第11章「職人たちとの絆」

襲撃事件から三日後。


 建吾たちは、王宮の宿舎を離れ、王都の下町にある宿屋に移っていた。


 宰相の息がかかった場所にいては、いつまた襲われるかわからない。リーゼロッテの伝手で、信頼できる宿を紹介してもらったのだ。


「怪我の具合はどうだ」


 ゴルドが、建吾の包帯を見ながら尋ねた。


 襲撃の際、逃げる途中で転んで膝を擦りむいていた。大した傷ではないが、ゴルドは心配そうな顔をしている。


「大丈夫だ。もう痛みもない」


「そうか。……あの夜のこと、すまなかった」


「何がだ」


「俺がついていれば、あんなことにはならなかった」


 ゴルドは、悔しそうに拳を握りしめた。


「宿に戻るまでの道くらい、一人で大丈夫だと思っていた。俺の油断だ」


「お前のせいじゃない」


 建吾は、首を振った。


「襲ってきたのは宰相の連中だ。お前がいたところで、相手は手を変えてきただろう」


「それでも……」


「くよくよするな。生きてるんだから、それでいい」


 建吾は、窓の外を見た。


 王都の下町は、雑然としていた。石畳の道は汚れ、建物は古びている。だが、人々の活気はあった。商人が声を張り上げ、子供たちが走り回り、職人が仕事をしている。


 ここには、王宮のような華やかさはない。


 だが、生活がある。


「ケンゴ様」


 シルヴァが、部屋に入ってきた。


「外に、誰か来ています。あなたに会いたいと」


「誰だ」


「若い人間です。名前は……マルコ、と言っていました」


      ◇  ◇  ◇


 マルコは、十六歳の少年だった。


 痩せた体に、ぼろぼろの服。日に焼けた肌と、まっすぐな目。


「俺を、弟子にしてください」


 開口一番、彼はそう言った。


 建吾は、少し困惑した。


「弟子?」


「はい。あなたの技術を、学びたいんです」


「なぜ俺を」


「王宮での検証を、見ていました」


 マルコの目が、熱を帯びた。


「壁を叩いて、中の状態がわかる。あんなこと、今まで見たことがありません。俺は……俺は、ああいう技術を身につけたいんです」


「お前は、何をしている人間だ」


「左官の見習いです。でも、ギルドに入れてもらえなくて……今は、日雇いの仕事をしています」


「ギルドに入れない?」


「親がいないので。ギルドに入るには、保証人が必要なんです」


 建吾は、マルコをじっと見た。


 孤児。ギルドに入れない。日雇い労働者。この世界でも、そういった人間がいるのだ。


「技術を学ぶのは、簡単じゃないぞ」


「わかっています」


「俺の指示には、絶対に従ってもらう。危険な作業もある。怪我をするかもしれない」


「覚悟はできています」


「給料は、当分出せない」


「構いません。飯を食わせてもらえれば、それでいいです」


 建吾は、ため息をついた。


 元の世界でも、似たような若者を何人も見てきた。技術を学びたいという純粋な情熱を持った者。彼らの中から、優れた職人が育っていった。


「……いいだろう。ただし、試用期間だ。一ヶ月、様子を見る。その間に適性がないと判断したら、辞めてもらう」


 マルコの顔が、ぱっと輝いた。


「ありがとうございます! 絶対に、期待に応えます!」


「その言葉、忘れるなよ」


      ◇  ◇  ◇


 マルコが加わったことで、建吾のチームは五人になった。


 建吾。ゴルド。シルヴァ。マルコ。そして、火の魔法使いマルタ。


 王宮の工事は中断されたままだったが、建吾は時間を無駄にしなかった。


 宿屋の一室を借り切り、即席の工房を作った。そこで、職人たちに技術の指導を行う。


「墨出しの基本は、基準線を正確に引くことだ」


 建吾は、床に道具を並べながら説明した。


「基準線がずれれば、その上に作るものは全部ずれる。だから、最初の一本を引くときは、細心の注意を払う」


 マルコは、真剣な顔でメモを取っていた。


 彼には、メモを取る習慣があった。建吾が教えることを、全て書き留めている。文字は下手だが、内容は的確だ。


「次に、水平を確認する方法だ」


 建吾は、水準器を取り出した。


「この道具は、水の性質を利用している。水は、常に水平になろうとする。だから、この管の中の気泡が中央にあれば、その面は水平だ」


「なるほど……」


 マルコは、水準器をじっと見つめた。


「でも、この道具がなかったら、どうすればいいんですか」


「いい質問だ」


 建吾は、頷いた。


「道具がなくても、水平を確認する方法はある。水を張った容器を使えばいい。水面は常に水平だから、それを基準にできる」


「水を……」


「道具に頼りすぎるな。原理を理解していれば、道具がなくても何とかなる。それが、職人の強みだ」


 ゴルドが、感心したように頷いた。


「いい教え方だな。俺の師匠は、ただ『見て覚えろ』としか言わなかった」


「それも一つの方法だ。だが、原理を言葉で説明した方が、理解は早い」


