第12章「王都への召喚」
証拠を入手してから二日が経った。
建吾たちは、国王への謁見を求めていた。宰相の裏切りを示す書簡を直接渡すためだ。
しかし、宰相の妨害は執拗だった。
謁見の申請は却下され、王宮への立ち入りも禁じられた。宰相は、建吾を「詐欺師」「逃亡犯」として指名手配にしていた。
「正面からは無理か」
建吾は、宿屋の一室で腕を組んでいた。
「ギルドの連中が、王宮の門を固めている。証拠を持っていても、中に入れなければ意味がない」
「別の方法はないのか」
ゴルドが、焦った様子で言った。
「明日にはクーデターが起きる。今夜中に何とかしないと……」
「わかっている」
建吾は、考え込んだ。
王宮に入る方法。正門が駄目なら、裏口。裏口も駄目なら——
「隠蔽部だ」
「また、あの臭い通路か」
「ああ。配管スペースを使えば、城内に入れる。問題は、国王の居室までたどり着けるかどうかだ」
シルヴァが、考え込みながら言った。
「国王の居室は、本殿の最上階にあります。配管スペースは、地下と一階にしか通じていません」
「なら、地下から侵入して、内部で移動する」
「見つかれば、即座に捕まります」
「そうだな」
建吾は、窓の外を見た。
夕日が、王都の街並みを赤く染めている。
時間がない。
明日の夜には、クーデターが起きる。それまでに、国王に証拠を渡さなければならない。
その時、部屋の扉を叩く音がした。
リーゼロッテだった。
彼女の顔は、緊張していた。
「ケンゴ様。一つ、方法があります」
「何だ」
「今夜、王宮で舞踏会が開かれます。国王陛下と、各地の貴族たちが集まる場です」
「舞踏会……」
「私は、グライフェンベルク辺境伯として招待されています。同伴者を一名、連れていくことができます」
建吾は、リーゼロッテの意図を理解した。
「俺を、同伴者として連れていくつもりか」
「はい。舞踏会の最中であれば、宰相も手を出しにくいはずです。その間に、国王陛下に証拠を渡すことができます」
「だが、俺は指名手配されている。顔が割れているだろう」
「仮面舞踏会です」
リーゼロッテは、わずかに微笑んだ。
「参加者全員が、仮面をつけています。顔は隠せます」
建吾は、リーゼロッテを見つめた。
彼女は、自分の立場を危険にさらしてまで、建吾を助けようとしている。
もし発覚すれば、グライフェンベルク家は反逆者として処罰されるかもしれない。
「いいのか」
「構いません」
リーゼロッテは、きっぱりと言った。
「この国を守るためなら、どんな危険も厭いません。それに……」
彼女の目が、わずかに潤んだ。
「私は、ケンゴ様を信じています」
◇ ◇ ◇
舞踏会の準備は、大急ぎで行われた。
リーゼロッテは、建吾のために正装を用意した。黒のフロックコートに、白いシャツ。銀の仮面。
建吾が着替えると、ゴルドが口笛を吹いた。
「おい、見違えたぞ。まるで貴族だ」
「馬子にも衣装だ」
「謙遜するな。似合ってるぞ」
シルヴァも、感心したように頷いた。
「人間は、服装で印象が大きく変わりますね。私は三百年経っても、人間のその習性に驚かされます」
建吾は、鏡を見た。
確かに、見違えるような姿だった。普段の作業着姿とは、別人のようだ。
だが、中身は同じだ。
俺は、内装工だ。
その事実は、何を着ても変わらない。
「行くか」
建吾は、リーゼロッテの方を向いた。
彼女も、正装していた。深い青のドレスに、銀の装飾。同じく銀の仮面。
美しかった。
建吾は、自分がそう感じたことに、少し驚いた。
これまで、リーゼロッテを「仕事の依頼主」としてしか見ていなかった。だが、今夜は違う感情がある。
それが何なのかは、まだわからない。
「参りましょう」
リーゼロッテが、手を差し出した。
建吾は、その手を取った。
◇ ◇ ◇
王宮の大広間は、煌びやかな光に満ちていた。
巨大なシャンデリア。金箔を貼った壁。大理石の床。そして、数百人の貴族たちが、豪華な衣装と仮面を身につけて踊っている。
建吾は、その光景を見ながら、別のことを考えていた。
このシャンデリア、固定が甘いな。落ちてきたら危険だ。
