〈第1話〉罪狩りは世界を彷徨う
「さーて……到着したみたいだね?」
ディオスが目元の違和感に気づき、ゆっくりとまぶたを開いた瞬間、乾いた熱気が頬を撫でる。
そこに広がっていたのは、緑の息吹がほとんど枯れ果てた、見渡す限り続く荒野だった。
「……うっわぁ…」
「おっ、見事に何もないとこに降りたな?」
足元のひび割れた大地は古傷のように無数の裂け目を刻み、その裂け目はまるで世界が長い苦痛の果てに笑った口元。
吹き荒ぶ風が砂埃を巻き上げる。
粒子は陽光を受け、淡い光の粒となって宙を漂い、まるで失われた星屑が昼に迷い込んだかのようだった。
頭上の空は灰色と藍色がまだらに混ざり合い、地平線は高温の熱波に揺らされ、水面のように歪んだ鏡像を見せている。
まるで世界そのものが熱に溶けかけているようだった。
その静寂は、荒んだ余韻を濃く漂わせている。
「だねー……やれやれ、結局こうなるのかぁ…」
開口一番、ディオスは身体を伸ばしながら深くため息をつく。
その息は、乾いた空気の中で音もなく散っていった。
足元に目を落とせば、固く乾ききった大地がじわりと熱を返してくる。
「…これは中々にひどいな?」
メルビリスの言葉通り、それは存在を拒絶する世界の体温のようだった。
道らしい道はなく、ただ無限とも思えるほどに連なる砂の波が視界を覆い尽くしている。
進むべき方向が、ただの抽象概念になってしまうほどの無の空間。
「終わりを確認するどころか、始まりすら見えやしない…」
「スタート地点からここまで何もないってなると……まっ、いつも通り僕の記憶頼りかなー?」
ディオスの頭からメルビリスの声が向けられる。
そこには、荒野の現実とは裏腹な皮肉めいた調子が込められていた。
しかしディオスも、それは言われなくても分かってるという具合に手を広げ、砂を掬い上げる。
掌に載る砂粒は、この世界の過去と未来の断片のように軽く、指の間から落ちる粒がパラパラと風に吹かれて消えていった。
「……にしてもお前の格好、随分と物騒だな?ほとんど黒一色とか嫌でも目立つだろ?それにその片眼鏡も似合ってねーぞ?」
「だから!君は一言余計だってば!」
メルビリスの声にモヤモヤとした表情を浮かべたディオスは、文句を言いながら片眼鏡を外した。
その仕草には、まだこの新しい『役柄』に慣れていない不慣れなが滲む。
そうして所々に傷がついた片眼鏡を空に向けね掲げると、鈍色の金属の色が日の光を反射させて、ディオスの目に届く。
「……!?」
しかしここで、垂れている編み込まれた紐の先端、そこに特に目立つ赤色の宝石を見て目を見開く。
その一粒の赤は、荒野の無彩色の中で血のように鮮やかな、生々しい鮮明さを放っていた。
「(もしかしてこの場所……そして僕の今の格好…)」
ディオスはまるで長い夢の最後に、一枚の絵のピースが唐突にはまったような感覚に襲われた。
黒い装束、鈍色の片眼鏡、そしてこの赤い宝石ーーそれらが指し示す『役』の重さを即座に理解する。
愉快な冒険の予感は消え去り、喉元に鉄の味が広がるような重苦しい現実が迫ってきた。
「……メル。」
「ん?なんだ?」
メルビリスの軽い問いかけに、ディオスは一度目を閉じた。
荒野の熱風が、決意を促すかのように耳元を吹き抜ける。
「今回は少し……いや、かなり面倒くさい『登場人物』に成り変わったかも知れないね…」
「……はぁ?」
項垂れながら片眼鏡を付け直したディオスの独り言は、荒野の虚空に吸い込まれてどこまでも薄く反響した。
耳に残るのは風の笛のような音ばかりで、やはり人の気配は一切なかった。
「“プロローグ”ですらない、本物の『裏話』……ここは、本来の物語が始まる『前日譚』だよ…」
「『裏話』……『前日譚』だと?」
何かの鳴き声が遠くから聞こえ、それは世界が発する、諦めにも似た低いうめきのようだった。
延々と続く平原のただ一点に枯れ木が立っており、枝はすべて失われて幹だけが黒い杭のように空を突き刺している。
ディオスはその存在を指差し、首元に浮かび上がった紋様に触れてかすかに苦笑を浮かべた。
「はぁ〜〜、やっばいねぇ……こうして登場人物ですらハズレを引くなんてさ…?とことんついてないじゃんかぁ…」
「……どういうことかは、詳しくは歩きながら教えろ。」
