第24章「新たな世界を建てる」

建吾がこの世界に来てから、十年が経った。


 その間に、多くのことが変わった。


 建築学校は、三つの分校を持つまでに成長した。卒業生は千人を超え、各地で建築家として活躍している。


 ミスリル合金の加工技術は、標準化され、多くの鍛冶師が習得していた。


 吊り橋は、主要な河川のほとんどに架けられ、交通網は飛躍的に発達していた。


 そして、建吾自身も変わっていた。


      ◇  ◇  ◇


 ある日の朝。


 建吾は、自宅の窓から外を眺めていた。


 この家は、建吾が自ら設計し、自ら建てたものだ。


 二階建ての木造住宅。ミスリル製のLGS材で補強され、マジックボードで断熱された快適な空間。


 リーゼロッテと、二人で暮らしている。


「おはようございます」


 リーゼロッテが、部屋に入ってきた。


「朝食の用意ができました」


「ああ」


 建吾は、窓辺から離れた。


 リーゼロッテは、もう領主の職を退いていた。後継者に領地を任せ、今は建吾と共に学校の運営に携わっている。


 二人は、食卓に着いた。


 シンプルな朝食。パン、卵、野菜のスープ。


「今日は、何の予定ですか」


「学校で、講義がある。その後、南部地区の視察に行く」


「お体に気をつけてください」


「わかっている」


 建吾は、パンをかじりながら言った。


「お前も、無理するなよ」


「大丈夫です。私は、ケンゴ様より若いですから」


 リーゼロッテは、いたずらっぽく笑った。


 建吾も、わずかに笑った。


 穏やかな朝だった。


      ◇  ◇  ◇


 学校への道すがら、建吾は街並みを見ていた。


 この十年で、街は大きく変わっていた。


 建物は近代化され、道路は整備され、人々の暮らしは豊かになっていた。


 すべてが、建吾一人の功績ではない。


 多くの人々が、努力し、協力し、この国を作り上げてきた。


 建吾は、その一部だ。


 ただの内装工として、できることをやってきただけだ。


「先生!」


 声がして、建吾は振り返った。


 若い男が、走ってきていた。


 学校の卒業生だ。


「どうした」


「報告があります。東部地区の復興事業が、完了しました」


「そうか。よくやった」


「先生のおかげです」


 若い男は、嬉しそうに言った。


「先生に教わったことを、全部使いました」


「俺じゃない。お前自身の努力だ」


 建吾は、若い男の肩を叩いた。


「これからも、頑張れ」


「はい!」


 若い男は、元気よく走り去っていった。


 建吾は、その後ろ姿を見送った。


      ◇  ◇  ◇


 学校に着くと、ゴルドとシルヴァが待っていた。


 二人とも、学校の教師として働いている。


「よう、ケンゴ」


 ゴルドが、にやりと笑った。


「今日も元気そうだな」


「お前もな」


「当たり前だ。ドワーフは、人間より長生きだからな」


 シルヴァも、微笑んでいた。


「ケンゴ。今日の講義の準備は、できていますか」


「ああ。問題ない」


「では、行きましょう」


 三人は、教室に向かった。


 道すがら、建吾は二人を見た。


 ゴルド。シルヴァ。


 この世界で出会った、最初の仲間たち。


 十年経った今でも、一緒に働いている。


 それは、幸せなことだと、建吾は思った。


      ◇  ◇  ◇


 講義は、いつも通りに行われた。


 建吾は、黒板の前に立ち、生徒たちに技術を教えた。


「今日は、『構造の基本』について話す」


 建吾の声が、教室に響いた。


「すべての建物には、構造がある。壁、柱、梁、床。それらが組み合わさって、空間を作っている」


 生徒たちは、真剣に聞いていた。


「構造を理解すれば、建物がわかる。建物がわかれば、何ができるかがわかる」


 建吾は、窓の外を見た。


「俺は、内装工だ。壁を立て、天井を張り、床を敷く。それが、俺の仕事だ」


 生徒たちは、頷いていた。


「お前たちも、いずれ、それぞれの仕事を持つ。石工、木工、左官、鍛冶。何でもいい。大事なのは、自分の仕事に誇りを持つことだ」


 建吾は、生徒たちを見回した。


「誇りを持って、仕事をしろ。そうすれば、どんな仕事でも、意味のあるものになる」


 講義が終わると、生徒たちが建吾の周りに集まってきた。


 質問をする者、感謝を述べる者、将来の夢を語る者。


 建吾は、一人一人に丁寧に応対した。


 これが、俺の仕事だ。


 技術を教え、人を育てる。


 それが、今の建吾の役目だった。


      ◇  ◇  ◇


 夕方。


 建吾は、学校の屋上に立っていた。


 夕日が、街を赤く染めている。


 遠くに、十年前に建てた孤児院が見える。吊り橋が見える。そして、無数の建物が見える。


 すべてが、建吾とその仲間たちが作り上げてきたものだ。


「ケンゴ様」


 リーゼロッテが、屋上に上がってきた。


「帰りましょう」


「ああ」


 建吾は、最後に一度、街を見渡した。


 この世界に来て、十年。


 元の世界には、もう戻れないかもしれない。


 だが、それでいい。


 ここには、仕事がある。仲間がいる。愛する人がいる。


 それだけで、十分だ。


「俺の仕事は、空間を作ることだ」


 建吾は、静かに言った。


「人が生きる場所を、守る場所を、夢見る場所を。この世界でも、それは変わらない」


 リーゼロッテは、建吾の手を取った。


「一緒に、作っていきましょう」


「ああ」


 二人は、屋上を降り、家に向かった。


 夕日が、二人の背中を照らしていた。


 新しい一日が、終わろうとしていた。


 そして、また新しい一日が、始まる。


 壁を立て、天井を張り、床を敷く。


 それが、墨田建吾の仕事だ。


 異世界に転生した、ただの内装工の。


 これからも、ずっと。


      ◇  ◇  ◇


 ——完——

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異世界転生したら内装工だった件 ~壁を立てて国を救う職人無双~ もしもノベリスト @moshimo_novelist

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