第13章「王城の積算」
暗い通路を抜けた先は、王城の東翼棟だった。
建吾たちは、約五十人の貴族と共に、ここに逃げ込んでいた。その中には、国王の近衛騎士も数人含まれている。
「ここは安全ですか」
リーゼロッテが、周囲を見回しながら尋ねた。
「今のところはな」
建吾は、通路の構造を確認しながら答えた。
「だが、すぐに追手が来る。ここに留まるのは危険だ」
「では、どうすれば……」
「城内を移動しながら、態勢を立て直す。そして、国王を救出する」
近衛騎士の一人——ガルドという名の屈強な男——が、近づいてきた。
「あなたが、ケンゴ殿か」
「そうだ」
「城内の構造に詳しいと聞いた。私たちを、安全な場所に導いてもらえないか」
建吾は、ガルドを見た。
精悍な顔つきに、鍛え抜かれた体。騎士としての訓練を積んできた男だ。
「導ける。だが、条件がある」
「条件?」
「俺の指示に従ってもらう。戦闘に関しては、お前たちの方が強い。だが、城内の移動に関しては、俺が最善の判断ができる」
ガルドは、少し考えてから頷いた。
「わかった。城内の移動については、あなたに従おう」
「よし。では、まず現状を把握する」
建吾は、壁に背を預けて考え始めた。
頭の中に、王城の構造が浮かび上がる。
公開検証の際に歩き回った時の記憶。配管スペースを通った時の経験。そして、リーゼロッテから聞いた情報。
王城は、本殿を中心に、東西南北に四つの翼棟が広がっている。
現在いるのは、東翼棟。
舞踏会が行われていた大広間は、本殿の一階。
国王が捕らわれているのは、おそらく本殿のどこか。
魔王軍は、全ての出入り口を塞いでいるはずだ。正面突破は不可能。
「配管スペースを使う」
建吾は、決断した。
「城内には、配管用の隠蔽部がある。そこを通れば、敵に見つからずに移動できる」
「配管スペース? そんなものがあるのか?」
ガルドが、驚いた顔をした。
「ある。王城ほどの規模の建物には、必ず裏側の通路がある。給水、排水、暖房用の煙道。それらを通すためのスペースだ」
「そんな場所、聞いたことがない」
「当然だ。隠蔽部は、完成した建物からは見えないようになっている。だが、俺には見える」
建吾は、壁を見つめた。
「この壁の向こうに、煙道用の空間がある。幅は約五十センチ。人が一人、ギリギリ通れるサイズだ」
「どうやって、入るのだ」
「壁を、壊す」
◇ ◇ ◇
建吾の指示で、騎士たちが壁の一部を破壊した。
予想通り、その向こうには細い空間があった。煤で汚れた壁面。上へ上へと続く、狭い通路。
「すごい……」
マルコが、呆然と呟いた。
彼も、宿屋から駆けつけていた。舞踏会の混乱を聞き、リーゼロッテの護衛たちと共に王城に来たのだ。
「壁の向こうに、こんな空間があるなんて……」
「どんな建物にもある」
建吾は、通路を覗き込みながら言った。
「見えないだけだ。建物の裏側には、必ず『隠蔽部』がある。配管、配線、断熱材。それらを通すためのスペースが」
「師匠は、それが見えるんですね」
「見える、というより、わかる。建物の構造を理解していれば、隠蔽部がどこにあるかは推測できる」
建吾は、通路に入った。
「俺が先に行く。足元に気をつけろ。滑りやすい」
狭い通路を、一列になって進む。
暗い。埃っぽい。そして、狭い。
だが、敵に見つかるよりはましだ。
建吾は、頭の中で城の構造を思い描きながら進んだ。
東翼棟から、本殿へ。
一階から、二階へ。
目指すは、国王が捕らわれている場所。
おそらく、玉座の間だ。宰相は、国王を人質にして、正当性を主張するつもりだろう。玉座の間は、王権の象徴だ。そこに国王を置くことで、自分がクーデターの勝者であることを示すことができる。