「オッケーオッケー……それじゃあ、一つずつ伝えていくよ…」
砂を踏みしめる音が、かすかな規則を刻む。
ディオスは肩を落としながらも一歩、また一歩と前へ進み出す。
空と大地の境界は揺れ、枯れ木は遠ざかることなく、ずっと同じ距離を保っているように見える。
どこまでも続く地平線と砂の海の中で、独り言のような唸り声だけが風に溶けて響いていった。
「……じゃあ、まずは軽くこの世界の概要から。」
「一言で言うなら、よくある御話で『転生主人公が力を手に入れてその世界を生きる』って感じかな?」
「理解した……それで、なんでそんな嫌そうな表情してんだ?」
「そんなに、今回の『成り変わった先』がダメだったのか?」
「……正直、最悪だね?」
「じゃあ次に、今の僕たちの立ち位置から説明しよっか。まず第一にこの世界には『術印』って呼ばれる力を使う人間がいる。例えばー…」
ディオスは言いながら、乾いた砂の上にしゃがみ込み、指先で小さな円を描いた。
その中心に線を刻むと、砂粒が不自然に盛り上がり、さらに首筋にも黒い印のような模様が浮かび上がる。
その紋様は、荒野の影を凝縮したかのように黒く、熱を持っていた。
「これが『術印』……ここの世界では、こうして刻んだ紋様を媒体にして力を引き出す。僕らのいわゆる『烙印』に似てるけど、これが結構生々しくてさ?」
「砂みたいな物体だけじゃなくて、自然物や自分の身体に直接刻むこともあるんだ。」
描かれた紋様は一瞬だけ淡く光り、すぐに砂に還った。
しかし、次の瞬間にはディオスの首筋に黒い光がほとばしり、模様を浮かべていた部分がマグマのように溶け出した。
「……!!」
「…で、これを見ての通り僕たちは敵側。しかもただの敵じゃないってわけ。」
ディオスの声が冷ややかに空気を震わせると、周囲の砂が一瞬ざわめくように揺れた。
枯れ木の影が削り取られた岩肌の方向に伸び、ひときわ濃くなっている。
「それで、今扱った術印の名前は『厄印』……これはこの世界で最も恐れられる三つの系統の一つなんだ。」
「…それは、今のを見てよく分かった……だが、その『厄印』ってのはなんだ?名前からハズレなのは分かるが…」
「…まぁ、これは敵側の力だね?これには分けて、『骸霊』『破戒』『禁忌』ってものがあるんだ。」
ディオスがその三つの名を口にした瞬間、荒野を吹き抜ける風がその言葉の重みに押しつぶされたかのように一瞬、途切れた。
空の混じり合った灰色が、わずかに深みを増したようにさえ見える。
「…この世界では、これらが『三大厄印』と呼ばれていて、僕らはよりにもよってこの『禁忌』の枠に入り込んだんだぁ…」
「ハッ、いかにもな名前ばっかりだな?」
「今後のことを考えたら、これはあんまり笑える状況じゃないよ…」
メルビリスの言葉を受けながらディオスは立ち上がり、背中を軽く伸ばす。
そして吐き出した息が乾いた風に散り、肩をすくめて諦めの混じった表情を浮かべて笑った。
周りには陽炎だけが、唯一の生き物のように揺れている。
「特に『禁忌』ってのはさ……この世界の人間にとって『相手を痛みつけるための能力』がてんこ盛り。術印の特性も自分の身体に刻む系統で、大怪我前提で戦う必要があるんだ…」
ディオスがそう言うと、再び首筋の紋様が浮かび上がって熱を帯びて脈動した。
その黒い紋様は生き物のように浮き沈みを繰り返し、淡く黒い光をちらつかせる。
大地は呼応するようにピシリと音を立て、砂の割れ目から熱風が吹き出した。
「そりゃあまた、随分と面倒くさそうなもんになったな?」
メルビリスの声が響くと影がざわりと逆立ち、枯れ木の幹を這い登る。
黒い筋が空へと伸び、雲を汚すように広がっていった。
その現象は、ディオスがこの世界における『害』の象徴であることを雄弁に物語っている。
「だからこの世界の人間から忌み嫌われて、恐れられて……物語的には圧倒的な害悪候補かな?」
ディオスは片眼鏡の奥で半眼になり、荒野の果てを見渡す。
揺らめく地平線の先には蜃気楼が浮かび、どこまでも逃げ水のように遠のいていく。
「把握はした……お前は、その『最も忌まわしい役』を引き当てたわけで、主役を引き当てないのは前提として本当に今回は特にハズレを引いたんだな?」
「そうそう!ハズレくじもいいとこ!まったく、よりによって一番嫌われる役なんてさ〜…!」