「確かに……」


 シルヴァも、興味深そうに聞いていた。


「あなたの世界では、こうやって技術を伝えるのですか」


「ああ。マニュアルを作り、研修を行い、実地で訓練する。個人の勘や経験だけに頼らない」


「効率的ですね」


「効率だけじゃない。技術を『見える化』することで、誰でも同じ品質の仕事ができるようになる。それが、標準化だ」


 シルヴァは、しばらく考え込んでいた。


「三百年、木工をしてきましたが、そのような考え方はありませんでした。技術は、個人のものだと思っていた」


「個人の技術も大事だ。だが、それだけでは、次の世代に伝わらない」


「……そうかもしれません」


 シルヴァの目に、何か新しい光が宿ったように見えた。


      ◇  ◇  ◇


 指導の合間に、建吾は宰相への対抗策を考えていた。


 公開検証で、王宮の施工不良は明らかになった。だが、宰相はまだ権力を握っている。国王に直接訴えることも難しい。


「証拠が必要だ」


 建吾は、仲間たちに言った。


「王宮の施工不良だけじゃ、宰相を追い詰めるには弱い。もっと決定的な証拠がいる」


「どんな証拠だ」


 ゴルドが尋ねた。


「宰相が、意図的に工事を妨害していた証拠。あるいは、ギルドの金を不正に使っていた証拠。そういうものがあれば、国王も動かざるを得ない」


「それを、どうやって手に入れる」


「……わからない」


 建吾は、正直に答えた。


「だが、考える時間はある。王宮の工事が中断している間、俺たちは自由に動ける」


 その時、宿屋の扉を叩く音がした。


 リーゼロッテだった。


「ケンゴ様。緊急のお話があります」


      ◇  ◇  ◇


 リーゼロッテが持ってきた情報は、衝撃的だった。


「宰相が、魔王軍と密通している?」


 建吾は、思わず声を上げた。


「はい。私の家臣が、独自に調査を進めていました。その結果、宰相が魔王軍の使者と秘密裏に会っていたことが判明したのです」


「どういうことだ。なぜ、人間の宰相が魔王軍と……」


「わかりません。ただ、一つ言えることがあります」


 リーゼロッテの表情が、険しくなった。


「宰相が、王城の改修工事を妨害していたのは、単に利権を守るためではなかった。王城の防御力を、意図的に低下させようとしていたのです」


 建吾は、その言葉の意味を理解した。


 王城の施工不良。壁の内部が空洞になっている。支持材が欠損している。


 それは、事故ではなく、意図的なものだった。


 魔王軍が攻めてきたとき、王城が簡単に落ちるように——


「宰相は、裏切り者なのか」


「そう考えるしかありません」


 リーゼロッテは、深刻な顔で言った。


「問題は、この情報をどう活かすかです。証拠なしに告発すれば、私たちが返り討ちにあいます」


「証拠……」


 建吾は、考え込んだ。


 宰相が魔王軍と密通している。その証拠を、どうやって手に入れるか。


「王城の内部を、もう一度調査できないか」


「それは……難しいでしょう。今、王城は宰相の息がかかった兵士で固められています」


「表から入れないなら、裏から入る」


 建吾の目が、鋭くなった。


「あの城には、配管用のスペースがある。『隠蔽部』だ。人目につかない場所を通れば、内部に潜入できるかもしれない」


「危険です」


「承知の上だ」


 建吾は、立ち上がった。


「だが、このまま何もしなければ、状況は悪くなる一方だ。宰相が魔王軍と繋がっているなら、いずれこの国は攻撃される。その前に、何とかしないといけない」


 ゴルドが、ゆっくりと口を開いた。


「俺も行く」


「ゴルド……」


「一人で行かせるわけにはいかない。俺の体は小さいから、狭いところも通れる」


 シルヴァも、頷いた。


「私も行きます。暗視の魔法が使えます。暗い場所でも、道を見失いません」


「シルヴァ……」


「それに、三百年の経験が、何かの役に立つかもしれません」


 マルコが、緊張した顔で言った。


「俺も……俺も、何かできますか」


「お前は、ここに残れ」


 建吾は、首を振った。


「まだ訓練が足りない。危険な任務には、連れていけない」


「でも……」


「残って、マルタと一緒に待機してくれ。俺たちが戻らなかったら、リーゼロッテ様に知らせるんだ」


 マルコは、悔しそうな顔をした。だが、最終的には頷いた。


「わかりました。……必ず、戻ってきてください」


「ああ。約束する」


      ◇  ◇  ◇


 深夜。


 建吾、ゴルド、シルヴァの三人は、王城の裏手にいた。


 城壁の下に、小さな排水口がある。そこから、城内の配管スペースに侵入できるはずだ。


「狭いな」


 ゴルドが、排水口を覗き込んで言った。


「俺でも、ギリギリだ」


「行けるか」


「行ける。お前は?」


「何とかなる」


 建吾は、排水口に身を滑り込ませた。


 暗い。狭い。そして、臭い。