建吾たちは、煙道用の通路を上へ上へと登っていった。
途中、何度か水平方向に移動し、別の棟に入る。
一時間ほどかけて、本殿の二階に到達した。
「ここだ」
建吾は、壁の一点を指差した。
「この向こうが、玉座の間への回廊だ」
「敵は、いるか」
ガルドが、低い声で尋ねた。
「わからない。音を聞いてみる」
建吾は、壁に耳を当てた。
かすかに、声が聞こえる。
魔王軍の兵士たちが、何かを話している。
「国王は、玉座の間に」
「宰相様が、演説を——」
「門は、すべて封鎖——」
「玉座の間に、国王がいる」
建吾は、小声で報告した。
「宰相が、何かの演説をしているらしい。おそらく、クーデターの正当性を主張している」
「今が、チャンスだ」
ガルドが、剣を抜いた。
「宰相が演説に集中しているうちに、突入する」
「待て」
建吾は、ガルドを止めた。
「正面から突入しても、勝てない。敵の数が多すぎる」
「では、どうする」
「別の方法を考える」
建吾は、壁の構造を見つめた。
玉座の間の構造。天井の高さ。柱の位置。そして——
「シャンデリアがある」
「シャンデリア?」
「玉座の間にも、大きなシャンデリアがあるはずだ。さっきと同じ方法で、混乱を起こせる」
「だが、どうやってシャンデリアまで——」
「天井裏だ」
建吾は、上を指差した。
「この通路を上に登れば、天井裏に出られる。そこから、シャンデリアの固定部分にアクセスできるはずだ」
ガルドは、少し考えてから頷いた。
「わかった。あなたの作戦に従おう」
◇ ◇ ◇
天井裏は、埃と蜘蛛の巣だらけだった。
建吾は、ゆっくりと梁の上を歩きながら、玉座の間の真上を目指した。
後ろには、ゴルドとシルヴァがついてきている。他のメンバーは、壁の穴の近くで待機している。
「見えるか」
建吾は、天井板の隙間から、下を覗き込んだ。
玉座の間。
豪華な装飾が施された広大な空間。その中央に、巨大なシャンデリアが吊り下げられている。
そして、玉座の前に——
宰相ヴェルナーが立っていた。
彼の後ろには、国王が縛られた状態で座らされている。周囲には、数十人の魔王軍兵士。
宰相は、何かの演説をしていた。
「——我が王国は、腐敗した王家によって、衰退の一途を辿ってきた。だが、今日から新しい時代が始まる。魔王様との同盟により、我が国は——」
建吾は、演説を聞き流しながら、シャンデリアの固定部分を確認した。
太いロープが四本。天井の梁に固定されている。
大広間のシャンデリアよりも、頑丈な作りだ。ロープを切っただけでは、落ちないかもしれない。
「固定が頑丈だな」
「俺に任せろ」
ゴルドが、小声で言った。
「金属の接合部がある。あそこを外せば、ロープを切らなくても落とせる」
「できるか」
「ドワーフを舐めるな」
ゴルドは、にやりと笑った。
「金属の加工は、俺たちの得意分野だ」
彼は、腰の道具袋から、小さな鑿(のみ)を取り出した。
音を立てないように、慎重に梁の上を移動する。
シャンデリアの固定部分に近づき、金属の接合部を確認する。
そして——
カチン。
小さな音がした。
「よし」
ゴルドが、親指を立てた。
「後は、この留め金を外せば落ちる」
「合図を送る。俺が壁を叩いたら、外してくれ」
「わかった」
建吾は、天井板の隙間から、再び下を確認した。
宰相の演説は、まだ続いている。
国王は、無表情な顔で座っている。だが、その目は生きていた。まだ、希望を捨てていない。
建吾は、壁の穴まで戻った。
そこには、ガルドと騎士たちが待っていた。
「準備はできた」
建吾は、低い声で言った。
「合図と同時に、シャンデリアが落ちる。その混乱に乗じて、突入する」
「国王陛下の救出が、最優先だ」