ディオスは両腕を広げ、わざと大げさに天を仰ぐ。
その仕草は、運命に対する皮肉めいた降参のポーズだった。
そうしてその裏で、足元の砂が不自然に蠢き、まるでディオスを縛りつけようとする鎖のように蛇行する。
「……まあでも、なんかさっきから僕のこと笑ってるけど、君も害悪要素の一つだからね?」
「…はっ?どういうことだ?」
不意にニヤついた笑みを浮かべたディオスは、ポンと一回、自分の頭の黒部分を叩きながらそう言葉を口にする。
目元には、悪戯が成功した子供のような輝きが宿っていた。
それに対して気の抜けたような低い声がディオスへと向けられる。
「ふふふ、実は〜……この世界には『国』が存在していて、その国に『術印使いのトップ』がいる。みんなが『〇〇の国の長』って言う風にも呼ばれているね?」
「おい待て、それが俺と何の関係が…」
メルビリスの声に対してディオスはニヤニヤしながら肩を竦め、砂を指先で払う。
砂は光を反射して舞い、まるで火花のように弾け散った。
足元の地面は陶器を砕いたように割れ、ひびの奥に黒い影が走っている。
「だーかーら、こういう内容関係は僕に一因しない方がいいよ〜?…まっ、どういうことかは、試しに外と同じ感覚で出てこようとしてみてよ?」
「何を言って……本の中じゃ俺はお前と一体になって…」
「いいから、いいからさ〜。」
荒野の空気が急激に張り詰め、熱波が突然冷えたかのように肌にぴりぴりとした緊張感が走る。
そしてディオスの髪の黒部分は影として凝縮し、黒煙となってその傍らに形を成した。
それはディオスの一部でありながら、空間を歪ませる、異質な力の顕現ねあり、次の瞬間には人の形をした『死神』がそこに現れる。
薄く、それでいて濃い闇が、荒野の太陽を否定するかのように立ち上がった。
「なっ…!?」
形をした死神として現れたメルビリスは、自身の身体とディオスが立っている荒野との間の隔絶された現実に混乱を露わにした。
その姿は、砂漠の太陽の下ではあってはならない純粋な黒を纏っている。
「……ねっ、これで分かったでしょ?今回は君も物語の登場人物の1人ってわけ。」
「これは……いや、どういうことだ?なんでいつもみたいな姿で…」
ディオスは、まるで手の内を見せた手品師のように肩をすくめてみせる。
それにメルビリスの声には、驚きよりも、自分が新たな置かれたこの状況への強い警戒心が滲んでいた。
「そりゃねー、単純な話だよ。主人公の味方側に長がいるのなら、敵である僕たちにも『長』の概念はあるよ?」
「……はっ?」
ディオスのその言葉は、確定された運命の告知のように静かに響いた。
メルビリスの影の輪郭が、その突然の衝撃を受けてわずかに揺らぐ。
「そして、厄印の長はそれぞれ『本来の術印の使用者』と行動を共にしている。」
吹き荒れる風が収まり、代わりに一帯を覆うような不自然な静寂が落ちる。
荒野はまるで舞台の幕が降りたかのように息を潜め、枯れ木の影だけが異様に長く伸びていた。
「ちょっと待て…!『本来の使用者』だと!?」
メルビリスの具現化した身体から、黒い靄が怒りのように立ち昇り、ディオスへと向けられた。
その声には、自身の運命を悟りたくないという強い拒絶が込められている。
「そっ。僕に限っていうと、禁忌の術印の本来の使用者はいわゆる『死神』。」
「……!」
ディオスは軽く言い放つが、その視線は真剣そのもの。
ゆらめく影が一瞬硬直し、吹き抜ける熱風を吸い尽くしたかのように周囲の空気が冷たくなった。
「そして、今言ったみたいに禁忌の長は死神と一緒に行動してる……つまりその死神も、立派な物語の登場人物ってわけ。」
「おい……それってまさか…」
黒い影が一斉にざわめき、周囲を取り囲むように波打った。
それは、こうして新たな役割を強制されていることへの抗議のように響く。
死神の輪郭はより鮮明になり、その瞳はまるで刃のように光を帯びていた。
「というわけで〜……おめでとう、メル!」
「何がおめでとうだ…」
ディオスは、満面の笑みで両手を広げ、荒野の虚空を祝福するかのようなオーバーなジェスチャーを見せた。
対するメルビリスの低い声には、皮肉すら込められない純粋な苛立ちが響いていた。
「君は!晴れてこの世界でも死神という立ち位置で〜…」