 下水の臭気が、鼻を突く。だが、我慢するしかない。


 シルヴァが、小さく呪文を唱えた。


 彼女の目が、淡く光る。暗視の魔法だ。


「道を案内します。ついてきてください」


 三人は、暗い配管スペースを進んでいった。


 建吾は、頭の中で王城の構造を思い描いていた。


 公開検証の際に、城内を歩き回った。その時の記憶を頼りに、現在地を推測する。


 ここは、城の北東部。厨房の下あたりだ。


 宰相の執務室は、南西部の塔にある。そこまで、配管スペースを辿っていければいい。


 問題は、途中で見つかることだ。


 配管スペースは、普段は人が入らない。だが、もし誰かに発見されれば、言い逃れはできない。


 慎重に、慎重に進む。


 一時間ほど経った頃、シルヴァが足を止めた。


「上に、人の気配がします」


「何人だ」


「二人。……話し声が聞こえます」


 建吾は、耳を澄ませた。


 かすかに、声が聞こえる。


 配管スペースの天井には、所々に通気口がある。そこから、上の部屋の音が漏れてくるのだ。


「聞き取れるか」


「……試してみます」


 シルヴァが、通気口に耳を近づけた。


 彼女の耳は、人間より遥かに敏感だ。


 しばらく聞いていた彼女の顔が、険しくなった。


「宰相です。誰かと話しています」


「内容は」


「……『三日後に、門を開ける』と言っています」


 建吾の背筋が、凍りついた。


 三日後に、門を開ける。


 それは——


「魔王軍を、王都に引き入れるつもりか」


 シルヴァは、さらに聞き耳を立てた。


「『城内の防御は、既に骨抜きにしてある』と……『国王を殺し、新しい体制を作る』……」


 クーデターだ。


 宰相は、魔王軍と手を組んで、王国を乗っ取ろうとしている。


「証拠を押さえないと」


 建吾は、周囲を見回した。


「この会話を、誰かに聞かせる方法はないか」


「難しいですね。この場にいるのは、私たちだけです」


「くそ……」


 建吾は、歯を噛みしめた。


 会話を聞いても、それだけでは証拠にならない。宰相は、「そんなことは言っていない」と否定すればいい。


 だが——


「待ってくれ」


 建吾は、天井を見上げた。


 通気口の向こうに、宰相の執務室がある。


 そこには、何かの記録——文書や、手紙——があるはずだ。魔王軍との密約を示すものが。


「上に、上がれないか」


「上?」


「宰相の執務室だ。今、宰相は誰かと話している。その間に、部屋を調べられないか」


 ゴルドが、渋い顔をした。


「無茶だ。見つかったら、即座に殺される」


「だが、このまま引き下がっても、何も変わらない」


「それは……」


「三日後には、クーデターが起きる。それまでに、証拠を押さえないといけないんだ」


 ゴルドとシルヴァは、顔を見合わせた。


 そして、二人とも頷いた。


「わかった。やってみよう」


「ありがとう」


 建吾は、通気口を見上げた。


 小さい。人が通れるサイズではない。


 だが——


「ゴルド。お前なら、通れるか」


「……やってみる」


 ゴルドは、通気口の格子を外した。


 狭いが、ドワーフの小柄な体なら、何とか通れそうだ。


 彼は、音を立てないように、慎重に体を持ち上げた。


 そして、通気口の中に消えていった。


      ◇  ◇  ◇


 待つこと、十分。


 通気口から、ゴルドの手が現れた。


 その手には、数枚の紙が握られていた。


「見つけた」


 ゴルドが、低い声で言った。


「魔王軍との書簡だ。宰相の署名入りだ」


「よくやった」


 建吾は、紙を受け取った。


 暗くて読めないが、これが証拠になる。


「撤退しよう。見つかる前に」


 三人は、来た道を引き返した。


 心臓が、激しく脈打っていた。


 だが、表情には出さない。


 今は、無事に脱出することだけを考える。


 排水口から外に出たとき、夜明けが近づいていた。


 東の空が、わずかに白み始めている。


「やったな」


 ゴルドが、疲れた顔で言った。


「これで、宰相を追い詰められる」


「ああ。だが、まだ終わりじゃない」


 建吾は、手の中の紙を見つめた。


「この証拠を、国王に届けないといけない。そして、クーデターを阻止しないといけない」


「三日しかないぞ」


「わかっている」


 建吾は、空を見上げた。


 朝日が、王都の街並みを照らし始めていた。


 三日。


 それだけの時間で、国を救う。


 普通なら、不可能だ。


 だが、建吾には仲間がいる。


 ゴルド。シルヴァ。マルコ。マルタ。そして、リーゼロッテ。


 彼らと一緒なら、何とかなるかもしれない。


「戻ろう。皆に、報告しないと」


 建吾は、宿屋に向かって歩き始めた。


 戦いは、これからだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る