「わかっている。俺が宰相の注意を引く。その間に、国王を連れ出してくれ」
「あなたは、どうする」
「俺には、俺のやり方がある」
建吾は、壁の穴に手を伸ばした。
◇ ◇ ◇
パンパンパン。
建吾が壁を叩く音が、天井裏に響いた。
同時に、ゴルドが留め金を外した。
轟音。
巨大なシャンデリアが、玉座の間に落下した。
炎が散り、ガラスが砕け散る。
悲鳴と怒号が入り乱れる。
「今だ!」
建吾は、壁の穴から飛び出した。
同時に、ガルドと騎士たちが回廊から突入する。
混乱した玉座の間。
魔王軍の兵士たちは、落下したシャンデリアに気を取られている。
建吾は、その隙を縫って、宰相に向かった。
「ヴェルナー!」
宰相は、振り返った。
その顔に、驚きと怒りが浮かぶ。
「貴様……! どこから……!」
「お前の計画は、終わりだ」
建吾は、宰相に近づいた。
「王城の構造は、俺が全て把握している。お前がどこに逃げても、追い詰められる」
「ふざけるな! たかが内装工が……!」
宰相は、懐から短剣を抜いた。
だが、その動きは遅かった。
建吾は、宰相の腕を掴み、短剣を叩き落とした。
元の世界で、現場の揉め事を何度も仲裁してきた経験が活きた。酔った職人の暴力を止める程度のことは、何度もあった。
「お前は、建築家じゃない」
建吾は、宰相の顔を睨みながら言った。
「建築家は、壊すんじゃない。作るんだ」
宰相は、歯を食いしばった。
「殺せ……! こいつを殺せ……!」
だが、魔王軍の兵士たちは、もう宰相の命令を聞いていなかった。
ガルドと騎士たちが、国王を救出していた。そして、近衛騎士たちが次々と玉座の間に突入してくる。
形勢は、逆転していた。
「終わりだ、ヴェルナー」
国王の声が、玉座の間に響いた。
「お前のクーデターは、失敗した」
宰相は、ガクリと膝を折った。
彼の野望は、この夜、潰えた。
◇ ◇ ◇
夜明け。
クーデターは、完全に鎮圧された。
宰相ヴェルナーは捕縛され、魔王軍の兵士たちは投降するか、逃亡した。
王城は、国王の手に戻った。
建吾は、疲れ切った体を引きずりながら、王城の庭に立っていた。
空が、少しずつ明るくなっていく。
長い夜だった。
「ケンゴ様」
リーゼロッテが、近づいてきた。
彼女も、疲労の色を隠せていない。だが、その目は輝いていた。
「お疲れ様でした」
「ああ。お前もな」
「ケンゴ様のおかげで、国王陛下を救出できました」
「俺一人の力じゃない。皆が協力したからだ」
建吾は、空を見上げた。
「だが、まだ終わりじゃない」
「はい……」
リーゼロッテの表情が、曇った。
「魔王軍の本隊が、国境に迫っています。この城を守っただけでは、何も解決していません」
「わかっている」
建吾は、頷いた。
「次は、魔王軍と戦わなければならない。……いや、魔王城と戦わなければならない」
「魔王城と……?」
「ああ。城を落とせば、戦争は終わる。問題は、どうやって落とすかだ」
建吾は、東の空を見つめた。
魔王城は、遠い北の荒野にあるという。
人類連合軍は、これまで何度も攻略を試みたが、すべて失敗してきた。
魔王城は、通常の方法では攻略できない。
だが——
建吾には、一つの考えがあった。
内装工として、城の構造を見る目がある。
どんな城にも、弱点がある。
魔王城にも、必ずある。
それを見つけ出すことが、建吾の次の使命になるだろう。
「行くか」
建吾は、リーゼロッテに言った。
「国王陛下に、報告しないと」
「はい」
二人は、王城に向かって歩き始めた。
新しい朝が、始まろうとしていた。
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