「やめろ……」
言葉を区切り、その表情には意図的な無邪気な残酷さが宿る。
しかし尚も、メルビリスの周囲の影が地表から立ち昇るようにざわめき、拒絶の意思を表明させていた。
「僕と一緒に『罪狩り』に!参加できるってことになったね!?」
「はぁぁぁぁぁぁ…」
メルビリスのため息と同時に、空を裂くような稲光が遠くで閃く。
それは、突如として降りかかってきた不満が天にまで届いたかのようだった。
大地を揺るがす低い轟音が遅れて響き渡り、二人の頭上を圧し潰す。
「お前が笑ってた理由はそれか……そうなりゃ、この世界は俺にとってもハズレってわけだな…」
「ふふふ…君っていつも僕が苦労してるのを笑って見てたわけじゃん?だから今回は、君にもキッチリ動いてもらうからね!?」
「チッ…」
ディオスは自分の頭を指で突きながら、わざとらしく大げさに笑って見せた。
しかし、その笑みの奥には確かにめんどくさがりながらも明らかに『楽しみ』にしている感情が滲んでいる。
「というわけで!僕たちは揃って、この世界から弾かれるべき立ち位置になったわけだね!それでも唯一の利点は、簡単に殺されるようなことは起こらないことかな〜…」
「はぁ……こうして役割与えられんのいつぶりだ…?」
「こうなったら『物語の進行』にも大きく関わるから、必然的に僕らの負担は当然増えるし……ああ〜、嫌だなぁ……幸先が非常に悪いねぇ!」
ディオスは肩をすくめ、わざとらしくため息を吐く。
だが砂を踏む靴音は軽く、声色以上に浮き立っていた。
「声と表情が、言葉と一致してねぇぞ……クソッ。少なからず面倒くさいって思ってるのが、余計タチが悪い…」
メルビリスが吐き捨てるように言うと、ディオスは肩をすくめて苦笑した。
荒野を渡る熱風が二人の間を抜け、ディオスの白銀色の髪を大きく揺らす。
瞳に映るのは乾いた大地のひび割れと、遠くにそびえる影のような丘。
「じゃあ改めて……いいかい?今回、僕は禁忌の術印使いの長『ヴォルティート』になった!」
ディオスは、まるで新しい肩書きを試すかのように、声を弾ませて宣言する。
表情には面倒くさい状況に対する不満よりも、新たな役割になったことへのワクワク感が勝っていた。
「……は?」
返答はあまりにも唐突な展開と、そのいかにもな名前に、一瞬思考が停止したような間抜けな音になった。
「おぉ?なんか反応薄いねぇ?」
「急にんなこと言われたらそうなるだろうが……なんだよそれ?」
「覚えやすくて、いかにもって名前じゃない?」
「(名前、ヴォルティート…)……あぁ、なるほどな?それが、お前が成り変わる前の禁忌の長の名前ってわけか…」
メルビリスは呆れを押し殺し、冷静に状況を整理しようと試みる。
荒野を渡る熱風が2人の間を抜け、その新しい『名前』の響きだけが宙を漂った。
「そうそう!ちなみに〜、この世界では術印の強さが『色』で決まっていて、術印使いは身体のどこかにその色を落とし込んでる。例えば僕は〜……これだね?」
そう言うとディオスは、指に片眼鏡の紐を巻き付けて見せつけるように赤い宝石をメルビリスに向ける。
そしてそれを指で弾くと、ユラユラと日の光が反射された。
「そして、君も一緒について周る死神になったってわけだけど……正直もう、物語の本来の展開に沿って進めるか怪しくなったねー?」
「そこについては、別に気にしてねぇよ。今回は特に馬鹿げた状況の中で進むことになるんだ……どうせ、後の展開は『ぶち壊して』進む気なんだろ?」
「………それは時と場合によるかな…?」
「お前なぁ……何度も言うが、内容めちゃくちゃにして逃げられてみろよ…痛い目見るのは俺たちだぞ?」
低く響くメルビリスの声に、砂上の影が揺らぐ。
まるでその苛立ちを映すかのように、黒い靄が立ち上がる。
「うっ……分かってるってば〜。でも、展開メチャクチャにするって決める度にそう言われるけど、ほとんど大丈夫だったじゃん?」
「そりゃそうだが…」
「それに!もうこうして話をしながら本来の展開をしっかり進んでるしね!」
「……ん?じゃあ、今はどこに向かってるんだ?いや……ならこれも聞いておく。色々と確認だが今のこの世界自体の進捗はどんな感じなんだ?」
メルビリスの問いかけに、ディオスは片眼鏡をくいと押し上げながら歩を進める。
