わりに、モンスターの再生が止まる。


「……?」


 次の瞬間、能力者の炎が直撃した。


 今度は、燃え広がる。

 コアが砕け、巨体が崩れ落ちた。


 静寂。


 モンスターは、完全に動かなくなっていた。


「……倒、した?」


 誰かが呟く。


 俺は、膝をついた。

 全身が、重い。


 《使いすぎだ》


 頭の奥で、低い声が笑う。


 《だが、悪くない》


 魔神の声。


 ぞくりと、背筋が冷えた。


 能力者たちが、俺を見る。

 恐怖と、困惑と、期待が入り混じった視線。


 その中で、俺は確信する。


 ――もう、後戻りはできない。


【警告】

【魔神侵食率:5%】


 小さな数字。

 だが、確実に増えている。


 俺は立ち上がり、瓦礫の向こうを見る。


 この力が、どこへ連れていくのかはわからない。


 それでも。


「……次も、行けます」


 自分でも驚くほど、声は冷静だった。


 最弱だった俺の初陣は、

 こうして、静かに終わった。


 ――そして、

 世界が俺を“危険”と認識するには、十分すぎる戦果だった。

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