壁の金箔、一部が剥がれかけている。湿気が原因だろう。
床の大理石、目地が汚れている。定期的な清掃が必要だ。
職業病だ、と建吾は自分で思った。
だが、この視点が、今夜は役に立つかもしれない。
「国王陛下は、奥の玉座にいらっしゃいます」
リーゼロッテが、小声で言った。
「踊りながら、少しずつ近づきましょう」
「踊る?」
「ええ。舞踏会ですから」
リーゼロッテは、建吾の手を引いて、ダンスフロアに向かった。
建吾は、踊りの経験がなかった。元の世界でも、この世界でも。
だが、リーゼロッテがリードしてくれた。彼女の動きに合わせて、体を動かす。
「お上手ですね」
「嘘をつくな。俺は素人だ」
「でも、リズム感はあります。それに、体の動きに無駄がない」
「仕事で体を使っているからな」
二人は、踊りながら会話を続けた。
周囲の貴族たちは、二人に特に注意を払っていない。仮面のおかげで、建吾の正体は隠せている。
少しずつ、玉座に近づいていく。
国王は、玉座に座って舞踏会を見守っていた。五十代くらいの、威厳のある男だ。その隣には——
宰相ヴェルナーが立っていた。
「まずいな」
建吾は、宰相の姿を見て呟いた。
「国王の傍に、宰相がいる。あいつがいたら、証拠を渡せない」
「どうしましょう……」
「作戦を変える。宰相を引き離す方法を考えないと」
その時、音楽が止まった。
大広間の入り口から、誰かが入ってきた。
それは、兵士たちだった。
ギルドの紋章をつけた兵士が、十人ほど。先頭に立っているのは——
「見つけたぞ、墨田建吾」
宰相ヴェルナーの声が、大広間に響いた。
「仮面で顔を隠しても、無駄だ。お前の体格と動きは、報告を受けている」
建吾は、舌打ちをした。
見つかった。誰かに、密告されたのだ。
兵士たちが、建吾を取り囲むように近づいてくる。
リーゼロッテが、建吾の前に立ちはだかった。
「お待ちください。この方は、私の同伴者です。何の罪もない方です」
「罪がない?」
ヴェルナーは、冷たく笑った。
「この男は、王宮から逃亡した罪人だ。さらに、偽造文書を作成し、私を陥れようとした詐欺師だ」
「偽造文書ではありません! あの書簡は、あなた自身が書いたものです!」
「証拠はあるのか」
「あります!」
建吾は、懐から書簡を取り出した。
「この書簡だ。宰相が魔王軍と密通している証拠だ」
大広間が、ざわめいた。
貴族たちが、驚きの声を上げている。
「魔王軍と密通……?」
「宰相が、裏切り者……?」
ヴェルナーの顔色が、わずかに変わった。
だが、すぐに落ち着きを取り戻した。
「馬鹿馬鹿しい。そんな偽造文書を証拠だなどと……」
「偽造かどうかは、調べればわかる」
建吾は、国王に向かって声を上げた。
「陛下! この書簡をお調べください! 宰相の筆跡と、封蝋を照合すれば、真偽がわかるはずです!」
国王は、玉座から立ち上がった。
「その書簡を、見せよ」
「陛下!」
ヴェルナーが、慌てた様子で言った。
「このような場で、詐欺師の言葉を……」
「黙れ、ヴェルナー」
国王の声は、冷たかった。
「私は、この男の話を聞く。邪魔をするな」
ヴェルナーの顔が、強張った。
建吾は、兵士たちの間を縫って、国王の前に進み出た。
そして、書簡を差し出した。
国王は、書簡を受け取り、じっくりと目を通した。
その表情が、次第に険しくなっていく。
「これは……」
国王は、ヴェルナーに向き直った。
「ヴェルナー。この書簡に書かれていることは、事実か」
ヴェルナーは、一瞬、言葉を失った。
それから——
「今だ!」
彼は、叫んだ。
同時に、大広間の扉が開いた。
黒い鎧を着た兵士たちが、なだれ込んでくる。
魔王軍だ。
「クーデターか!」
国王が、剣を抜こうとした。
だが、ヴェルナーの方が早かった。
宰相の手には、小さなナイフが握られていた。それが、国王の喉元に突きつけられる。
「動くな! 動けば、国王は死ぬぞ!」
大広間が、恐怖と混乱に包まれた。
貴族たちが悲鳴を上げ、逃げ惑う。
魔王軍の兵士たちが、出口を塞いでいく。
「計画より一日早いが、まあいい」
ヴェルナーは、歪んだ笑みを浮かべた。
「どのみち、お前たちは全員、ここで終わりだ」
◇ ◇ ◇
建吾は、状況を分析していた。
大広間には、約三百人の貴族がいる。出口は四箇所。すべて、魔王軍に塞がれている。
兵士の数は、約五十人。貴族側には、護衛を含めても、戦える者は二十人程度だ。
数の上では、圧倒的に不利。
だが——
建吾は、大広間の構造を見回した。
柱の位置。壁の材質。天井の高さ。シャンデリアの固定方法。
そして、あの壁——
大広間の奥に、大きな壁がある。豪華な壁紙が貼られ、絵画が飾られている。
だが、建吾の目は、その裏側を見透かしていた。
あの壁は、薄い。石造りではなく、木枠に石膏を塗っただけの構造だ。パーティション——可動間仕切りに近い造りだ。
そして、その壁の向こうには——
「リーゼロッテ」
建吾は、小声で言った。
「あの壁の向こうに、何がある」
「あの壁……? 確か、隣室への通路があったはずです。普段は使われていませんが……」
「通路か。完璧だ」
建吾は、計画を立てていた。
あの壁を突破すれば、隣室に逃げられる。そこから、城内の他の場所に移動できる。
問題は、どうやって壁を破るか。そして、貴族たちを誘導するか。
「俺に任せろ」
建吾は、リーゼロッテに言った。
「合図をしたら、皆をあの壁に向かわせろ」
「何をするつもりですか」
「壁を、壊す」
建吾は、ゆっくりと歩き始めた。
周囲の貴族たちに紛れながら、シャンデリアの真下まで移動する。
そこには、シャンデリアを吊っているロープの固定金具がある。
建吾は、その金具を見た。
古い。錆びている。そして、固定が甘い。
もし、この金具を外したら——
シャンデリアは、落下する。
巨大なシャンデリアが落ちれば、大混乱が起きる。その隙に、壁を突破できる。
建吾は、懐から小さな道具を取り出した。
万力鋏だ。本来は針金を切るための道具だが、細いロープなら切れる。
シャンデリアのロープに、手を伸ばす。
切る。
パチン。
ロープが切れた。
しかし、シャンデリアは落ちない。複数のロープで吊られているからだ。
建吾は、次のロープに手を伸ばす。
パチン。
さらに、次。
パチン。
最後の一本——
パチン。
シャンデリアが、落下を始めた。
「うわああああっ!」
悲鳴が上がる。
巨大なシャンデリアが、大広間の中央に落下する。
轟音。砕け散るガラス。炎が散る。
大混乱だ。
「今だ!」
建吾は、叫んだ。
「リーゼロッテ! あの壁だ!」
リーゼロッテは、即座に動いた。
周囲の貴族たちに声をかけ、壁の方へ誘導する。
建吾は、壁に向かって走った。
壁紙を引き剥がす。下の石膏が現れる。
拳を振り上げ、壁を殴る。
バキッ。
石膏が砕けた。
穴が開く。その向こうに、暗い通路が見える。
「こっちだ! 逃げろ!」
建吾は、貴族たちを通路に導いた。
一人、また一人。続々と、壁の穴をくぐっていく。
魔王軍の兵士たちが、こちらに気づいた。
「逃がすな!」
兵士たちが、駆けてくる。
だが、混乱した大広間の中では、思うように動けない。倒れたシャンデリアが障害物になり、貴族たちが逃げ惑う人混みが邪魔をする。
「早く! 早く!」
建吾は、貴族たちを急かしながら、自分は最後まで残った。
リーゼロッテが、壁の穴から手を伸ばす。
「ケンゴ様! 早く!」
建吾は、穴に飛び込んだ。
直後、兵士の剣が、壁を突き刺した。
あと一瞬遅ければ、串刺しにされていただろう。
「逃げよう」
建吾は、リーゼロッテの手を取り、通路を駆け出した。
暗い通路。その先に、何があるかはわからない。
だが、後ろには敵がいる。
前に進むしかない。
建吾は、走りながら考えていた。
クーデターは、始まってしまった。
国王は、宰相に捕らえられている。
王城は、魔王軍に占領されようとしている。
最悪の状況だ。
だが、まだ終わりじゃない。
建吾には、仲間がいる。技術がある。そして、この城の構造を知っている。
空間を支配する者が、戦場を支配する。
その言葉が、建吾の頭の中で響いていた。
戦いは、これからだ。
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