砂に覆われた大地は熱を帯び、踏み込むたびにじりじりと靴底を焦がすようだった。
「うーん……物語は進んでから、それなりに時間は経ったかな?だからまずは僕たちが移動して最初の原作の展開に持っていく必要があるから、そこに向けて進んでる感じ?」
視線を上げれば、揺らぐ地平線の先にかすかな影が浮かんでいる。
蜃気楼か、それとも『何か』の輪郭か。
ディオスの声色は軽いが、目だけは真剣にその一点を追っていた。
「なるほど……これも一応聞いておくが、これからぶつかる必要があるその展開ってのは何だ?」
「一言でまとめれば、『接敵』!この世界に来ている主人公と初めて
片手を広げて大げさに言うディオス。
だが足取りは緩めず、むしろ歩幅を広げるように前へと進んでいく。
「いきなりか……あとは1番重要なことを聞く。」
メルビリスの低い声が響いた瞬間、砂をかき乱す風がぴたりと止む。
空気は一層重くなり、遠くの大地がかすかに脈動するように揺れる。
この場の空気の変化は、これから話す内容がここまでの軽妙な会話よりも遥かに重大であることを示していた。
「……『不具合』と『奴ら』の目星は付いているのか?」
「………」
「好きにやるのはいいが、こっちが本来の目的ってことだけは忘れるなよ?」
「……もちろん。とりあえずは、最重要になる不具合がいるであろう場所にいくためにも、このまま物語を進めていく必要があるね…」
ディオスは言葉を切り、唐突に立ち止まる。
足下の砂の中あった枯れ枝を踏んだことで、ピシリとひび割れるような音を立てた。
「……でもねぇ…」
「…おい、何で急に止まったんだよ?」
メルビリスの声が低く響く。
その直後、風の向きが変わり乾いた砂粒が逆流するようにディオスの頬を叩いた。
空の色もどこか濁りを帯び、地平線に黒い靄がゆらゆらと立ちのぼっていく。
「いやぁ〜、言ったでしょ?今、僕たちがいるのは『前章譚』だって?実は……本編合流前に踏んでおかなきゃいけない手順があるんだよねー?そこで試したいこともあるしー。」
努めて軽く言うディオスの口元は笑っている。
しかし、肩越しに漂う影はざわつき、不吉な形をとって揺らめいていた。
「試したいことについては分かっている。だが前者についてはどういうことだ?」
メルビリスが訝しむ間にも、砂の下から低い振動が伝わってくる。
まるで大地そのものが何か巨大なものの接近を告げているかのようだった。
「その手順ってのは、一体なんだ?」
メルビリスが訝しむ間にも、砂の下から低い振動が伝わってくる。
まるで大地そのものが、何か巨大なものの接近を告げているかのようだった。
「……簡単に言えば、『通過儀礼』だよ。」
ディオスは軽く笑って言ったが、その声音は僅かに固い。
次の瞬間、地面の裂け目から黒い風が吹き出し、砂粒を渦のように巻き上げた。
「通過儀礼、だと?」
「うん。禁忌の術印使いとしてこの『前日譚』に踏み込んだからには、最初の『門番』とやり合わなきゃいけない。それを越えない限り、本編の舞台に足を踏み入れることすらできないんだよね…」
風が一層強まり、枯れ木の影が地面に張り付き、のたうつ蛇のように伸び広がる。
黒い靄の中から、骨のように軋む音がかすかに響いた。
「門番……か。まさか、もう出るのか?」
「…というか、たぶんもう『こっちを見てる』よ?」
ディオスの言葉に合わせるように、大地の震えが一段と強まる。
砂丘の向こうに、巨大な影がゆらりと姿を現した。
「ほーら来た…」
その瞬間、風向きが変わった。
砂の海がざわめき、背後の地平線の向こうで黒煙のような影が立ち上る。
空気は灼ける鉄の匂いを孕み、遠雷のような低い唸りが大地の底から響いてきた。
枯れ木の影は覆われ、巨大な『何か』が地面を風を送りつけながら近づいてくる。
「おいおいおい……待て…」
「さっ、まずは迫ってくるアレを、引きつけるまで逃げるよー!!」
「流石にいきなり過ぎたろうが…!?」
ディオスは笑みを浮かべながらも踵を返し、砂煙を蹴立てて駆け出した。
メルビリスの影も同時に揺らぎ、死神の輪郭を残してディオスの髪色に再び編み込まれるように吸い込まれていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます