第4話 『没ヒロイン』と『クソゲー』攻略法

 本来の設定では、姫咲財閥は、地元を救うために開発計画を立ち上げて、伝統産業に出資し、技術提携と販路拡大の契約を結ぶ予定だった。高木の実家も、その対象だったはずだ。


 だからこそ、高木は姫咲家に恩義を感じ、彼女を守る影のナイト役になる──それが、二人の未来だったはず。


「良かったな、お前の会社は潤って」


 高木は笑っていた。


 そこに罪悪感も相互理解もない。あるのは『被害者による、加害者への正義の鉄槌』だけだ。


「……わかりました」

 透華が震える手で、高級ブランドの財布を開く。

 千円札を五枚、高木に差し出した。


「これで、いいかしら……」

「へへ、毎度あり。話が早くて助かるぜ。やっぱり金持ってる奴は違うなぁ!」


 高木はひったくるように金を受け取ると、売れ残りのパンを透華の胸に押し付けた。

 そして西谷の方へ、誇らしげな顔で戻っていく。


「西谷さん! 回収してきましたよ! あいつらから奪われた分、きっちり取り返してやりました!」

「おー、やるじゃん。じゃあそれでカラオケ行くか」


 教室の空気が、それを容認している。


 誰一人として透華を庇わない。


 『悪徳業者の娘なんだから、これくらいされて当然だ』

 そんな無言の納得が、この空間を支配していた。


(腐ってやがる)


 食い込む爪の痛みさえも忘れて、俺は拳を強く握りしめていた。


「大丈夫か、姫咲。肩が震えてるけど」

「え、ええ。姫咲の娘ですし、これくらい慣れてますから……」

(なんで俺にシナリオを書かせてくれなかったんだよ)


 悲しそうな透華を見ながら、『経営の都合』と言い放ったプロデューサーの顔を思い出していた。

 俺だったらきっと、こいつらをまとめて幸せにしてやれたはずなのに。


「これはクソライターとクソプロデューサーが残した負の遺産ってわけだな。上等だ、まとめて俺がハッピーエンドに改変してやる」


 さっきのやり取りで確信した。

 この世界の悪意は、単なる嫌がらせレベルじゃない。


 もっと根深い、設定そのものを改竄するレベルで組み込まれている。


 姫咲家の設定が『財閥』から『悪徳業者』に書き換えられている以上、透華がどれだけ清廉潔白に振る舞おうと、周囲にとっては『加害者の娘』でしかない。


 高木がどれだけ酷いことをしても、それは『正義』として正当化されてしまう。


 これは、個別のイベントを潰してどうにかなる問題じゃない。


「あのライター、くだらない設定は固めるんだからな。良いじゃねえか、透華は主人公を大好きとか、そういう簡単な図式で」


 俺は続けていく。まるでモブがメタ発言を繰り返しているかのようだが、このクソゲーのプレイヤーは俺なので関係がない。


「設定ってのは、誰かを幸せにするためのもんで、悲しんだり、苦しんだりさせるもんじゃないっての……」


 俺がスプレーで高木を吹き飛ばしたところで、彼の中にある『苦しめられたことへの恨み』までは消せない。

(根本からひっくり返さないと、詰みだ)


 俺は、押し付けられたパンを抱えて立ち尽くす透華の背中を、一度だけ見た。


「ごめんな、『元覇権ヒロイン』。お前を輝かせてやることは、まだ出来なさそうだ……」


 今の俺が優しく声をかけても、透華をきちんと救うことはできない。


(俺はこの話を見たことがない。プロット自体は共有していたはずなんだが……)


 必要なのは、腕力でも、その場しのぎの金でもない。

 この悪意で塗り固められた『ストーリー』を覆し、改変されたキャラクターたちの『本来の設定』を取り戻すための『情報』と『力』だ。


 あるか? そんな場所が。


 このメインライターの悪意で満たされた学園に、俺のシナリオが介在できる聖域なんて──


「……いや、ある」


 一箇所だけ、心当たりがあった。

 俺の担当ヒロイン。


 メインライターの毒が完全には回っておらず、俺が込めた『優しさ』や『理屈』が生きているはずの場所。


「……図書室だ」


 俺は教室を飛び出し、廊下を走った。

 目指すのは、この学園の図書室──文野森琴葉ぶんのもりことはの聖域。


 琴葉は、ただのサブキャラじゃない。


 本来は、このゲームの『ナラティブ・ガイド』として実装されるはずの存在だった。


 シーンのジャンプ、変数、ラベルの管理、乱数の調整。それらを参照して、プレイヤーを導くシステム。それが琴葉に与えられるはずだった役割。


 だが、開発末期のデスマーチでその機能はオミットされて、行き場を失った琴葉の2Dアニメーションの立ち絵とわずかなイベントCGだけが残ってしまった。


『もったいないから、おまけの没イラストとして、回想にでも置いとけよ。え、一応シナリオも? そんなもん適当でいいから、お前明日までに書いとけ』


 プロデューサーはそう言って、琴葉を『データのゴミ』として処理しようとした。


 俺はそれが許せなくて、徹夜でキーボードを叩き続けた。


 ただの没ヒロインだった琴葉に、ヒロインとしての魂を吹き込んだ。


『お前、こんなに書いたのか? 実装にもコストがかかるんだよ。どうせ誰も読まないだろうし、背景に文字だけ表示しとくわ』


(クソっ、嫌なことを思い出しちまった……)


 だから、もし琴葉の深層領域に、オミットされたはずの『ナラティブ・ガイド』が眠っているとしたら。


 琴葉は、このクソったれな世界を改変する、攻略法にもなり得る。


 俺は階段を駆け降りてから、冷たい空気に満ちた廊下を走り抜ける。


 そして、静まり返った図書室の重い扉の前に立ち、呼吸を整えた。


 頼むぜ、琴葉。

 お前だけが頼みの綱だ。


 俺は祈るような気持ちで、その引き戸に手を掛けた。

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